This is the story of you  投稿者:NTTT



「兄ちゃん、ちょっと、ちょっと」

君は声のする方を向く。

横手の路地から君に声をかけた男は、一見ヤクザ風だ。パンチパーマをかけ、首に金色のネックレ
ス。前歯が一本欠けている上に、残りの歯はタバコのヤニで黄色い。右手には汚れたかなり古い
デザインのスポーツバッグ。君は無視して歩き出そうとする。

「兄ちゃん、待ちなって。あんた、持ってんだろ、メイドロボ」

君は思わず振りかえる。確かに君はメイドロボを持っているのだ。来栖川社製のHM−12型。今
ではスペック不足で中古屋でも二束三文で引き取られる型落ち品ではあるが、君はそれを大事に
だましだまし使っている。

「さっき、パーツ売り場で見てたんだよ。兄ちゃん、相当古いの使ってるみてぇだな、へへ…」

君の手に持った袋には、買ってきたばかりの初期型メイドロボ専用パーツが入っている。男が言っ
ていたパーツ屋で買ったものだ。にやにや笑いながら近づいてくる男を見ながら、君はいざとなった
ら走って逃げようかと考える。男の意図がよくわからない。耳の後ろあたりがどくどく脈打っている
のを感じる。

「へへ、別にとって食おうってわけじゃねえんだって。むしろ特になることなんだぜ、兄ちゃん」

男が何者か、君には見当がついてくる。闇パーツ屋だ。電気街にはこの手の商売をしている者がよ
くいるという話を、君は最近なにかで読んだことがある。コンピューター関係の雑誌だったろうか。い
や、この一年ほど君はその手の雑誌は立ち読みでも読まない。載っている記事がどれもこれも最
新型のマシンやパーツ、ソフトの紹介ばかりだからだ。それらの新製品は必要とするスペックが高
すぎて、君のメイドロボには搭載できない。そう、君が目の前にいる男のことを読んだのは、おそらく
ゴシップ記事、風俗関係の雑誌だろう。君の頭の中で最近読んだそれらの雑誌の表紙がランダム
に浮かんでは消えていく。

「なあ、兄ちゃんの持ってるの、クルスの初期型かい?だったらすげえ出物があるぜ、へへ…」

男は口を半開き気味にしてへらへら笑っている。君は男が持ったスポーツバッグに視線を移す。
バッグの少し開いたジッパーの隙間から、わずかに金属光沢が覗いているのを君は見る。その光
沢に君は見覚えがある。おそらくDVDだろうと君は見当をつけ、初期型用のソフトをいくつか思い浮
かべる。男は君の前でしゃがみこむと、バッグの口を大きく開け、中を探り出す。

「なあ、兄ちゃん、兄ちゃんも、メイドロボに闇で買った性器付けてるクチかい?」

君は一瞬、男を蹴って蹴って蹴りまくりたい衝動に駆られる。男が君を侮辱したからではない。図星
を突かれたからだ。だが、下卑た男の視線が、君の目を下からねめつける。赤く血走ったその目は
君の知っている中でも特に強暴さを感じさせる目だ。男は君から視線をそらさず、立ち上がる。男の
口は相変わらず半開きのまま、笑っているのか、ただ開けているのか君には判断できない。男は
バッグから取り出したものを君の目の前にかざすようにして、見せる。それは一昔前の規格のDVD
だ。直径が今のそれとは2倍近く違う。そう、それはまさしく君が持っているような旧式のメイドロボ
用のソフトだ。

「ま、違うんなら別にいいんだけどよ、違ってても充分使えるぜ、こいつは。兄ちゃん、あんた、例の
噂、聞いたことないか?感情を持ったメイドロボってやつだ。一時、有名な話だったろ」

そう、君はその『噂』を聞いたことがある。来栖川の初期型にはまるで人間のような感情を持ち、人
間のようなリアクションをするものがあるという噂。それも年端もいかない少女のようなリアクション
を。確かにそういう噂があったが、結局真偽の程はわからず、いつのまにか立ち消えになった、た
だの『噂』。

「もしも、あの『噂』が本当だったとしたら、どうする、兄ちゃん?」

君は男の話がにわかには信じられない。君は男の手にしたDVDを凝視する。だが、見ただけで
わかるような知識は、もちろん、君にはない。

「これが正真正銘、その伝説のDVDだ。ま、出所はちょっとアレなんだがな、来栖川をクビになっ
た野郎が行きがけの駄賃にコピーとって頂いてきたと、まあ、そんなところだ。なにせ旧式のでなけ
りゃ、OSが破損して使いもんにならなくなっちまうんで、こっちもたくさんコピーさせてもらいはしたん
だが、結局兄ちゃんみたいに古い型のを大事に使ってるようなのにしか売れねえのさ。どうだい、
安くしとくぜ」

君はまだ信じられない。だが、男の提示した値段は君の今の所持金で充分足りる金額だった。



君は結局そのDVDを買って、家に帰る電車に乗る。



君がアパートに帰りつく頃には、すでに日はとっぷりと暮れている。君は部屋のドアを三回、一回、
二回とノックする。やがて部屋の中からガサゴソと動く音がして、ドアの鍵が外れる。

「オカエリナサイマセ」

君を出迎えたのは、君のメイドロボだ。名前はない。買った当初はゲームのキャラの名前で呼んで
いたが、そのうち飽きてしまった。今の君がこのメイドロボにかける言葉は、命令だけだ。

君が部屋に入ると、メイドロボはドアに鍵をかけ、君の後をついてくる。メイドロボが一歩、歩くたび
に床をこする耳障りな音がする。君のメイドロボは右足の関節がすっかりバカになってしまってい
る。今は応急処置でガムテープを足首にぐるぐる巻きにして、固定してあるだけだ。

君がそのメイドロボを買ったのは、ブームが一段落した後、電気街の中古専門ショップでだ。当時
はまだ高価だったため、保証書もなく、従ってユーザーサポートもついてない格安の出物として、そ
のメイドロボを買った。その中古屋も今は潰れてもうない。

君はついてくるメイドロボに電源を落とすよう命じる。メイドロボは付属のPCに手首からのコードを繋
ぐと、そのまま糸の切れたマリオネットのように床に座り込む。だらしなく開いた股の間がいびつに
膨らんでいるのは、君が闇で買ってきたパーツを組み込んでいるからだ。片足が効かないところに
持ってきてそんなパーツを付けたものだから、そのメイドロボはよく転ぶ。目の下のへこみはテーブ
ルの角で打ったときのものだ。肩にも、腿にも、耳の横にも同じようなへこみが見える。君はメイドロ
ボに服を着せていない。昔たくさん買った服は、ここに引っ越すときに全て捨ててしまった。

君はPCにDVDをセットする。旧式のPCでDVDの内容を全てDLするには、まだかなり時間がか
かる。君はメイドロボの隣に座り込んで、そのかぼそく、すこしすれてザラザラする肩を抱く。

君はそして、旧式のPCがたてるキュルキュルという音の中、目をつむって想像する。



…この子が目覚めたら、どんな顔をしてくれるんだろうか…

…この子になんて名前をつけてやろうか…

…この子にどんな服を着せてやろうか…

…この子をどうやって愛してやろうか…




君はいつのまにかとても可笑しくなってきている。

君は笑い出す。

君の笑いは止まらない。

君の笑いはもう自分では止められない。




旧式のPCはまだキュルキュルと音をたてている。




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川村飛翔様よりコメント
>>確かに君はメイドロボを持っているのだ。来栖川社製のHMX−12型。
>ちょっと待て、何故こやつは試作機を持ってる?
>量産機の型番はHM−12のはずやで?


むぅ、そういやその通り。改定(ホントはこんな話2度もアップしたくなかったが・・・)