機婦の耳  投稿者:NTTT


東国の藤田某(なにがし)なる者、
機婦(メイドロボ)なる仕掛(からくり)もちて
ときになでときにふき
めでたる也

                  ―東鳩百機夜話・巻之下





耳がある。
机の上に。
いや――
正確には、耳ではない。
耳覆(カバー)だ。
機械仕掛の家政婦の耳に装着する覆い――
そう――
それは――
只の覆いだ。
何故、機婦(メイドロボ)が耳を隠さねばならぬのかは、使用説明書(マニュアル)にも書いてある。
曰く、人と人にあらざる機婦とを区別するため――らしい。
それは――
そうなのであろう。
確かに、耳覆がなければ、人と機婦との区別はつきにくい。
だが、それは――
人と機婦との違いがその程度のものでしかないということになりはしまいか――
なにより、何故耳なのか――
――それが解らぬ。

幼い頃に見た電映匣(テレビ)の中でも、機人(ロボット)達は皆一様にその耳を隠していた――よ
うに思う。
匣の中の機人達の耳は大抵、覆われていた記憶がある。
それは慥かだ。
勿論、電映匣の中の出来事は虚構であることくらい――
知っている。
だが――
匣の中の虚構でも――
現実でも――
耳は――
――覆われているのだ。
だとしたら――
匣の中の――
あの、
機人達も――
その、覆いの下には――
耳が――
柔らかい耳朶を持つ、
滑らかな曲線と陰影が重なり合った、
産毛の微かに生えた、
耳が――

机の上の耳覆をじっと見る。
柔らかな耳を封じ込める金属の覆い。
これが――
人と、
機人とを、
――分けているのだ。
いや――
分けているのは――
――耳か。
耳の存在そのものが――
分けているのか――


飴のようにぬっと伸びた腕が、耳覆を掴もうとしている。


――耳を晒すな――



――耳を晒すな――





耳――
耳――
耳だ。
耳だ耳だ耳だ――
機婦の――
――耳だ。





藤田浩之は機婦の耳覆を装着しようとしているところを風呂あがりの機婦に発見された。
平成××年×月×日のことである。




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