○月×日 今日は、藤田さんと一緒に帰りました。最近はセバスチャンも藤田さんの事を認めて 下さっているようで、藤田さんに「よろしく頼むぞ」と言って、そのまま二人だけで帰ら せてくれます。以前のように一緒についてくる事もなくなって、なにか、寂しい気もしま す。藤田さんは嫌がっていたようですが。 そう、今日は、自転車を見ました。商店街の店先のウィンドウに飾ってあったんです。 薄い、ターコィズブルーの、自転車。ぴかぴか光って、まるで、昆虫の目のように、色 が変わるんです。車輪の放射状に伸びた棒(すぽーくというのだそうです。藤田さんっ て、物知り)も、きらきらと光っていて、とても奇麗でした。あんまり長いこと見ていたの で、藤田さんから、「欲しいの?」って、聞かれてしまいました。物欲しげにみえたので しょうか?ちょっと反省。 どうなんでしょう?欲しいんでしょうか?確かに、奇麗だとは、思いましたが・・・ ○月×日 今日も、自転車を見ました。今日は曇りだったからでしょうか、あまり光りませんでし た。光らないと、自転車は元気がなさそうにみえます。可哀相だったので、名前をつけ てあげました。 明日は、晴れますように・・・ ○月×日 今日はいいお天気だったので、バグス(昆虫みたいだったから、そう呼ぶ事にしまし た)は元気一杯です。そばに寄って来て、話しかけてきそうで、嬉しくなりました。藤田 さんに聞こえないよう、「バグス、よかったですね」って、言ってあげました。バグスは きらっと光って、返事をしてくれたようでした。 明日も、バグスに会いに行きましょう。藤田さんと一緒に。 ○月×日 今日は、雨だったのでセバスチャンが車でお迎えに来てくれる事になってしまいまし た。バグスに会えないので、代わりに図書館で自転車の本を借りました。 自転車って、たくさんの部品で出来てるんです。マルチさんとどっちが多いんでしょう? セリオさんよりは少なそうな、そんな気がします。 ○月×日 今日は晴れたので、藤田さんと一緒に帰りました。バグスのところに行くと、バグスの 位置がいつもと違って、奥の薄暗いところに行ってました。ほこりが積もりそうなところ だったので、悲しくなってしまいました。藤田さんに話すと、「新しいのが入荷したか ら、古いのは奥に並べたんだ」って、教えてくれました。バグスは、まだ、とっても新し くて、ぴかぴかなのに、なぜなんでしょう? 明日、バグスを外に出してあげようと思います。バグスの値段は、なぜか、とても安 いのです。私にも、買えそうでした。 ○月×日 大発見です。私は自転車に乗れない事がわかりました。今まで乗った事はなかった けれど、乗れるような気がしていたのに、ショックです。街を自転車ですいすいと移動 している人達は、実は凄い人達でした。人は見かけによりません。藤田さんは、「練習 すれば乗れるようになるよ」って、おっしゃって下さいましたが、私を哀れんで、同情か ら気安めの言葉をかけてくれたのでしょう。藤田さんの優しさが今はただ悲しいです。 綾香とセバスチャンも練習に付き合ってくれるそうですが、やるだけやって駄目なら、 諦めもつくという事なのでしょう。生きていくという事は、諦めと悲しみの連続なので しょうか・・・ ぴかぴかのバグスは、少し傷がついてしまいました。セバスチャンがうまく塗料を塗っ てくれましたが、跡がはっきり残ってしまいました。ごめんなさい、バグス。 ○月×日 またまた大発見です。私は、自転車に乗る才能があるようです。思いがけない才能 は、誰にでも埋もれているのかもしれません。人間、諦めてはいけないものですね。 藤田さんと綾香とセバスチャンに感謝。体はあちこち痛い感じがしますが、気分は爽 快です。バグスにはあちこち傷がついてしまいましたが、バグスはとても誇らしそうで す。人を乗せて走る喜びが、あふれていたように感じました。バグスの傷をなぞって いると、とてもバグスがいとおしくなってしまいました。傷を治したくないような気もしま すが、傷があるとそこから錆びてしまうそうですから、明日、塗料を塗ってあげましょう。 藤田さんも、昔に買った自転車を今も持っているそうです。 いつか、二人で、藤田さんの家に行きましょうね、バグス。 明日は、地図を買って来ましょう。 まだ、気が早いでしょうか? _______________________________