その日、いつものようにレミィは、浩之が廊下に出てくるのを、待っていた。 問題は、浩之が廊下に出て、どちらに向かうかだ。 もしも、自分の方に向かって歩いてきた場合、やり過ごさなければならない。 最近、浩之は校内を歩く時、辺りをキョロキョロ見回す事が多くなった。 自分の事をさがしているのだ、と、感じて、レミィの胸の内は、一時、温かい感情で満たされる。 だが、それと同時に、近づく事の難しさをも、感じる。 警戒している相手の背後をとるためには、焦らず、周囲と一体化する、静かな心が必要だ。 猟銃で獲物を狙うような、弓を引き絞るような、静かなその心。 幸い、レミィにはどちらにも経験があった。 特に、日本の弓。 日本の武術の持つ、深い思想と、動きのポテンシャル。 レミィはそれを、弓から学んだ。 もうすぐ、浩之は廊下に出てくるはずだ。 レミィは、目を閉じた。 静かに、鼻から息を吸う。 30秒以上かけて、吸気を腹部に、ゆっくりと溜めていく。 腹部に、熱い、「気」の塊を意識し、それをゆっくりと肺へ、流れるように移動させていく。 肺からの呼気をおよそ30秒かけて、わずかに開いた唇から吐き出していく。 心を、「無」へと近づけるように、それを続けていく。 ・・・「無」となり、周囲に同化し、「見えぬ存在」へと・・・ 「げっ、レミィだよ」 「どうしたの?浩之」 「いや、こ、こっち行くのはやめようぜ、悪い予感がするんだ」 「えっ・・・大丈夫だよ、レミィ、目をつぶってて、何も見えてないようだし・・・」 「・・・そういえば、そんな風だな。じゃあ、今のうちに、こっそり行くぞ、雅史」 ・・・「無」の状態で、どれほど待ったろうか・・・ ・・・浩之が、そばにいるような気がした・・・ レミィは、静かに目を開いた。 横を、浩之が通り過ぎていった。 五感が鋭敏になったせいだろうか、やけにスローモーな動きに感じる。 即座に体を反転させる。 浩之の背中は、広く、そして、無防備だった。 「ハァイ!ヒロユキ!」 どん _______________________________ −おまけ− 「姉さん、ホントに、使えるの!音声魔術」 「・・・・(こくこく)」 「じゃあさ、なんか、やって見せてよ、いいでしょ?」 「・・・・」 「え?・・・わ・・・我は」 「・・・・」 「は・・・な・・・・つ」 「・・・・」 「ひ・・・か・・・り・・・の・・・」 「・・・・」 「は・・・うわぎゃああああああああああああああっ!!!!」 近付き過ぎだ、綾香