坂下シナリオ  投稿者: NTTT

注 葵ちゃんシナリオからの分岐ということで、お考え下さい



その日、葵ちゃんの練習に付き合った後の帰り道、本屋に寄ると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
・・・あれは、坂下じゃねーのか?
俺は

・・・よし、驚かしてやろう・・・
俺は、坂下の背後からそっと近づき、膝カックンのモーションに入ろうとすると・・・
「何してるのよ」
げ、気付かれた!?
「あんたね、鏡で丸見えなのよ、バカ」
よく見ると、横の万引き防止用の鏡に、ヘッピリ腰の俺の姿がはっきり映っている。
・・・情けねえ・・・
「ちょうどよかったわ、あんたに話したいことがあったのよ」
「俺に?」
いったい、何の話だろう。まさか、葵ちゃんをスパイしようってんじゃないだろうな・・・
「ついてらっしゃい」
「なんで俺がついてかなきゃならねえんだよ!」
「葵のことなんだから、あんた、興味あるでしょ」
「言っとくが、情報は、提供しないぜ」
「バカ、そんなの、いらないわよ。大体、葵の実力は、素人のあんたより私の方がよく知ってるわ」
・・・腹が立つが言い返せない・・・
「来ないんなら、腕ずくで連れてくわよ」
俺は

いいだろう。実際、興味もあるし、ここは坂下についていくことにした。

坂下は、ヤックの奥の方の隅の席に俺を連れてきた。坂下の席からは、店内全体がよく見える。
俺の席からは・・・坂下しか見えない。
「なんでこんな隅に座るんだよ」
「あんた、私と話してる所を葵に見られてもいいの?」
「わかったよ、なら、とっとと済ましてくれよ」
「今のままじゃ、葵が私に勝てる確立は、ほとんどないわよ」
「そんなこと、やってみなきゃ、わかんねえだろ!」
「・・・わかるのよ・・・それも、ほぼ確実に」

坂下が話してくれたことは、俺には予想外だった。道場時代、葵ちゃんは公式試合で一勝もしたことが
なかったのだ。理由は簡単で、葵ちゃんは極度のあがり症のため、プレッシャーのかかる舞台では、全
くの素人並みになってしまって、はるかに格下の相手にも、勝てなかったのだ。

「そんなこと、信じられるかよ!」
「道場で記録を見せてもいいわよ」
「じゃあ、お前は、どうするつもりなんだ」
「もちろん、全力でやるわよ。でもね、葵にも、全力を出して欲しいのよ」
「どうやって?」
「だから、あんたに話してるんじゃないの。何とかすることね」
「お前が勝てば、葵ちゃんも道場に戻って、お前も万々歳じゃねえのか」
「葵が今の弱点を克服しない限り、うちに来ても意味がないのよ。それに、本気の葵は、私より上を行
く可能性があるの」
「・・・そんなに、強いのか?」
「・・・可能性は、あるのよ。私は結構、頭打ちだから・・・負けるつもりは、ないけど」
「坂下、聞いてくれ」
「な、何よ、いいアイデアでもあるの?」
「実は、今日、財布を忘れた・・・」
「バカ、それくらい、おごるわよ」
「いや、それはできない。貸しにしといてくれ」


・・・坂下、意外にいいやつかも・・・





葵ちゃんとの練習が終わった。さあ、帰ろう。と、後ろから呼び止められた。
「藤田」
「坂下・・・見てたのか」
「ええ、頑張ってるみたいね、葵」
「ああ、一生懸命、打ち込んでるからな」
「いつも、そうなの。一生懸命で、見てるほうが熱くなるくらいでね。だから、一度くらいは、勝って欲し
かった・・・」
坂下はふっと遠い目をして葵ちゃんの帰った方向を見つめていた。
俺は

「寂しそうだぜ、坂下」
「あ、あんた、何言ってるのよ!あたしは、別に・・・」
・・・おお、坂下が真っ赤になって照れている・・・
「この前、おごってもらったからな。ヤック行こうぜ、おごるよ」
「え、ええ。葵のあがり症を治す方法を考えなきゃね」

その日は、坂下とヤックで遅くまで話した。




駅前をぶらついていると、坂下の姿を見かけた。手に道着を持っている。そういえば、道場がこの近く
にあると言ってたっけ。
俺は

後をつけることにした。

坂下は街路の奥まった所にある道場に入っていった。窓から覗くと、道場には坂下のほか誰もいない
ようだ。俺が覗いていることには気付いていないのだろう、坂下は着替えを始めた。
おおっ、スタイルいいぜっ!
俺は

そのまま覗き続けた。
坂下は上着を脱いだ後、シャツをまくろうとした。まくり上げた裾の隙間から、見えたのは・・・醜い傷痕
だった。俺は思わず息を呑んだ。はっとして、坂下がこっちを見る。目が合った。
「・・・あんた、何してるの・・・」
「い、いや、近くまで、寄ったもんだから」
「はぁ・・・覗いてないで、入りなさいよ」
「い、いいのか?」
「そんなとこから覗かれてちゃ、着替えどころじゃないでしょ。大体、私なんかの着替えなんか覗いて、
楽しい?」
「いや、坂下、スタイルいいし、楽しいぜ」
「はぁ・・・あっち、向いてなさい。振り返ったら、殴るわよ」
「な、なあ、あの傷・・・」
「見たの!!」
「あ、ああ、ちょっとな。あれ、どうしたんだ」
「あんた、アバラ折られたことある?」
「折られたのか?」
「互いに不注意だったせいでね。3本折られて、内臓にも傷いっちゃったもんだから、大騒ぎよ」
「綾香がやったのか?」
「馬鹿にしないでよ!綾香相手に、そこまでやられたりしないわ。・・・父よ」
「・・・・」
「あのね、格闘技をやるって事は、そういう事なの。別にたいしたこととは思ってないわ」
「でも・・・」
「あんた、こっち向いたわね」
「お、おい・・・」
「殴らないから、組み手、付き合いなさい」
「俺、素人だぜ」
「誰かが立ってる方が、やりやすいのよ。寸止めしてあげるから」



「やっぱり、すごいな。坂下」
「あんたも、結構、スジがいいわよ。スポーツ、やってたの?」
「サッカーを、中学の時な。でも、そんな、スジいいか?」
「言っとくけどね、素人にしては、って、意味よ。ちゃんとした動きになるには、何年もかかるんだから」
「綾香も、何年もやってたのか?」
坂下は、ため息を吐いた。心なしか、声が小さい
「綾香はね・・・天才よ。あんなに短期間で上達した人は、他に知らない。私は、ずっとやってたのに、
今じゃ頭打ち・・・せめて、葵が残ってくれてれば、私も、もう一つ高みに上れると思ってたのに・・・」
「お前も、エクストリームに、出ればいいじゃないか」
「・・・捨てたくないのよ・・・今まで、こうして、やってきた事を・・・」
俺は

「坂下、疲れたろう。マッサージしてやるよ」
「ちょっと、気安く触らないで」
おお、照れてる、照れてる。
「これでも、評判いいんだぜ。葵ちゃんにも、してやってるんだ」
「あんた・・・葵の事はどうなってるの」
「心の問題だしな・・・結局は自信なんだろうし、毎日の厳しいトレーニング以外、方法が見付からねえよ」
「まあね。積み重ねる以外、得られるもんじゃないけど・・・それでも、今までの事があるから・・・」
「それより、ほら、腕出せよ」
「あんた、うまいわね。でも、手つきがちょっといやらしいわよ」
「いやらしいって感じるのは、いやらしい事を考えてるからじゃねえのか。ほれほれ」
「もう、いいから。・・・お腹もすいたし、帰るわよ」
「ヤック寄ってこうぜ。バリューセットで、安いんだ」
「・・・なんだか、最近、あんたとヤックで話してばっかりいるわね」
「まるでデートだな」
「バ、バカ!」
坂下は真っ赤になった。うーん、可愛いぜ。




明日は、いよいよ決戦の日か・・・

・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・

電話だ

「はい、藤田ですが」
「藤田・・・・・」
「坂下、どうしたんだ」
「何でもないわ・・・」
「何でもない事、ねえだろ!今、どこからかけてんだ」
「どこだって、いいでしょ・・・」
電話の向こうから、電車の音が聞こえた・・・駅か?・・・いや、たぶん、道場の近くだ
「すぐ行くから、そこにいろ」



坂下はすぐに見つかった。思ったとおり、道場の近くの電話ボックスで、一人、座り込んでいた。
「ふ、藤田ぁ・・・」
抱きとめた坂下の体は、熱もないのにぶるぶる震えていた。俺は、坂下を道場まで連れていった。
道場まで連れていっても、坂下の震えはおさまらなかった。

「坂下、どうしたんだ」
「・・・怖いのよ・・・」
「何が、そんなに、怖いんだ」
「・・・葵は、明日、全力を出すかもしれない・・・そしたら、私は・・・」
「負けるのが、そんなに、怖いのか」
「・・・ううん、負けるのは、怖くない。でも・・・負けたら、葵は、エクストリームに・・・そうなったら、私は、
ずっと、一人で・・・これからも・・・」
俺は

「一人なんかじゃないだろ」
「藤田・・・」
「エクストリームに行ったって、葵ちゃんは、葵ちゃんだし、綾香だって、綾香だ。別に空手を捨てたわけ
じゃない。これからだって、いつでも話だって、試合だってできるさ。それに、俺もいる」
「・・・ふ、藤田・・・」
「やっぱりさ、格闘技は基礎が大事だし、俺も本式に、ここに通ったっていいんだろう?葵ちゃんとこ
と、掛け持ちになるけどさ」
「う、うん・・・」
「どうだ、震え、おさまったか」
「す、少し・・・でも・・・」
「なら、おさまるまで、こうしててやる」
「ふ、ふ、ふ、藤田!!」
俺は坂下を抱きしめた。坂下の体は、抱きしめると、意外に華奢で、少し汗臭かった。


−−−−−−ごめん、これ、プレステ版なの−−−−−−

ただし
坂下ちゃんは、傷とタコだらけの体に、コンプレックスがありました。
でも、浩之には、月の光を照り返すそれが、美しい勲章に見えました。



「なんか、吹っ切れたような気がする」
「大丈夫か」
「あんたは、葵を何とかしなさい。今日の私は、強いわよ」


後、格闘シーンも、省略。「葵ちゃんは強いっ!!」の展開はそのまんまで、坂下は負けます。




負けた坂下はひとり、すたすた帰っていく。追いつくのに、ちょっと、走った。坂下の顔は、少し笑っていた。
「悔しいだろ、坂下」
「ちょっとね。でも、すっきりしたわ」
「ほんとに、ちょっとか」
「なによ、私は泣かないわよ」
「ほら、胸を貸してやろうか」
「・・・葵が泣いた胸で、泣いたりしないわ・・・」
「ひょっとして、妬いてるのか」
「・・・でれでれして、みっともないったら・・・」
「昨日は、しおらしかったのになあ・・・」
「あ、あれは・・・」
「あれは?」
「バカ」
「なあ、これからどうするんだ?」
「どうするって?」
「空手、続けるんだろ」
「当たり前じゃない!・・・けどね・・・」
「けど?」
「自分を、少し、壊してみないとね・・・もうちょっと、高い所に行きたいし・・・今なら、行けそうな気がする
しね・・・」




俺は、今、エクストリーム会場の控え室にいる。
「坂下、もうすぐ出番だぜ」
「あ、葵は、どうなったの?」
「無事、準々決勝にコマを進めたぜ。なんだ、緊張してるのか?」
「む、武者震いよ・・・」
「ほら、どうだ」
「やめてよ!初めてなんだから、緊張くらい、するわよ!」
「おお、震えが止まったぜ」
「全く、あんたには、カッコ悪い所ばっかり、見られてるわね」
「そこがまた、好きなんだけどな」
「バカ・・・さあ、どいて、出番なんだから。相手は?」
「空手系だな。蹴りが早いぜ」
「・・・勝つわよ・・・」
「おう、頑張れ」

坂下は屋外ステージへと、階段をゆっくり、一段ずつ、上っていった。

頑張れ、坂下


−新しい予感へ−


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