エピローグ PROJECT『M』
・・・長い廊下を彼女は歩いていた。前にもここには来たことがある。彼女の歩みに停滞はなかった。目
指す部屋のドアの前で、彼女は大きく深呼吸した後、静かに、しかしはっきりと、ドアをノックした・・・
・・・男は公園のベンチに座って、目を閉じていた。報告書によれば、『彼』が来るのはもうすぐだ。男は目
を閉じたまま、『彼』にするべきたった一つの質問の切り出し方を、考えていた・・・
「主任、どうでした?」
「OKだ、計画続行といこう」
「良くぞ今まで一人でいてくれたもんだ。えらい奴だ、全く。主任、彼には話したんですか?」
「いや、彼にはまだ話せん」
「話してやればいいのに」
「いいか、念を押すが、彼が人間の彼女を作って幸せになれば、それが一番自然でいい事なんだ。その
機会を彼から奪うわけにはいかん」
「でも、これ以上は待たせ過ぎですよ」
「メイドロボが一般に普及して、『マルチ』が目立たなくなるまで、そして、御老人の態度が軟化するまで
はもうちょいだ。焦るな」
「芹香お嬢さん、うまくやってくれてますかね」
「あの方の押しの強さはじいさん譲りだろう。きっとといい勝負をしてるさ」
「お嬢さんが会長になったら、我々皆尻に敷かれそうですね」
「『藤田さんにマルチさんを返してあげてください』って詰め寄られた時は、正直、恐ろしささえ感じたから
なあ。血は争えんわ」
「早いとこ何とかしてくれないと、私らみんなレジスタンスみたいなもんですからね」
「なあに、銃殺にはならねえさ」
「まあ、毒を食らわばって事で、主任、お願いがあるんですが」
「なにかね」
「実は、アヤネの事なんですが、その、主任、『マルチ』みたいに、ですね・・・」
「ふっふっふっ、これなーんだ?」
「えっ、アヤネもDVDに落としたんですか!」
「驚くなかれ、セリオ対応。一発でセリオを消去して、アヤネの誕生って、優れものさ。ただし、サテライト
システムは使えないからね。衛星にパニック起こされちゃ困る」
「用意周到ですね。でも、なんでこんなにたくさん・・・」
「言っとくが、最初は30枚作ったんだよ。今じゃたった7枚だ」
「あ、ひょっとして、研究所の皆・・・」
「予約が殺到してね。君はいつ言ってくるかと思ってたけど、かなり遅いね。皆君には内緒にしてたみた
いだし、意外に人望ないのね、君」
「あいつら・・・・」
「きっと、君は妻子持ちだから必要ないと思ったんじゃないの」
「娘に頼りになるお姉さんがいてもいいと思いましてね。一人っ子だし」
「まあ、それはともかく、こいつを君に渡すには、条件がある」
「なんです?」
「第一に、これは他の皆にも言ってる事だが、定期的にデータを取らせる事」
「了解。第二は?」
「あんまり見せびらかさない事。極秘の新技術なんだから」
「はいはい。それだけですか」
「そして君には特別に第三がある」
「・・・光栄な事です」
「えーと、どこだったかな。そう、ここだ。これを『マルチ』に取り付けるのを手伝って欲しい」
「げ・・・ボディーと一緒に処分したんじゃなかったんですか!」
「こっそり取り外しといたんだ。なにせ夏立君の一世一代の最高傑作だからね!!」
「こら、お前ら、何でもないんだ。来るな!・・・主任、大声出さんでください!!」
「やっぱりね、若いカップルの新婚生活には、こういうのも必要だと思わないかい?」
「まあ、ねえ・・・」
「言っとくが、設計図は全部処分したから、アヤネに取り付けたかったら、自分で作っとくれ」
「誰が付けますか、そんなもん!!あんた、前から一度言おう言おうと思ってたんですがね・・・」
「夏立、第四の条件だ」
「なんです」
「俺が辞めるまで、いや、辞めても、お前はここを辞めるな」
「・・・はい」
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ちゅー事で、終了。
<後書き>
僕の考えるかぎり、マルチのシナリオには幾つかの疑問がありました。
『芹香』と『セリオ』の音の共通。
メイドロボに『女性器』を付けた理由
芹香嬢とマルチが共にスキンシップとして『なでなで』を使う事
マルチを製品化する場合、『学習型』では明らかにPL法に引っかかるであろう事
試験とはいえマルチの運動性能の著しい低さ
等々、疑問は尽きせず、思いきって自分なりに解消しようとした結果が、これ。
まあ、5日間で書き上げた割には、それなりにうまくやったもんだと、ちょっと自負。
ダークでもなし、シリアスでもなし、割に普通のおじさん二人が主役のこの話、お気に召したら幸い。
会話ばっかりで読みづらいかもとは思いますが・・・
なお、この話は、ARM氏の『夏への扉』からのパクリです。
白状します。ゴメンナサイ。
と、いうわけで、ARM氏に捧げます NTTT