PROJECT『M』 4 投稿者: NTTT
第4章 『M』の終了


少女は道に迷っていた。道に迷ってしまったのは、少女の方向感覚がかなり『甘い』ことにも原因があっ
たが、それよりも、日が暮れたことによる景色の変化に少女が不慣れであったことの方がより大きな原
因であった。不安になったのだろうか、少女は落ち着きなくきょろきょろと辺りを見回す。目にわずかずつ
涙がたまる。少女は顔を歪ませて涙を耐えながら目についた電話ボックスに飛び込んだ。緊急用にと研究
所で渡されたテレホンカードをもどかしくスリットに差し込む。受話器から『彼』の声が聞こえた時、少女
は安堵感のためであろう、号泣していた。


「うまくやってますかね・・・」
「うーん、どうかな。なにせテスト無しのぶっつけ本番だからねえ、多少は具合の悪いこともあるさ」
「誰がそんな下の話をしてますか!!そうじゃなくて、藤田君と、マルチの、その、心のですね・・」
「マルチの心はマルチのものだし、藤田君の心も藤田君のものだ。我々はやれるだけのことをやったん
だから、後は神様に任せるさ」
「神様ねぇ、ロボットにも神様はいるんですかね」
「機械仕掛けの神様かもね。そしたら楽だな。最後はすべて解決だ」
「主任、私は行かせない方がよかったかもしれないと思ってますよ」
「どうしてかね」
「だって、受け入れられなかったら、傷つくのはマルチですよ」
「大丈夫さ。マルチは自分の意志で選んだんだ。その意志を藤田君が受け止めようが、突き放そうが、
マルチは後悔しないはずだ」
「・・・うまくいって欲しいような、欲しくないような・・・うちの娘が大きくなったら、やっぱりこんなもどかしい
思いをしなきゃならんのですかね、主任」
「独身の私にその問いに答えろというのかね、夏立君」
「ああ、そうでしたね。私もヤキが回ったもんだ」
「なに、きっとうまくいくさ、いってもらわんとな。わざわざ命令違反してる我々の立場がない」
「そういえば、監視なしで送り出すのは初めてですね・・・道にでも迷ってなきゃいいが・・・」
「心配症だな。我々がこうしてここに残ってるんだから、いざとなれば電話でもかけてくるさ」
「こんな時間まで帰ってこないんだから、きっとうまくいってるんでしょうね」
「そうだな、今頃あーんなことやこーんなことを、されちゃってるかもね」
「また、そっち方面の話題に持っていくんですか」
「いや、でも、気になるだろう?」
「まあ、気にならないといえば嘘ですけどね」
「しかし、あれはなかなかの出来だった。君、そっち方面の才能もあるんじゃないの」
「・・・あんたとはもう、口聞きません」
「まあ、そういわず、ほら、これ」
「うわ、高そうなの持ってきましたね」
「去年のお中元だよ。アヤネが製品化したら飲もうととっといたんだ」
「今となっちゃ、アヤネも見込みなしですけどね・・」
「ほら、まあ、おひとつ」
「ほんじゃあ、まあ・・・・主任、でも、うまくいったとして、マルチは戻ってきますかね」
「帰ってくるさ。マルチには『妹』のことは話してない」
「話さなかったんですか!!どうして、どうしてです!!」
「真実を話せというのかね。お前の妹達にはお前のデータは一切使われず、お前は明日からお払い箱
のお蔵入りだと、話せというのかね」
「・・・話してやれば、今日は出ていかなかったも知れない・・・」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。夏立君、私はね、マルチには希望を持って帰ってきて欲し
かったんだ」
「希望・・・ですか」
「そうさ、マルチの希望は、我々の希望でもあるんだから」
「野望の間違いなんじゃないんですか」
「それもちょっとあるね」
「続けるつもりなんでしょ、主任」
「もちろんさ。ただし、マルチには手をつけないようにして、アヤネを使おう」
「そうですね、マルチはそっとしといてやりますか。アヤネに会うのも久しぶりですね」
「言っとくが、すぐは無理だよ。ご老人に知れるとうるさいからね」
「ほとぼりが冷めるまで待ちましょう。気長にいきましょうよ、どうせ先が見えない研究なんだから」
「厄介なものに手を出したもんだよ、まったく」
「ご老人がどうしても反対するようだったら、どうしましょう」
「そんときゃ、マルチとアヤネのデータをごっそり持ってアメリカにでも逃げるさ。アメリカは広いから、世
界の来栖川に対抗しようって企業も一つや二つ、あるだろう」
「アメリカかあ・・・私は女房子供がいるってのに、ひどい話だ」
「君、ひょっとして一緒に来るつもりかね」
「あなたね、2体とも一人占めなんてのは、天が許しても私が許しませんよ」
「ほんじゃあ、まあ、一緒に行くか。まあ、もう一杯」
「さっきから思ってたんですが、つまみは買ってこなかったんですか」
「ああ、出すのを忘れてたよ。はい、これ」
「・・・なにが悲しゅうてこんな高い酒を、柿ピーで飲まにゃならんのか・・・」
「文句言うなら食べなくていいよ」
「いや、食べます。全く、男親はつらいもんだ。飲まなきゃやってられん」
「ははは、全くだ」
「主任、続ける気なら、来年は女性スタッフを増やしましょう」
「予算が下りればね」




「少しは楽になったかね」
「ええ、もう大丈夫。へもね、くろいようですが、一番はわいそうなのは、ふひた君ですよ」
「わかってる」
「いーえ、主任は、わかって、なーい!」
「わかっとるとも!!」
「恋した、あいれが、ロボットで、そのふえ、心が、通いあった、その次の日に、わはれなひゃならんので
すよ、あなた、には、わかって、あーい!」







「うう、気分悪い・・・」
「しっかりしてくれよ。マルチが帰ってきたら、二人で出迎えなきゃならんのだ」
「私、マルチの顔を見たら、腰がくだけて泣いちゃいそうですよ」
「だめだ、泣くことは許さん。笑って迎えてやるんだ」
「なんて言ってやればいいんです」
「『おかえり』と、それだけでいい」
「それで、閉じ込めちゃうんですか」
「今更言うな。散々検討したじゃないか」
「でも、うまくいかなかったら・・・」
「それも運命だ」
「軽く言わんでくださいよ」
「大丈夫だ。俺達も、マルチも、意外にタフだ。その上俺たちゃしたたかだ」
「また、根拠もないことを・・・」
「あとは、藤田君が大丈夫なら、必ずなんとかなる。信じろ」
「信じましょう。そうでもないと救われない」
「少し、調子が戻ったか」
「まあ。・・・主任」
「なんだね」
「また、一緒に飲みましょう」
「おう」


「ほら、顔洗いに行くぞ。そんなひどい顔はマルチに見せられん」
「主任だって、かなりなもんです」
「私の顔にはピーナツのかけらなんぞくっついとらん!」


エピローグに続く