PROJECT『M』 2 投稿者: NTTT
第2章 『 』から『M』へ


「ええ、これが新学期からお嬢様の学校に転入してくるメイドロボです。なかなか可愛らしいでしょう」
「・・・・」
お嬢様と呼ばれた少女は口元にほんのかすかな笑みを浮かべた。研究室のほかの職員は皆、それぞ
れの仕事に没頭していているため、その少女の『笑顔』を見たのは説明している男一人だけだった。
「ああ、ボディーの方はちょっと製作が遅れてましてね、もちろんこんな金属むき出しのにはなりません。
さっき見せた『セリオ』みたいに人間そっくりなやつになりますよ。今のボディーは動作系のチェック用です。
「・・・・」
「ええ、眠ってるんです。人間と一緒でしてね、生まれたての時は目も見えないし、音声も『言葉』として
ははっきりと認識してないんです。コンピューター用の言語以外何も受け付けないんで、大変なんですよ。
『赤ん坊』というより、『胎児』の方が近いですかね」
「・・・・」
「ええ、もちろん、触ってくださっても結構です。ただし、乱暴にやっちゃだめですよ。頭部は完成品ですか
ら、『触感』がありますのでね」
少女はおずおずとロボットの頭部に片手を伸ばした。開いた手のひらをゆっくりと頭に乗せた後、緊張を
解くように深呼吸をすると、ゆっくりとその頭部を撫でさすり始めた。やがて、ロボットに表情が浮かび始
めた。少女は驚いたのだろう。撫でる手をぴくりと止めて、静かに見守っていた男の方に振り向いた。男は
子供のような笑顔でうなずく。少女が頭を撫でるのを再開すると、ロボットにはどんどん表情が表れて
きた。そしてそれにつられてか少女の顔にもそれとはっきりわかる『笑み』が浮かんでいた。
「・・・できれば、その辺で止めて頂けませんか。はっきりしたデータとして認識されてしまうかもしれない」
少女は名残惜しそうに手を引っ込めた後、男に聞いた。そのロボットの名前を。
「いや、まだ決まってないんですよ。所内でもまだ意見が分かれてましてね、しかもどっちも今一つぴった
りこないときてる。そうだ、お嬢さんなら、この子をなんて呼びますか?」
・・・少女は少し目をつぶって考えた後、一つの名前を答えた。


「夏立君、喜べ!あの子の名前が決まったぞ」
「ああ、そうですか。で、どっちにしたんです」
「どっちもペケ。あの子の名前は、『マルチ』だ」
「『マルチ』・・・うーん・・・『マルチ』・・・『マルチ』・・・・・・・うん、良いですね、主任!そんな感じです。よく
思いつきましたね、ぴったりです。あ、でも、何の略なんです?」
「それはまだ決めてない。夏立君、適当に考えて綴りを作ってくれ」
「ちょっと、待ってくださいよ。アヤネの時も私だったじゃないですか。苦労したんですよ、あの時は」
「まあ、そう言わずに。私は英語にはちょっと疎くてね」
「あんた、MIT出身のくせに、何言ってるんです」
「頼むよ、私は技術屋だから、ボキャブラリーはいまいち貧困なんだよ」
「私だって、技術屋で、貧困です!!」
「貧困さんいらっしゃい、ってか」
「・・・実は豊富なんじゃないんですか、主任・・・」
「とにかく、任せたから。私、会長に呼び出しくらっててね、行司は式森さんってなもんで、行かなきゃなら
んのよ。勤め人はつらいやな」
「ちょっと、主任、待って、待ちなさいって・・・」


「芹香に例のメイドロボを見せたそうだな」
「直接お見えになられたもんですからね。なにせ、予定では終業式前に来るはずのものがなかなか来な
いんで、心配になったんでしょう」
「わしは新学期までになんとかするよう言ったはずだぞ」
「これでも目いっぱい急いだんですよ。人手不足はいかんともし難くて、それに、所員をまとめるのにも一
苦労だったんですから」
「セリオだけでも先にテストすれば良いものを・・・」
「比較するためにはやはり同時期にしたいですからね。セリオ班はかなり焦れてますが」
「・・・まあ、よい。それで、出来はどうなのだ」
「上々です。スケジュール通りなら、新学期にはぎりぎり間に合います。そちらの手配の方はどうなってる
んです?」
「芹香とあの男の教室配置は手を打っておいた。メイドロボはどちらの教室に配置すれば良いのだ?」
「考えたんですが、どちらにも配置しない方がいいでしょう」
「何故だ、どちらかに張り付かせた方がうまくいくのではないのか」
「テストも兼ねておりますのでね、3年生の教室では皆忙しい時期でかまってくれる人間が少ないでしょう
し、彼の教室ではもし彼に気に入られた場合、『仕事』を命じられることが極端に少なくなるかもしれな
い。ここは一つ、彼の行動パターンから考えて、一番通る頻度の高そうな場所に近い教室に配置した方
がよいと思いますね」
「まあ、お前がそう言うならそうしても良いが・・・なんだ、何か他にあるのか?」
「ほら、例の本命の彼女、あの娘を彼と一緒の教室にしてあげればいいじゃありませんか」
「とうに手配ずみだ。わしにはわしの計画があるでな。だが、教室配置ぐらいの小細工ではメイドロボと
知り合うきっかけにはならんのではないのか」
「無意識というのを御存知ですか」
「無意識ぐらい知っておる。なんじゃ、唐突に話題を変えおって」
「実はメイドロボにも無意識がありましてね。セリオはともかくマルチの方はあるんです」
「マルチ?マルチとは?」
「ああ、今日決まったんです。うちのメイドロボの名前ですよ。以後、我々は『M』班となります」
「で、そのマルチには無意識があるのだな?」
「感情というものを作ろうと思ったら無意識も不可欠の要素ですのでね」
「よくわからんが、そういうものなのだろうな」
「ええ、で、その無意識に『すりこみ』を行ってる最中です」
「どういう事かよくわからんが」
「つまりですね、マルチは『彼』に会う前から『彼』を知っている状態になるんですよ。会ったその時から
『彼』は忘れられない存在になるはずです」
「会いさえすれば良いということか。しかし、そこまでいじくったロボットではテストにならんのではないか」
「なに、いじるのはそこだけです。アヤネの時と一緒で、今回のテストはたくさんの人間のパターンに対し
て、どこまでメイドロボの『感情』が対応、調和していくかのテストとデータ収集が目的ですのでね。不都
合はありません。むしろ、特定の人間に対して特別な『意識』があった場合、どのような形で変化が起き
るのか、非常に興味ある所ですよ」
「『感情』なぞ持たせぬ方が良いかもしれんな。製品化に時間がかかりすぎる」
「アヤネから得たデータだけでも世の学者は泣いて喜びますよ。会長、うちはあと20年は最先端を誇れ
ます」


「そりゃ、大きくでたもんですね、主任」
「まあ、そうでも言わんと。予算を減らされちゃたまらんからな」
「でも、実際の所、サテライトシステムだけであと10年は大丈夫でしょう。うちは」
「まあな。だが正直な所、感情の理解と同調のシステムは製品化するのが困難すぎるし、あと20年はか
かっても不思議じゃない」
「まさか、そこまでは」
「いいか、体験していくことでしか前へ進めない以上、失敗は常にあるし、また、失敗しなければならない
んだ」
「同じ失敗はそうそう繰り返したりしませんよ。覚えるのも早いし」
「それでも人を育てるのと同じくらいの時間がかかるかもしれないし、『完成』にはたどり着けないだろう」
「買った人間が『完成』に近づけていけるからいいんです。『未完成』なのがウリなんですよ」
「だが、消費者にはなかなかそれはわかってもらえんだろう。製品化するにも『未完成』のまま製品化してい
くしかないということなんだ」
「それを承知でやってるのはスタッフ皆同じです、弱気にならんでくださいよ。あ、そうだ、マルチのボ
ディーが届いたんですよ。見ますか?」
「おお、見るとも。畜生、待たせやがって、やっと届いたか」
「主任が出てってからすぐですよ。入れ違いでしたね」
「じゃあ、お前らみんな見たのか、ああ、畜生」
「まだ見てないのは主任だけです」
「出かけるんじゃなかったなあ、なんてこった」
「今から見られるんだからいいじゃないですか」
「出来はどうなんだ」
「まだ頭につなげてませんけどね、傑作です」
「御大層にカバーなんかかけて、まったく」
「じゃあ、カバーめくりますからね。ジャンジャジャーン!」
「うわ、こりゃ、夏立君、見るな。見ちゃいかん」
「なに、顔赤らめて動揺してるんですか、そんな年じゃあるまいに」
「いや、しかし、これは・・・なんというか・・・」
「見事に幼児体系ですよね、顔にぴったりだ」
「こら、想像させんでくれ、なんか、罪悪感を感じるじゃないか」
「うちの娘をもうちょっと大きくした感じかな。主任も早く結婚した方がいいですよ、ほんと」
「手首の方はどうなっているのかね、夏立君?」
「こっち向いて喋ってくださいよ、主任。大丈夫です、継ぎ目はまったくわかりません。強度の方はおいお
い試していきましょう」
「間接部はそれぞれ大丈夫かね」
「動かしてみないことにはわかりませんが、アヤネよりはかなり細身ですからね。強度はやっぱり少し落
ちてるでしょう。首だけそんなよそ向いて、疲れませんか?」
「は、排水部は、ど、どうかね」
「うろたえないでくださいよ!!ただの排水溝なんですから、ダッチワイフじゃないんですからね」
「いや、それでも、そんなに生々しいと、やっぱり、あるような気がするじゃないか」
「ありませんって、そんなの。技術者が嫌がりますよ」
「とりあえず、カバーをかけてくれないか。夏立君、明日ここに来る途中で服を買って着せといてくれ」
「いいですけど、付属品としてボディースーツがついてますよ、ほら」
「・・・・・」


第3章に続く