こころの、結末 投稿者: K-rin
弥生さん中心のSS書いてみました。
ちょっと辛いSSなんで、見たくない方は飛ばして下さい。




ああ…………。
これで、やっと、楽になれる……。
誰かが言ってたけど、“死”ってのはホントに全てからの開放なんだな。
全てのしがらみからのからの開放。人も、仕事も、そして…由綺からも。
でも、俺は結局……逃げることを選んでしまった。俺の心は……耐えることができなかった。
死ぬことでしか、由綺に償うことができない。
最低なヤツだ。由綺にばかり全てを押し付けてしまうんだから。
何もしてやれず、何もできず、ただ、流されて。

……ごめんよ…。




−<1>−

由綺は焦っていた。
音楽祭に出場することが決まって、レッスンの量・質は共に以前とは比べ様も無いほど増加をしていた。
結果、冬弥と会う時間は物理的に減り、会いに行く時間はおろか、電話で話す機会すら持てなくなっていた。
その代わり……というか、マネージャーの弥生には時々冬弥の様子を見に行ってもらっていた。
由綺は確実に自分の夢に近づいていることを、誰よりも冬弥に喜んで欲しかった。が、それは同時に
二人の時間が更に無くなっていくことも意味していた。

会いたい。でも、今は会えない。
その矛盾に、誰よりも強く傷ついていたのは他ならぬ由綺自身だった。

冬弥君は、今私が会いに行くことを喜んでくれるだろうか…。




日々のレッスン←→仕事の中で、由綺の不安が日増しに増えていることを知りながら、
それを癒す術を持たない弥生は冬弥に嫉妬していたのかもしれない。

由綺は自分を全面的に信頼してくれている。そして、由綺の妨げになるものは完全に排除しなくてはいけない。
例えそれがどんなものであろうと……。

それだけが今の弥生を支えていた。だからこそ、(相手がどう思おうと)好きでもない異性相手に
肌を重ねることなど厭うこともなかった。
ただ、それが後にどんな結果を生むのかまでは弥生には読めなかった。




−<2>−

2月27日、音楽祭を明日に控えて由綺は自分の家で休む為、英二の車でマンションまで送られて来ていた。

「本当に、ありがとうございました。英二さんの方がホントは疲れてるはずなのに・・・・・・。」
「ははは、疲れてるっつっても、俺の仕事はもう終わったようなものだからね。気にしなくていいよ。
第一、好きに外も歩けないようにずっと引き止めてたのは俺の責任だ。その罪滅ぼしってヤツさ。」
「でも・・・。」
「なぁに。音楽祭が終わったらどっかで豪遊してやるつもりだしね。
・・・・・・さ、もう遅いからゆっくりと休むといい。明日は本番だ。」
英二は優しく微笑みながら言った。
「・・・・・・・・・。」
うつむきながらも、由綺は承諾はしたようだ。
「それじゃ・・・・・・おやすみなさい。」
由綺が部屋の鍵を開けようとドアに体を向けたとき、突然英二に抱きしめられた。
「え・・・あ、あの・・・?!」
「君に歌って欲しいから俺は全てをあの曲に注ぎ込んだ。
後は君がどう受け取ってくれるかだ。・・・・・・俺の気持ちをね。」
「・・・・・・。」

私は・・・・・・。
と言おうとして英二に顔を向けた瞬間、唇に感触があった。
「!!・・・・・・」
だが、押し返せない。
KISS・・・・・・されてるのに。冬弥君じゃ・・・ないのに・・・。
頭の中に、冬弥が、浮かんだ。
いつも、自分の側にいてくれた、微笑んでくれた、あの人・・・。
その像が、ぼやけて英二に変わってきている。その事に由綺は気づいた。同時に、言いようの無い悲しさも。

「・・・・・・。」
英二は、頬に冷たいような、熱いような感触を覚えて目を開けた。
由綺が、泣いている。

ゆっくりと、由綺から離れる。
少し、心が痛んだ。・・・・・・もう、後戻りはできない。
だが、後悔はしていない。今こそ、はっきりと言おう。
「愛してる」

由綺はその言葉に弾かれたように、自分の部屋に飛び込んだ。
そのまま、玄関のドアにもたれかかった。
許せない。自分が。・・・冬弥は、自分を信じてくれているのに・・・どうして・・・。
必死に理性が自分を押しとどめていた。立たせていた。
その時。

「音楽祭が終わったら返事をくれ。・・・・・・待ってるから。」

ドアの外側から、英二の声が聞こえた。そして、去って行く足音・・・・・・

限界だった。
英二の足音が聞こえなくなったとき、声も涙も、全て否定するように、流すように激しく鳴咽を繰り返していた。




−<3>−

どの位、時間が経ったのだろうか。
泣くことすら億劫に感じていた。
「冬弥君・・・・・・」
そう呟いたとき、手元に何かの紙片が当たった。
封筒だった。どうやらドアに挟んであったものが、部屋に駆け込んだときに一緒に入り込んだものらしい。
切手が貼ってないところを見ると、直接持ってきたもののようだ。
表には、見覚えのある、優しい字が
「由綺へ」
とだけ記されていた。
「この字・・・冬弥君の・・・」
その場でもどかしそうに封筒を開ける。


由綺へ

ごめんよ。
まず最初に謝っておかなくちゃいけないな。
俺はお前の夢が叶うことが俺自身の夢だった。
なのに、それを裏切ってしまうから。
お前が寂しいとき、お前の側にいてやれなかったこと。
お前の心を癒してやれなかったこと。
お前の信頼を裏切ること。

いつからこんなことになっちゃったんだろうな?
俺はお前が頑張るほどに精一杯やってきたつもりだった。
ブラウン管の向こう側で歌うお前を見て、踊るお前を見て、
『頑張ってるんだな』って嬉しかった。誇らしかった。
でも、やっぱり寂しかった。
お前と会えないことが、こんなに辛いことだったなんて思わなかったんだ。

それでも、お前を責めるつもりはないよ。
由綺が一生懸命頑張ってる。
すごく輝いてる。
そんな由綺が好きだった。

俺は、由綺のことを愛してる。その事に嘘はない。
でも、そんな俺に弥生さんが『あなたに何ができますか?』と言ったよ。
なにもできやしない。
できることなんて、これっぽっちも、無いんだ。
分かりきってたことを由綺がデビューした頃から、ずっと悩んでた。
結論なんて、無かった。
その事に、俺は気づきつつ悩んでた。

俺は、もうその事に耐えられそうも無い。自分で事実が受け入れられなくなっていることが分かるんだ。


この手紙をお前が読んでる頃、もう俺はこの世にいないだろう。
だから、一つ頼まれてくれないだろうか。
弥生さんに、伝えておいて欲しいことがあるんだ。
もう、弥生さん自身傷つくようなことはしないで欲しい。これは、俺からのお願いだ。
由綺も弥生さんのことをあまり責めないでやってくれ。
ホントは弥生さんは優しいひとだって、俺も分かったから。
俺が、悪いんだから。


ホントに、ごめんよ。
許してくれなくてもいい。


さよなら




−<4>−

「そんな・・・・・・嘘・・・!!」
由綺は、今までのすれ違いの生活が、ここまで冬弥が思いつめさせていたとは思わなかった。
あんなに優しくて、強かった冬弥君が・・・・・・。
自分にとって、冬弥は全てだった。
なのに、何故・・・
だが、少し引っかかるところもあった。
『弥生さん自身傷つくようなことはしないで欲しい。』
・・・・・・どういう事?
訳が分からない。

それよりも・・・
「もうこの世にいない?!」

弥生さんに、聞いてみよう・・・・・・。
ゆっくりと、由綺は電話に向かって歩き始めた。

その時、どこかで救急車のサイレンが聞こえた。




−<5>−

2月27日、私は今までの非礼を藤井さんにわびようと彼の部屋に向かっていた。
本来なら、そんな事をするような自分ではないのに。
ふっ・・・・・・。
私もどうかしてしまったのだろうか。それとも、音楽祭の準備で疲れが溜まっているせいだろうか。

冬弥の部屋の前に着いたとき、インターフォンを押す前に私は異変に気づいた。
こんなに遅い時間帯に、部屋の電気が点いていないというのに、ドアが、開いている。
それに何より、
「この匂いは・・・・・・」
ガス?!
「藤井さん!藤井さん!!」
慌ててドアを叩くが、反応が無い。
口を押さえながら部屋に駆け込むと、部屋の中央に誰かが座っているようだがシルエットしか見えない。
ガス栓を締め、カーテンの閉まっていない窓を開けると、小雪混じりの冬の冷たい風が部屋に充満したガスを追い払うように舞う。
まだ部屋は暗いが、座っているのが藤井さんである事は分かった。
「藤井・・・・・・さん・・・?」
身を切るような風の中、藤井さんは、ゆっくりと、倒れた。


「しっかりして下さい。藤井さん。」
普段は決して表情を表に出さぬようにしてきても、声が震えた。
呼吸はほとんど無く、脈も途切れかかっている。というより、このままでは・・・・・・。
その時、藤井さんが
「弥生さん・・・・・・」
と呟いたのを聞いた気がした。
どこか、消え入りそうで、とてもはかない、声。
「え・・・」

それは、気のせいだったのかもしれない。
だが、いつもの精神状態ではない私には、非難する声にも、全てを諦めきった声にも受け取ることができた。
「ごめんよ・・・」
そして、再び藤井さんの声は聞こえなくなった。
その表情は、人形のように生気も感情も存在しなかった。





−<6>−

私は、すぐさま近くの大学病院の救急車を呼んだ。
救急看護士たちの焦り様から、かなり危険だと言うことは分かる。
だが、自分には何もすることができない。
ただ、そばで見てることしかできない。

そうこうするうち、病院に着いた。
「患者さん・・・藤井さんのお知り合いの方ですか?」
「え・・・あ、はい・・・・・・」
看護婦の一人に声をかけられた。
「患者さんの容体がおもわしくありませんので、ご家族の方たちをお呼びになって下さい」
「・・・・・・」
家族と言っても、冬弥のことしか知らない私にとって、返答することはできなかった。
用件だけ伝えると、看護婦は何も無かったように向こうへ歩いていった。

どうすればいいの・・・・・・
私は、その時はじめて動揺していることに気づいた。
自分がしたことも原因の一つであったとはいえ、人一人をここまで追いつめたことに、どうしようもなくなっていた。
そして、由綺さんにはどう言えばいいのだろう。

PPP・・・PPP・・・

その時、私のの携帯電話が目を醒ますような呼び出し音で鳴った。




−<7>−

P・・・

私は何とか自分を落ち着かせつつ電話を手に取った。
「はい・・・篠崎ですが・・・。」
『・・・弥生さん・・・・・・?私・・・由綺です。』

何というタイミングだ。よりによってこんな時に・・・
「こんな時間にどうしたんですか?由綺さん、明日は音楽祭だというのに・・・。」
尤(もっと)も日付的にはもう今日になっているが。
『え、・・・・・・うん。ちょっとね・・・・・・。』
「何かあったんですか?」
いつもの由綺さんだけに向ける笑顔で優しく問うてみた。

『冬弥君のことで・・・ちょっと聞きたいことがあって』
暫くの沈黙の後、受話器の向こうから、そう、聞こえた。


一瞬、頭の中が真っ白になり、何も、答えられなかった。
『・・・弥生さん?どうしたの?』
「え、ええ・・・なんでもありませんわ。それでどうしたんですか?」
『もしかして・・・冬弥君が近くにいるの?』
絶句。


由綺さんはどこまで知ってるのだろうか。
『ねえ、教えて。冬弥君、近くにいるんでしょ?!』
私が藤井さんと肌を合わせていたことを、もう、知っているのだろうか。
『弥生さん・・・お願い・・・。』
由綺さんももう語尾が消えかかっている。


どう答えればいいのだろうか。
私は自分のしたことに今更ながら恐怖を感じた。
私のしたことを知ったら、由綺さんは、どうなってしまうのだろうか。
今まで、由綺さんの為だけに、何でもやってきたというのに。
積み重ねてきたものが、壊れてしまう。
いつぞや、藤井さんがいったことが思い出された。
『こんな事をして、由綺が知ったらどう思うか分かってるんですか?』
あの時は藤井さんにはとても効果的だった言葉が、今、自分にそっくりそのまま返ってきている。


「あの、お電話の最中申し訳ないんですが・・・」
さっきの看護婦がいつのまにかすぐそばにいた。

「先ほどの患者さんなんですが、たった今お亡くなりになられました。」


『!! どういう事?!ねえ、弥生さん!!』
どうやら今の看護婦の言葉が聞こえていたらしい。


終わってしまった・・・・・・全て。
いや、もう最初から終わっていたのかもしれない。
どこかで、気づいていたのかもしれない。
もう、なにも、考えたく・・・・・・無い。





−<8>−

由綺さんは、私と共に、霊安室にいた。
由綺さんの愛していた・・・否、今でも愛している男の骸を見て、先ほどまで取り乱していた由綺さんは落ち着いたようだった。
静かに、顔に掛けられた白布を取る。
その貌(かお)は、眠っているようにも見えた。
しかし、そこに感情などまるで感じ取ることはできなかった。
死んで・・・いるのだから。
「・・・っ、どうして・・・?
ねえ、冬弥君・・・起きてよ・・・起きてってば・・・。
こんなのって、ないよ・・・一人だけ・・・私だけ置いてっちゃうなんて・・・
そんなの・・・ひどいよ・・・うっ・・・うっ・・・」
それだけ言うのが精一杯だったのだろうか、由綺さんは声を上げて泣き出した。


これが・・・、これが私の望んだ結末なのだろうか?
憮然としながら、私はずっと考えていた。
由綺さんの為に、なんでもやってきたのに・・・結局は由綺さんを傷つけていただけなのか。
私の夢を叶えるために、自分のエゴのために由綺さん自身を壊してしまったのか。

そして・・・藤井さんを、壊してしまった。




しばらくして、落ち着いてきたのか、由綺さんが藤井さんの頭を撫でながら
「弥生さん・・・。」
話し掛けてきた。
「・・・はい。」
「冬弥君ね・・・すごく悩んでたよ。ずっと。私がデビューする前からね、
『自分に何ができるのか』って・・・。
でも優しいから・・・私には何も言わないで・・・心配かけさせないように・・・」
「・・・・・・」
私は何も言えなかった。
「私の人気が上がるたびに、本当に喜んでくれた・・・。
私が寂しいときは、慰めてくれた・・・。
一緒に、生きてたんだ・・・。」
「私を・・・責めないのですか?」
堪らなくなって、私は口を開いた。
「ううん・・・そんなことしないよ。冬弥君がね・・・弥生さんのこと、責めないでって言ってたから。」
「どうして・・・・・・?!
私は、あなた方二人を引き離そうとしたんですよ!?
憎くないのですか!?」
その言葉は由綺さんではなく、藤井さんに向けて放った言葉だった。

「冬弥君もね・・・弥生さんが、ホントは優しい人だって、分かったんだって。
・・・そうだ。弥生さんにね、冬弥君から伝言があったの。
『もう、弥生さん自身傷つくようなことはしないで欲しい。これは、俺からのお願いだ。』」
静かに由綺さんがそう言ったのを聞いて、私は・・・。
「・・・っ、うっ、うっ、ああああああああっ」
その場にへたり込んで、慟哭した。

何が悲しいわけじゃない。あの二人は私が何をしようと関係なかったのだ。
責めて欲しかったからじゃない。その優しさが、痛かったから。辛かったから。
そんな藤井さんに、知らないうちに惹かれていたから。
私がそんな彼を死に追いやったから。






藤井さんを、私は壊してしまった。
由綺さんは、藤井さんと共に壊れてしまった。

そして、私のこころも、こわれてしまった。






やーはじめまして。K-rinと申します。
今回、夕べ夢に見たことを基に、初めてSSを書いてみました。
こんな“痛い”ゲームは、他じゃあんまり見られませんな。
それだけに「名作」と言えるんじゃないでしょか。