地平線まで何マイル? 投稿者:MIO 投稿日:10月24日(火)00時24分
 セリオは今、車を運転している。

 違法である。

 いや・・・
 運転できないことはないのだ、メイドロボは。
 むしろ、人間よりも正確に運転できるし、交通法が一から十まで頭につまっている
のである。柔軟な判断こそ人間に一歩ゆずるのかもしれないが、状況判断のスピード
というのが、そもそも段違いである。
 しかも、メイドロボとときたら殊勝なことに、人間を轢いちゃうくらいなら、率先
して自分を犠牲にする。
 それでも違法なのは、単にまぎらわしいからである。

 耳カバーは、免許証のかわりにはならない。

 それでも――
 セリオは公道を、ぶっ飛ばしている。
 時速90・・・ああ、また上がった。

 とんでもないスピードで道路をスッ飛んでいくセリオの車。
 そのあとを、ものすごい数のパトカーがサイレンを鳴らしながら追っていく。

「・・・」

 困った。
 どうしてこんなことになったのか・・・セリオは思いかえす。
 確か――
 浩之と綾香が、セリオを唆したのである。
 最初は敷地内だけということで、渋々承諾したのだが、うやむやのうちに公道に出
てしまったのだった。

「・・・」

 ギャギャギャギャーッ!!
 ものすごい音を立ててドリフト!
 ほぼ直角に転進。
 車幅ギリギリの脇道に、減速するそぶりすらみせない。
 可憐な指先で、繊細なハンドル操作。
 時折、擦れた車体からオレンジの火花が飛び散る。
 しかし、セリオは更にアクセルを踏み込む。
 ナマゴミをつめたバケツが天高く舞う。
 野良猫が悲鳴をあげて逃げる。
 爺さんが腰を抜かし、
 その爺さんが後生大事にしていた盆栽が、
 木っ端微塵に吹き飛んだ。

「・・・」

 浩之が、あー俺トイレ行きてー! と言ったあたりから、運が傾き始めた。
 少なくともセリオはそう思う。

「・・・ああ、パトカーが増えました」

 顔は無表情だが、本心は泣きたいセリオである。
 ハンドルを切る。
 壮絶なテクを惜しみなく披露。
 曲がれるはずの無いカーブを曲がり、登れるはずのない坂を登る。
 時に破壊し、ときに踏み潰し、
 しかし、セリオの運転する車は、死者を一人も出さずに下町をすりぬけた。
 減速はしていない。
 広い道に出た。
 バックミラーは怖くて見れない。
 たぶん、ものすごい数のパトカーが迫ってきている。
 怖い。
 めちゃくちゃ怖い。

「・・・」

 浩之と、ついでに綾香が車から降りた。
 しばらくして、血まみれの男が車に乗り込んでくる。
「車を出せッ!」
 息も絶え絶え、這う這うの体で、セリオのこめかみに銃を押し付ける。

 セリオは車を出した。

 別に命が惜しかったわけではない。
 男は怪我をしていたので、一路病院に向かったのである。
 この際、人命が最優先だろう。
 浩之と綾香を置いてきてしまった。

「・・・」

 衛星を経由して、警察の同行を見極める。
 ああ、道が封鎖されている。
 セリオはますます泣きたくなった。
 道という道が封鎖されている。 

「・・・」

 空港へ行けという男を、スタンガンであっさり黙らせたセリオは、男を病院の前
で降ろす。
 そこで終わりのハズだった。

「・・・」

 こともあろうに、セリオが銃を突きつけられる現場を、老婆が見ていた。
 笹山トミ(92)
 彼女は、警察にこう連絡した。

「おんなのこが銃を持った男に誘拐されていたのよぅ、ナンバーは・・・」

 メイドロボと人間の区別もつかぬくせに、車のナンバーだけはハッキリ覚えてい
たらしい。
 同じ頃、失踪したセリオを心配した浩之と綾香が「友人を乗せた車がいなくなっ
た。探して欲しい、車のナンバーは・・・」という通報を、警察にしている。
 さらに同じ頃。
 血まみれで車を運転している女を見たと、通報がはいった。

 情報は錯綜した。

 一時間後、HMX−13型セリオは、「誘拐された来栖川の令嬢で、しかも銃で
撃たれたらしく、血まみれで今にも死にそう」ということになっていた。
 血まみれで今にも死にそうな来栖川令嬢のセリオは、いまにも泣きそうな気持ち
でハンドルをきり、アクセルを踏み込む。
 ガコガコとギアチェンジ。 
   
 歩道の脇に倒れこんでいた看板を利用して、車体が跳ね上がる。
 猛スピードの車体は、絶妙のバランスをもって片輪走行を開始。
 警察のバリケードの、わずかな間隙を縫うようにして、これを突破。
 現場にいた小久保巡査(29)が、眼前を掠めたタイヤで鼻の頭を擦りむく。
 実に18年ぶりに、彼は失禁した。

「・・・」

 上空からヘリが迫る。

『とまりなさーい! 田舎のお母さんが泣いているぞー!』
 
 ふと、山村で微笑む老夫婦を想像してしまう。
 老夫婦の耳には、カバー。

 ――セリオや・・・帰っておいで。

 そこまで夢想して、セリオはぶんぶんと顔をふった。
 セリオはロボットです。
 帰る田舎は研究所です。

 いっそ止まろうかとも思うが、にっちもさっちも行かなくなってきている。
 というか、止まったらどうなるか・・・というのが、シミュレーションで弾き出
せないでいるセリオは、もぉ、怖くてしょうがない。
 止まったらどうなるんだろうか。
 何度も考えるが、全然わからない。
 わからないもんは怖いのである。
 ものすごく怖い。
 セリオは、警察の無線を傍受してみた。

「・・・」

 愕然とする。
 どうやら来栖川グループは、娘を誘拐した犯人に多額の賞金を賭けたらしい。
 チラリと振り返ると、道路を埋め尽くさんばかりのパトカーにまじり、明らかに
ガラの悪い改造車が混じりだしている。
 なにをされるかわかったものではない。
 セリオはやっぱり無表情だったが、内心で悲鳴をあげた。
(ひーーっ!!)
  
 セリオは、更にアクセルを踏み込む。
 ペタン。

 猛加速する犯人に、もはや道路を爆進するだけの烏合の衆が、色めき立つ。
 奇声をあげながら、タイヤのついたレミングたちが加速する。
 よせばいいのに、セリオは再び警察無線を傍受。

「孫をかえしてくれいぃ!」
 来栖川翁。
「娘をかえしてくれッ!」
 来栖川父。
「娘をかえしてくださいッ!」
 来栖川母。
「・・・」
 芹香。
「姉さんをかえしてッ!」
 綾香。

(・・・綾香お嬢様?)
 って――

 気づけよ、そこに全員いることにぃーーーーーーッ!

 と、セリオは内心で叫ぶ。
 叫んだ拍子に、ボタンにひじが触れた。
 電動でウィンドウが開く。
 風が舞い込み、セリオの長い髪が渦を巻き・・・

 血に汚れた上着が、外へ――

 警察無線から、来栖川母の悲鳴が聞こえ、次に怒り狂った父親の声。
 声もない芹香と、姉さーん! と叫んだ綾香。
 きわめつけに、セバスチャンがこう叫びやがる。

「ああ、お嬢様が死んでしまった!!」

 隣にいるだろうが、そのお嬢様は。
 しかし、誰も気付かず、それどころか死んだ事になってしまった。

 来栖川の令嬢が死んだらしい。
 芹香お嬢様じゃなくて、
 綾香お嬢様じゃなくて、
 誰?
 いや、知らないけど、来栖川の令嬢だってよ。
 たいへんじゃんか。

 そして、来栖川グループは、年末ジャンボ宝くじの三倍の額を、賞金に上乗せした。

 
「〜〜〜ッ!?」

 大変なことになってしまった。
 セリオはへんな汗をダラダラ流しながら、それでも情報を整理しようと試みる。
 
 えーっと、自分はメイドロボでHMX−13型セリオで、しかも来栖川の令嬢で
今にも死にそうで、血まみれで、賞金首で、挙句の果てに、もう死んじゃったらしい。
 え、死んでるの?
 じゃあ、わたしは誰ですか!?

 混乱しまくった。
 理路整然として生きてきたセリオは、ものすごい混乱に対処する術がない。
「・・・う、うう・・・マルチさぁぁん・・・」
 ついに、えぐえぐと泣き出してしまう。
 いじめすぎだ。

 泣きながら、セリオは考えている。
 その精緻な頭脳を、フル回転させて。
 混乱に冒されながらも、
 必死で考える。
 このバカ騒ぎは、
 本当に終わるのだろうか。
 誤解は、
 解けるのだろうか。
 この道は――

 
 一体どこまで続くのだろうか。


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 だめだ、あからさまになまっている。

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