瑞穂の細腕黄金期 投稿者:MIO 投稿日:7月22日(土)10時30分
  雷帝

 かつての店長五輪大武会において、並ぶもの無しとまで言われた怪物は、い
つしかそう呼ばれていた。
 その速き技は迅雷の如し。
 その強き技は、すなわち神也。
 その拳、ことごとく万象を統べ、逆らうものに鉄槌を下さん。
 ならばこれ雷帝ならんや。
 
「母は―――」
  そう、母は・・・
  誰よりも強かったと・・・誰よりも美しかったと・・・
  父は言う。
「・・・父は―――」
  こうも言った。
 
  あれは・・・魔女であったと。

  父は、わたしを魔女の子だという。
  かつて雷帝と呼ばれた、最強の魔女・・・その子供が、わたしなのだと。
  魔女、雷帝、最強・・・その名を継ぐならば・・・
  わたしに、敗北は許されない。
  父は―――

  父は繰り返す。

  お前の母親は、本物の魔女だったんだよ・・・と。
  では、わたしは何なのだろう。
  魔女の血を継いだわたしは、やはり魔女なのか。
  しかし、父はわたしを魔女とは呼ばなかった、最後の最期まで。
  父は―――

  お前の母親は、魔女だった・・・そう繰り返す。
 
  ただの一度も、わたしの事を魔女とは呼ばなかった。
  ならば、そうなのだろう。
  わたしは、魔女などではないし・・・
  魔女なんてものは、そもそもいるはずがないのだ。
  なら・・・
  ならどうして・・・
  ならばどうして、わたしはこんなにも―――
  

「父さん、見て・・・わたしは、こんなに・・・こんなにも―――」
「おまえの母さんは―――」

  父さん、貴方のその、ぎこちない微笑みは・・・
 
「違う、母さんの話なんて知らない!  いなくなった母さんなんて、どうだっ
ていい!」
「なつみ、おまえの母さんは、本当に―――」

  何時も、わたしのココロを深く抉る・・・

「そんな御伽噺、聞きたくないよ・・・わたしはただ・・・父さんに」
「強くて・・・美しい・・・本当に・・・本物の―――」

  父さん、あなたは、本当は・・・もしかしたら・・・

「どうして!? どうしてわたしのこと見てくれないの!?  どうしてそんな嘘
ばかり!  見てよ、わたしを見てよッ!  わたし、母さんよりもずっとずっと
強くなったよ!?  母さんの出来なかった技も習得したんだよ!?  なのにど
うして!?  どうしてわたしを―――」
「なつみ、お前の母さんは本物の―――」

 父さん、あなたは、最期まで・・・

「本物の、魔女・・・だったんだよ」


  父は、最期の最期まで夢想家だった。

  幸せな死に方だったと思う。

  でも、身勝手な死に方だったとも・・・思う。

  父が死んだ日、わたしは家を出た。

  父が死んだ日、わたしは―――



  雷帝の名を継いだ。



  瑞穂の細腕黄金期
 ―ファントム―


  老人との戦いも終わりました。
  戦場というものは、どこよりも赤く夕日が沈むのです。
  なんだか、帰国そうそう妙な事に巻き込まれまくったリアンなのですが、
まぁ、なんとかなるでスよ。
  明日からは、製鉄所での仕事がまっているでス。
  やれやれでスな。

「よぉ、リアン」
  声をかけてきたのは、浩之さん。
  図々しくも、わたしのすぐ隣に腰を下ろします。
「マルチさんは?」
「ん・・・ガタピシいってたからな。ドックにもどったよ」
「そうでスか」
  無理させましたからねぇ。
「浩之さんは、これからどうするんでスか?」
「・・・そうだな」
  浩之さんは、わずかに逡巡して、
「やっぱ、綾香と合流するよ。んで、あかりの帰還を待つ」
「帰ってきますか?」
「帰ってくるまで待つさ。それでも帰ってこなきゃ、迎えに行くまでだ」 
  ・・・
  ナルホド。
「そーいうリアン・・・いや、瑞穂ちゃんって呼んだほうがいいか?」
「リアンでいいですよ。少なくとも今は」
  自己暗示は解けたままですが・・・
  まぁ、用心するに越した事はありません。
  それに、天性のナンパ師である浩之さんの話術の前では、女の子は裸も同然。
 できるだけ注意深くしていないといけないでスよ。
「・・・リアンは、これから、どうするつもりなんだ?」
「知れた事。リアンはリアンとして、店長五輪大武会に出場するのみでス」
  わたしが香奈子ちゃんにできる事といったら・・・
  もう、それくらいしかないでスからね。
「辛い戦いになるぜ」
「・・・それが嫌なら、わざわざ戻ってきませんよ」
「そりゃそうか」
  浩之さんは、なにがおかしいのか笑いました。
「瑞穂ちゃ・・・いや、リアンらしいぜ」
 そうでスか?
「ん〜・・・それはそれとして、浩之さん。貴方は大武会には出ないんでスか?」
「はははッ、いくらなんでも無理だろう。ボコボコにされんのがオチさ」
「そうですか?  浩之さんの実力なら、上手くすると準優勝、狙えますよ」
  浩之さんは苦笑して肩をすくめまス。
「冗談だろ? でもさ・・・俺が準優勝なら、優勝は誰なんだい?」
「聞きたいですか?」
「参考までに、な」
「もちろん、優勝はわたし、リアンにきまってまス」
  ない胸をぱっつんぱっつんに張って言うリアンに、浩之さんは爆笑。
  なんでスか、失礼な人でスね。 
「いや、はははっ、ワリィワリィ・・・」
  浩之さんは、いまだに肩を震わせながら謝りまス。
「しかし、優勝とは大きく出たなぁ」
 当然でス。
「他に狙っている順位なんか、ありません」
「敵は多いぜ?  リーフ三侠星、雷帝、焔の女皇帝、最期の歌姫、天才、エレ
ミヤの寵児、誰もが優勝を狙える実力者。俺だって、優勝を誰がもってくのか
予想がつかないでいる」
「何度も言わせないでください。優勝はリアンでス」
 浩之さんは、一瞬言葉に詰まりましたが、
「・・・そうかもな」
 の一言。
  神妙な顔で頷くと、パッと立ちあがって、泥を払います。
「行くのでスか?」
「名残惜しいけどな。奇怪老人七珍種のことも、少し気になる・・・」
「ブラックリーフが関係していると?」
「いや、そんなこともないだろうが・・・どちらにしろ、俺達『To Heart』
の敵に回るつもりらしい」
「あかりさん抜きでは、不利ですよ」
「まぁな・・・だが、そろそろ二号ロボ『MAXあかりオン』も完成する。大
丈夫だろ」
   ふうん。
  『AF計画』も、いよいよ大詰めですねぇ。
「それよりもリアン。お前は・・・太平洋の動きに気をつけた方がいい」
「ほほう、遠洋漁業が狙い目ですか?」
  リアンの軽口に、浩之さんは顔を顰めました。
「・・・ふざけれる話題でもねぇだろが」
「・・・」
  太平洋でスか。
  なるほど、ルルイエが浮上したというウワサ、あながち嘘ではなかったよう
でスね。
  浩之さんは、腕を組んで嘆息。
「うちの『姫川琴音GX』が、かなり感化されつつある。人間に影響が出るの
はもう少し先だろうが・・・そのうち、大変なことになる」
「大変なこと?」
「琴音ちゃんが言ったんだ。そのうち、世界が未曾有の危険にさらされる、ってな」
  浩之さんは、ガラにもなく、真剣な表情。
「あのコの予知は、不吉な予知ほど良く当たる」
  姫川琴音GX・・・か。
  ・・・
「浩之さん」
「あん?」
「最後に一つ、教えてください。姫川琴音GXって・・・なんなんですか?」
「・・・」
「表向きは、来栖川の最新メイドロボの試作機って聞いてます。でも・・・」
「でも・・・なんだ?」
「詠美さんが死ぬ前に言ってました『本物の姫川琴音を起こしちゃいけない』
って・・・どういう意味だか、わかります?」
 視線を落とす浩之さん。
 やっぱりなにかありまスか?
 姫川琴音・・・
 それは一体なんなんでしょうか?
「・・・姫川琴音GXのことは、俺もあまり知らないんだ。俺、営業だし。た
だ、例のディスク・・・」
  NASAから盗み出された、異星からのオーバーテクノロジー。
  プリンセス・エレミヤとディスク。
  いまだ、NASAの長である合衆国最強のビーバー、リッパーが求め続けて
いるもの。
「例のオーバーテクノロジーが関係している・・・と?」
 浩之さんは頷きまス。
「アレには、ブラックリーフの到来の他に、『世界』に関する情報も多々記録
されていたって聞いてる。その中には、『ルルイエに眠る者』についての記述
もあったらしい。正確にはわからないが、しかし、悪徳商事からのディスクの
奪還と、解読の成功。それらと『姫川琴音GX』の開発着手は、ほぼ同時期だ。
そして、そのどちらにも、先輩が関わってる」
 来栖川の魔女でスか・・・
「それに、『姫川琴音GX』はメイドロボにしちゃ、妙なんだ。試作機である
ことを考慮にいれても、センサー系が高等すぎる。普通、メイドロボにキルリ
アン振動探知機や、リミピッドチャンネル受信アンテナは必要ない。たとえ軍
事目的であったにしても、だ。OSも正規のものじゃないし・・・なにより、
部品全体を位相反転するための転換炉なんて、なぜ必要になるんだ?」
「さぁ?  リアンは知りませんよ」
  知りませんが・・・
  それは、香奈子ちゃんの秘密と、関係があるのかもしれません。
 
 香奈子ちゃんがNASAで見たもの。
  それ以降の香奈子ちゃんを変えてしまったもの。
  来栖川のエレミヤは、最初NASAに保管されていた。
  エレミヤの情報をきっかけに、来栖川が開発した姫川琴音GX。
 NASAがエレミヤを中心に推し進めていた『久遠の皇女計画』。
  香奈子ちゃんが、来栖川に襲撃をしかけなければならなかった理由。
  本物の姫川琴音。
 姫川琴音のまがい物、姫川琴音GX。
  そして、大庭詠美さんがわたしにチカラを託した意味。
  ルルイエの浮上、店長五輪大武会・・・

  NASA?

  
「浩之さん」
「ん?」
「浩之さんは、祐介さんとトモダチでしたよね?」
「ああ、そうだけど?」
「わたしは、ちょっと無理だから・・・代わりに、彼に調査を依頼してほしい
んですが」
「雫商事に?」
「いいえ、長瀬祐介個人にです。祐介さん、副業でハッカーやってまス」 
「知ってるよ。依頼するだけなら、俺は構わないけど・・・?」
  ん・・・ちょっと長くなりまスが、指示は細かくいきましょう。
「なにか、条件でもあるのか?」
 ありまスね。
 祐介さんには、あるていど遵守していただきたいことがありまス。 
 まず・・・
「調査結果はメールで送ってください。暗号化は必須。最低100以上の中継
ポイントを設けて10種以上のルートを確保すること。更にダミーと暗号地雷
を適当に混ぜて送るよう指示してください。あと、送信したパソコンは絶対に
破棄。サーバーもレンタルサーバーをタダ乗りって方法が良いですね。リアン
のアドレスは、三日後の午後二時ちょうど、『白兎』って名前で祐介さんの自
宅のポストに、手紙で届きます。(あ、ブラックライトで浮き出すインク使っ
てますからね)アドレスをチェックしたら、手紙は薬品を使って焼却。アドレ
スのメモは絶対に不可。作業を終えたら、祐介さん自身の電波で、脳内の情報
も必ず消去すること。ちゃんと送金はしまスが、その方法はおって指示しまス。
とりあえず、スイス銀行に口座でも作るようには、言っておいてください」
「やけに慎重なんだな」
「一つでも怠ったら、祐介さんの命が危ないでスからね」
「おいおい」
「やるかやらないかは、彼の意思を尊重しまスよ。もちろん」
「で、俺は大丈夫なのかよ」
「ああ、浩之さんも、わたしから依頼を受けたって記憶、祐介さんの電波で消
してもらってください」
  浩之さんが、思いっきり不快そうな顔をしました。
「苦手なんだよ、アレ」
「女の子のお願いは、絶対に破らないのが信条なんでスよね?」
 浩之さんは「そりゃ初耳だな」と苦笑。
「しっかし、そこまでヤバイ依頼ってなんなんだ?  その警戒のしかた・・・
いくらなんでも、常識を逸してるぜ」
  おう、そうでした、それをまだ言っていませんでした。
「調査は、単に、ある人物の近辺調査をお願いしたいだけです。なるべく詳しく」
「近辺調査? 誰の?」
 はい。
「NASAの『機関』が認定した、最初で最後の『エレミヤの寵児』にして、
『花嫁』たる―――」
「・・・お、おい? ちょ、ちょっと待て、それって!?」


「そう・・・月島瑠璃子さんです」


 あこがれの上司。
 素敵なオトナ。
 月島瑠璃子部長。
 今でもみずピーは、あなたのことをソンケーしています。
 でも・・・
 あなたはきっと、物語の中核にいる。
  いいえ・・・
 みずピーは、事の真相なんてどうでもいいんです。
 ただ、香奈子ちゃんを救いたいだけ。
 月島瑠璃子部長・・・
 心苦しいことではありますが。
 みずピーはもう、雫商事の社員ではないのです。

「つ、つ、つきしま・・・るりこの・・・身辺調査ァ!?」
 慌ててまスねぇ。
 色男が台無しですよ、藤田浩之さん。
「依頼、よろしくお願いしまスね。それじゃ」
「あ、お、おいっ!」

  真っ青になった浩之さんを置いて、リアンは足を五月雨製鉄に向けます。
  店長五輪大武会まで、しばらくはお世話になりまスからね、しっかり挨拶す
るでスよ。
「にゃあッ☆」
  おや?
  にゃあにゃあ仔猫の千沙ちぃではないでスか。
「先ほどの戦い、お見事だったですよ。千沙、目頭が熱くなったですぅ」
  千沙ちぃは、ちっちゃなカラダをくりくりと転がして、感動ダンス。
  おやおや、一張羅が汚れてしまいますよ。
  ドジっこですねぇ、千沙ちぃは。
「にゃあ、千沙は老人力に勝てるチカラはないと思ってたですよ。でも、それ
は偏見でしたですゥ。やっぱり若さってスバラシイですね☆」
  当たり前だ。
「にゃあん、そーいうわけですから、千沙ぁ、リアンさんにおめでとうシール
をあげるですー」


 ぷっぴぷ〜♪

 リアンは『千沙ちぃ特製 おめでとうシール』を手に入れた。

「ていうか、いらん」
「にゃあ! まぁまぁ、そう言わずにもらうですよ☆」
  鬱陶しい仔猫でスな。
「あ、それから、千沙もリアンさんについていくですよ☆  だって、千沙、
もっと老人と若者のファイトが見たいです。リアンさんといれば、千沙、いっ
ぱい、いーっぱいファイトが見れるようなきがするんですよ☆」  
「・・・」
「にゃあにゃあ、リアンさんは、これからどちらにいかれるんですか?  千沙
は、千沙は・・・」
  黄色い仔猫の千沙ちぃは、頬をあかく染めてモジモジ。
「千沙は・・・」
「なんでスか?」
「にゃあ、千沙はリアンお姉さんについていくですよ!  ・・・ダメですか?」
  ちゅみ
  ・・・
「いいけど」
「にゃあ、それはホントですか!?  にゃあん!」


  仔猫の千沙ちぃ  幸せダンス♪
  夕焼け小道で  幸せダンス♪
  くりくり回って  ピョンピョンじゃんぷ☆
  しっぽふりふり  楽しくターン♪
  幸せ☆  幸せ☆  幸せ仔猫☆
  にゃあにゃあ  幸せ  幸せ仔猫☆
  黄色い千沙ちぃ  幸せ仔猫♪  

  にゃあにゃあにゃあ♪  

「・・・なんでスか、その唄は」
「で、リアンお姉さんはぁ、これからどこ行くですか?」


「製鉄所」


  ゴォン・・・

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 はいはい、よかったよかった。
 これで一息つけるよね。
 うんうん。 
      

http://www.interq.or.jp/black/chemical/