瑞穂の細腕やしろあき 投稿者:MIO 投稿日:6月29日(木)21時37分
「ねぇ・・・みずピーはさ、死にたいの?」

「詠美さん?」
「死にたいの?」
「別に、死にたくはないですよ」
「ふぅん」
「でも、香奈子ちゃん、泣いてたし・・・」

 そうだ。
 太田香奈子は泣いていた。
 瑞穂を殺す直前、彼女は泣いていた。
 彼女は、瑞穂に「ごめんね」と・・・

「詠美さん」
「ふみゅ?」
「香奈子ちゃんはね、泣いてたんですよ」
「知ってるもん」
「わたし、香奈子ちゃんが泣いてるところ、はじめて見たから・・・」
「・・・」
「だから、香奈子ちゃんが殺してくれるのなら、死んでもいいかなーって、思
ったんです」
「ふ〜ん」
「だから、後悔とかないんですよ。瑞穂は、死んでも元気です」
「ホント?」
「え?」
「ほんとに、後悔とか、ない?」
「ないです」
「ほんと?」
「しつこいですね。瑞穂は嘘を吐かないのですよ、なぜなら瑞穂の緑色の血液
は遠く連なるネイティブアメリカンの伝説を受け継ぐ、たった一つの礎だから
なのです。これはつまり、瑞穂の先祖が、たわけたヤンキーどもがインディア
ンとか呼ぶプリミティブな人々の、荒ぶるエネルギーを――」
「ほんとに、後悔とか、してないの?」
「・・・」
「みずピー?」
「・・・」
「・・・」
「ほんとは、ちょっとだけ」
「・・・」
「香奈子ちゃんが怒ってるところとか、泣いてるところとか、いっぱい見たん
です、フォーエバーフレンドだし・・・でも」
「・・・」
「笑ってるところ、まだ見てないから・・・」
「・・・」


「みずピーは、それがちょっと・・・悔しいかな」


 瑞穂の細腕やしろあき
 ―ファントム―


 暗い・・・
 死んだ?
 ・・・
(いや、まだ死んでないでスよ)
 こんなところで、死ぬわけにはいかないのでス。
 右手が熱い・・・
 見れば、右手に埋め込まれた制御金属球が、淡い光とともに、僅かな熱を
もっているようでした。
 リアンは微苦笑。
(わかってるでスよ、詠美さん)
 リアンは・・・まだ香奈子ちゃんの笑顔を見ていないのです。
「まだ・・・生きているようでスね」
 究極的に鬱陶しい展開ではありまスが。
 鑑みるに――
 老人の衝突が原因でしょう。
 外部映像がないのは、光学センサーがクラッシュしたのでスか・・・?
「マルチさん・・・?」
 ・・・
 返事がないですね。
 耳を澄ますと、いたるところから金属の軋む音が聞こえます。
 耳障りな音・・・
 鉄の塊が、じわじわと歪んでいく、嫌な音でス。
 やはり、まだ老人の下敷きなのでしょう。
「・・・」
 気を失っていたのは、どれくらいでしょうか?
「まぁ、そんなに長い時間とは思えないのですが・・・」
 人間、長時間気を失うと、肉体にそれなりの軋轢が伴うものです。体細胞の
一片まで把握できる眼鏡術を極めれば、ある程度の経過時間は割り出せます。
「しかし、まさか無事とは思いませんでしたが・・・」
 どうやらマルチさんが物理保護を緊急展開させたようですが、このままだと
潰されるのは時間の問題でスね。
 それ以前に、機体のキャストフレームが歪んだら反撃すら不可能でしょう。
 そうなると、脱出も不可能でしょうか・・・
 こりゃヤバイでスね。
「えーっと、ディスプレイは・・・?」
 手探りで、衝撃で外れていたプラグを固定しなおし、千切れた配線を応急で
処理します。
 しばらくして、中央ディスプレイに光がともりました。

 ブン・・・
 
 その途端――
「リリリリリリッ、リアンざぁぁぁぁん〜ぅ!!!」
「なに泣いてるんでスか、マルチさん」
「だだだって、てっきり死んでいるものかと・・・」
 実際は軽く死んでたと思うのでスよ。
「リアンは、魂的に不死身なのです。心配は無用でス」
「・・・あれ? リアンさん、髪の毛が緑・・・」
 あぁ、詠美さんの影響ですかね・・・
 しばらくすれば元に戻るでしょう。
「それより、現状はどうなってるんでスか? 復旧は――」
「うえぇ・・・」
 マルチさんがまたも泣きっ面にリバースします。
 鬱陶しいでスねぇ。
「老人は、現在も八千トンの重量で私達に乗っかってますぅ」
「やはり・・・」
「リ、リアンカイザーの・・・うぇっく・・・最大懸架重量は五千トンなんで
すぅ〜・・・八千トンの老人なんて・・・うえぇぇん!」

 肥え太る老人!
 読んで字の如く、老人が肥え太る恐ろしい現象である!
 作家京極●彦氏が、著書の中でその現象を予言していた事は、あまりにも有
名であろうと思う!!
    
「ステッピングフィールドは、固定されたままですね。動力系は生き残ってい
るし・・・これなら、復帰できるでしょう」
「リ、リアンさん・・・ダメですよぅ、復帰しても――」
「さすがは来栖川、仕様書以上の精度で仕上げてありますね・・・。えーっと、
かなり外装フレームが歪んでますけど、基礎フレームは無事ですね。マルチハー
ドポイントから装備が外れてますか・・・ああ、これ、緩衝材の代わりになっ
たのかな? それから――」
「リアンさんッ!」
 マルチさんの悲痛な声に、リアンは頭を抱えました。
「ウルサイッ! 放っておけば、老人に潰されるだけでしょうがッ! こうし
ているあいだにも、間接にガタがきてるんですよ!? マルチさんはボーッと
してないで、ソフト面からの復旧でしょうがッ!」
「再起動しても無理なんですッ! 例え『リアンカイザー』が『あかりカイザー』
でも、性能上、老人をのかすことなんてできないんですッ! 可能性はゼロな
んですよ! 無理なんですぅッ! どうしてわからないんですか――」
 マルチさんは、リアンカイザーが持ち上げられる重量と、老人の重量に、倍
のひらきがあるから云々と、半泣きで口走っています。
 ・・・
 鬱陶しいロボット三等兵め。
「やっぱりコピーか」
「・・・ッ!」
「本物のマルチじゃない偽者が、何を偉そうに人間様にモノを言ってますか?」
「・・・そ、そんな! わたしは――」
「HMX−12型マルチだと?」
「そ、そうですッ!」
「嘘でスな。本物には、感情とかいう、陳腐な機能がありました」
「わ、わたしにだってありますッ! コピーでもわたし・・・わたし・・・」
「はん。知ってますよ。マルチさんは太平洋で死ぬ間際、自身のコピーを来栖
川の記憶装置に残したのです――」
「・・・」
「でも、マルチさんは嫌だったんでスな。自分じゃない、自分のコピーが、藤
田浩之さんと仲良く生きて行くのが。・・・自分は死ぬのにねぇ」
「そ、そうです・・・わたしは、わたしのオリジナルは、わたしに嫉妬して」
「悲劇でスねぇ。オリジナルは、レンアイ感情だけはコピーしなかった。大切
な自分だけの思い出として、海の底へもっていったのでスよ。泣かせまス」
「でもっ! それでもわたしはっ!」
「はん、オリジナルに追いつこうと必死ですか。心もないコピーが?」
「ありますッ! わたしにはっ! 心があります――」
「ありません」
「あります!」
「ないね」
「ありますありますありますありますぅっ!」

「それなら、何故に数字で判断してまスか!?」

「ッ!」
「持ちあがるっつったら持ちあがるんでスッ! あるハズでスッ! あなたが
本当のマルチさんなら、数字で判断できない事がきっとあるハズ! 違いまス
かッ!?」
「リ、リアンさん・・・」
「イチバン信用してないのはあなた自身じゃないですかッ! コピーとか、く
だらない事に気をとられて、自分の事を見失いすぎなんでスよ! あるんでしょ
う!? 心がッ!」
「あ・・・あります」
「あるんなら見せてくださいよ! 根性ってヤツをッ! あなたはマルチさん
なんでしょうッ!」
「は・・・はいッ!!」
 その意気や良し。
 ドジなロボットは、いつだって笑顔と根性でカバーでスよ・・・
 マルチさんは、のんびり笑ってりゃそれでいいのです。
 マルチさんは、くじけずに頑張ってれば、それでいいのです。
 負けない気持ちで、そこにいれば、みんな幸せなのでスよ。
 それがロボ根!

「ふ、復旧できましたッ!」
 全センサー回復ッ!
 組み敷かれたリアンカイザーの双眸に、再び光がともります!
「・・・もちあげまス」
「・・・はい」
「出来ますね、HMX−12マルチさんッ!」
「はいッ!」

 ギシッ・・・

 フレームが悲鳴をあげるなか、リアンは出力レバーをMAXへ!
 限界を超えた恐ろしい負荷に、骨格が、全駆動系が絶叫するでス!
 
「出力限界ですッ! でも――」
 その通り!
「ま、まだまだぁ・・・ッ!」

 ギシシシシシィッ!!!


『だ・・・だいろーーーーじんっ!?』

 あがる!
 少しずつですが・・・
 老人があがってゆくっ!
 ですが――
「リアンさんッ! 老人の体重が増加しはじめましたッ! 八千五百・・・」
「・・・ッ!?」
 まだ重くなるというのでスか、この老人はッ!?


『だぁーーーい、ろぉぉぉーーーーじぃぃぃん!』

 ミシミシミシミシィィィィッ!!! 

「ま、まだ増加する!? 九千・・・九千五百・・・一万トンッ!?」
 老人を持ち上げかけたリアンカイザーが、再び膝をつきまス!
 一万トンだぁっ!?
 そ・・・
「それがどうしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 リアンの眼鏡がッ!
 右手の制御金属球がッ!
 リアンカイザーの動力炉がッ!

 カッ!

「・・・リ、リアンカイザーの出力がさらに上昇!? うそっ、限界のハズな
のに! こんなの・・・!?」
「おりゃぁあっ!」
「こ、これが――」

 眼鏡ッコ根性!!!

 出力150%・・・200%・・・250%・・・


「つ、通常の三倍・・・!?」

「かぁ・・・・香奈子ちゃんLOVE!!!」

 超出力がバックロードし、オレンジ色の炎が、間接という間接から噴出しまス。
 排気口から断続的に噴出していた蒸気も、やがて炎と化し、リアンカイザー
が炎に包まれまス。
 そして・・・
 再び老人が持ち上がっていきます!!
「マルチさんや!」
「はい!」
「老人は上がっているかッ!?」
「はいッ!」

「ろうじんはぁぁぁっ! あがっているのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「あがっていますっ!!」


『だ、だいろうじんっ!? だいろうじぃぃぃんっ!?』

 ミシッ!

 大老人、最後の抵抗ッ!
 体重1万五千トンを突破!!!
 
「不自然なんですよ、老人のクセに! マルチさんも言ってやりなさい!」
「は、はいッ! ろ、ろうじんさんの、バ・・・バカーーーッ!!」
 
 グググッ!!


「マルチさんや!」
「はい!」
「ふぁいとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!?」

 ググググググググゥッ!! 
 
「い、いっぱあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーつッ!!!!」
 
 最大出力! 

 グワッ!

 紅蓮の業火の中、老人を持ち上げて仁王立ちするリアンカザー!!
 反撃の開始なのでス!

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 あとほんのちょっとで終わりデス。
 しばしのお目汚し、ひらにご容赦 

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