瑞穂の細腕カツラ剥き(前) 投稿者:MIO 投稿日:6月18日(日)14時26分
 ミキミキミキィッ!!
 
 その気色の悪い音に、なつみはあからさまに顔をしかめた。
(キモチワルイ)
 それは、ひねくれた性格のなつみでなくても、その音に悪寒を感じずには
いられないだろう。
 彼女のあからさまな拒絶反応にも、万人が納得できる理由がある。
 だってそれは――

「製鉄所って、魔法のチカラが溢れてるよね〜☆」

 スフィーが、異様に発達した肉体を軋ませる音だったのである。
 今にも潰れそうなパイプ椅子に、巨大な肉体をのせているスフィー。
 彼女は、自慢の筋肉をミキミキと軋ませて、悦に入っていた。
 恐ろしいことに、それらの筋肉はいまだ発展途上らしく、なつみの目にもわ
かるほど、急速な発達を遂げているのである。
 ただでさえ、ここは製鉄所なのだ。
 暑苦しいったらない。
(・・・)
 なつみは嘆息する。
(肉体の悪魔め・・・)
 半年前に、工具置き場として急増されたプレハブは、現在は臨時の会議室と
して使われている。
 長机とパイプイスが乱雑に並べられ、ひび割れた黒板が正面にデンとあるだ
けの簡素なものだ。
 普段は朝礼や、冬に社員が昼食を食べるときにしか使われていないので、こ
んなものでも十分使えるし・・・製鉄所自体、そうそう儲けているわけでもな
いのだ。
(あー・・・なんかダルイなぁ・・・)
 社長のみどりに、会議だと呼び出されて来てみれば、この殺風景な部屋にス
フィーと二人きりである。
 やってられない。
(あのオバハン、ワザとじゃねーだろうなぁ・・・)
 なつみは、ちらりと隣のスフィーを見やる。

「うんうん、今日も言い天気だよ〜♪」

 ミキミキミキィッ!
 
 なつみは再度、嘆息した。
 さて――
 ここで、スフィーという桃色頭の少女について、解説しておこう。
 彼女は、実はこの世界の住人ではない。
 そんな異世界な彼女が、何故ココにいるのかは、某ゲームをプレイしたなら
ば、もちろん知っているハズだ。
 しかし、ここは未プレイな方々のためにも、補足をしておこうと思う。
 少しだけ掘り下げた内容なので、既にプレイした方々にも楽しんでいただけ
るかもしれない。
 もちろん、見過ごされがちな事実をクローズアップしただけの、既知である
はずの内容なので、読み飛ばす事も可である。
 それでは、しばしお付き合い願いたい――


 魔法の世界グエンディーナからやってきた、魔女っ娘スフィー。
 彼女は凶悪な魔法怪獣の護送中、誤って骨董屋店員けんたろを圧殺してしまう。
 ぺしゃんこ・・・とまではいかなくても、重症には間違いなかった。
 まず、首がスゴイ方向を向いていた。
 後ろを振り返ろうとしても、ここまでは振り返れまい。
 エクソシスト・・・と言えばわかるだろうか?
 あと、少しだけ胴体にめり込んでいた。
 あちこち骨は折れているし、モノによっては皮膚を突き破っている。
 血は嘘っぽいくらい大量に流れ出ていた。
 あんまりにもあんまりな死に様に、リアリティというものがない。安っぽい
猟奇映画だって、ここまではやらないだろう。
 だって、あまりにも、ねぇ。
 なんか、反対に笑えてくるし。
 しかし・・・生で目の前に転がっていると、さすがに引く。
 医学の知識がないスフィーでさえ、一目で死んでいるとわかった。
「もしもし、そこのおひと・・・?」
 一応声をかけてみるが、反応がない。

 けんたろは、笑っちゃうくらい、ものの見事に死んでいた。

 慌てたのは、被害者のけんたろではなく(死んでたし)、加害者のスフィー
の方だ。なにしろヒトを殺したのは初めてだったし、殺してしまったのは異世
界の人間なのだ。
「国際問題に発展!?」
 もう、ビビるビビる。
 自分はグエンディーナでもVIP中のVIPである。
 将来的には国政に口出したり出来るようになるし、上手くすればグエンディーナ
を軍事国家に変える事だって可能で、つまり、そういうヒトなのである。
 そんなスフィーが・・・

 殺人ッ!

 ――事件をおこせば、大戦が勃発するに決まっている!
 別に決まってはいないと思うのだが・・・とにかく、スフィーはそう信じこ
んだのである。
 慌てたスフィーは、大急ぎで自国と、この世界との戦争をシミュレート開始
しする!
(ちうちうたこかいな、ちうちうたこかいな・・・)
 でた結論は――

 敗戦! 敗戦! 敗戦! 敗戦ッ!!

 魔法が発展しまくったグエンディーナだが、そのおかげか、人口は少なく、
住民の平和ボケときたら、某島国のソレをはるかに上回っている。
 その証拠に、グエンディーナには警察がない。

 謝って済むから。

 謝って済まない場合は、強制的に精神をいじるのである。
 ある意味ファシズムではないのか。
 とにかく、住民は喧嘩も知らずに死んでいく者すらいるくらいなのだ。
 当然、軍隊もない。
 それっぽいのはいるのだが「魔法でなんとかなるんじゃない?」という日和
見主義者の集まりである。闘争心の欠片もない。
 もちろん、その意見も誤りはないのだ。実際、魔法でなんとかなるのだ。
 大概のことは、魔法でなんとかなる。
 攻撃的に使えば、魔法で人を殺す事など、造作も無い事だ。
 しかし、魔法というのは個人の能力の域を出ない。どんなに強力な魔法使い
でも、人間を全滅する事はできないのである。
 できるだけ、強力な魔法使いを探して戦力にする必要がある。最低限、天候
操作魔法を個人でおこなえるだけの力がなくては・・・
 さぁ、集めよう! 生き残るための戦力をっ!
 で――
 国中かき集めても、五人。
 五人の魔力を一つまとめた合体魔法でも、瞬間的な破壊力はICBMの破壊
力にすら及ばない。
 戦争できるレベルではないのである。
 大魔法ならばなんとかなるかもしれないが、普通、天候をいじるのに三日の
呪文詠唱が必要となる。当然、そのあいだに――

 敗戦。

 更に、魔法はどれも環境に優しいのである。
(むーっ、炎も風も操れて、毒ガスが作れないなんてッ!! 汚染すらッ!!)
 よしんば、なんらかの方法で毒ガスが作れたとしよう。

 ムニャムニャと呪文を詠唱している間に、戦争が終わる。

 敗戦です。
 人間が大人気なくも武器を持ち出せば、グエンディーナはあっというまに侵
略されるだろう。こんなヒドイ話しはない。
 魔法も、数の暴力には勝てないのである。

 スフィーの仮想グエンディーナに、核の冬が訪れた・・・

 ――ではッ! とスフィーは考える。
 国民全員で合体魔法を使うのはどうか?
 グエンディーナでは、国民全員があたりまえのように魔法を使える。一般的
な国民一人の魔力など微々たるものだが、合体魔法によって、超強力な魔法を
行使してはどうだろうか?
 理論上、地球をカツラ剥きに出来るくらいの威力は出せる!
 が・・・
(だ、だめだ・・・)
 グエンディーナの国民は、0歳児から100歳爺まで、揃いも揃って平和ボケし
ているのだ。
(諦めちゃだめだ!)
 スフィーは萎える気力を奮い起こし、シミュレーションを続行する。

 まず、国王から『これこれこういう合体魔法を使いますのでヨロシク』とい
う通達がなされるだろう。この世界でいうところのテレビやラジオでも、同じ
ような放送がなされるハズだ。
 通達には『緊急通達魔法』という、特別な魔法が使われるハズなので、国民
がこれを聞き逃すということは、まず考えられない。
 二重三重の慎重かつ確実な通達方法である。
 しかし・・・そうは問屋が卸さないのが、グエンディーナである。
 呑気で風流人で、なおかつ愛国心の薄いグエンディーナ人。
 テレビもラジオも見ない可能性は高いし、国王が直接発令したところで真面
目に耳を貸すヤツはいない。
 だいたいアホな国王(スフィーの父親)が、全国民に対する緊急通達魔法を
『飼っている犬の鼻が乾いているようだ、これは病気ではないのか?』とか、
おそろしく私的な目的で使用しているので、本当に緊急な目的で使用しても国
民が真面目に取り合うはずがない。
 ついこのあいだ、緊急通達を使って『今日のご飯はお魚でした』とか言って
たヤツが『敵が攻めてきます』とか言っても、誰も信じないのである。
 狼少年を地で行く展開だ。
 そこで――
 グエンディーナでもっとも信頼性の高いメディアを使うことになるだろう。
 それは――

 回覧版。

 泣けてくる。
 しかし、グエンディーナで一番に信頼性が高いのは、回覧版なのである。
 国民は、回覧版に書いてあればなんだって信じるのだ。
 グエンディーナで最大の関心事は、基本的に回覧版で流布される為、国民は
みんな回覧版に注目するし、信用する。
 そして、国民が感心を寄せる最大の情報といったら――

『町内ゲートボール大会、開催のお知らせ』

 馬鹿じゃなかろうか。
  
 馬鹿なのである。そして、真実だ。
 国王は、各地の隣組(グエンディーナには、今も隣組制がある)の班長に回
覧版で通達するよう依頼するだろう。
 哀しい事に、お金まで払って依頼する。
 さて――
 これで終わりかと言うと、そうではない。
 回覧版は、ロクに回らないのが宿命で、それはグエンディーナでも同じである。
 どこの世界にもずぼらなヤツはいるもので、一ヶ月ストップするヤツがいる
し。ハンコを押さないヤツもいるので、回覧版がループにはまり、三ヶ月おな
じ商店街を巡ってました・・・という事例は、珍しくもなんともない。
 ヒドイ話で――
 何故か郵送を試みるヤツもいる。
 しかも、ウッカリ宛名を間違えて、回覧が国外に出て行くのである。。

 半年後、星の反対側の異国から、
「ゲートボール大会は、どこでやっているのですか?」
 とか言って、訪ねてくるヤツがいたりするのである。

 まぁ、グエンディーナじゃ、ゲートボール大会は週一回、必ずどこかでやっ
てるので、深い問題はない。
 誰も困らない。

 とにかく――
 回覧版が、国民全員に情報を通達するのに、半年もかかる。
 しかも、困った事に・・・
 半年もかかって人づてに伝えられていると、情報にも誤りが生じだす。
 それは、尾ひれとかいうレベルを超越している。
 王城にやってきて、

「お父さんが見つかったって、本当ですか?」

 と真面目に聞いてくる子供が、月に一人はいるのである。
 やってられない。
 それでも、国民の10分の1くらいは通達を理解し、参加してくれるだろう。
 さぁ、合体魔法だ。
 がんばるぞ。
 呪文だ。
 せーーーーーーーーーーのッ!

 ――と、なったその時・・・
 国王は「領土のすべてをあけわたします」という書類に、サインしているのである。
 
 敗戦。

 スフィーの頭には、ものすごいスピードで、敗戦、侵略、略奪、強姦、民主
主義・・・というコトバが浮かんでは消えた。
 ・・・
 民主主義というのは、いいんじゃないか? と、諸氏は思うだろうが、スフィー
という女性からして、生来のファシストである。
 民主主義は困る。
 将来、自分があの国の支配者になったときに、お国が民主主義では困るのだ。

 スフィーは、冷や汗をぬぐった。
 自分の将来のためにも、けんたろの死体をどうにかしなければならない。
 そのまま埋めてしまおうとも考えた。
 だが、振れば音がしそうなおつむにも、罪悪感の三文字はあったらしい。
 犯罪はバレるものだ・・・という良識もあった。
 彼女は自身の魔力を、致死ギリギリまで消費して、けんたろの蘇生を試みる。

 結果として魔法は成功した。
 しかし・・・スフィーの肉体は、魔法の代償としてロリポップ化していた。
 肉体を元の状態にもどすには、じっくりゆっくりと魔力を溜め込まねばいけ
ない。スフィーは、偶然にも魔力の溜まりやすい骨董屋を営む、けんたろの元
に居候をすることになった・・・
 もちろん自分の体の事だけではない。
 けんたろの傍にいなければ、いまだスフィーからけんたろへ供給中の魔力が
途切れてしまい、けんたろは死んでしまうかもしれない。
 死ぬとはかぎらないのだが――
 おそらく、魔法が途切れた瞬間に、肋骨が二〜三本ボキッといって、激痛に
悶えたところへ小錦がドスンッ! という衝撃がけんたろを襲うだろう。

 普通、死ぬ。

 こうして、魔女っ娘スフィーとけんたろの奇妙な共同生活が始まった。
 と、この辺までは――小さな違いはあるが――あのゲームと同じである。
 違うのは・・・
 
 五月雨堂は現在、製鉄所なのである。

 土地の権利書を、一夜の夢と引き換えに奪い去られたけんたろは、嘆き哀し
んで、口を滑らせた。
「スフィー、俺、人間やるの疲れたよ」
 間に受けたスフィーは、けんたろを犬畜生に貶めるため冒涜的な魔術を施行。
 それは――
 けんたろが愚痴った、翌朝の出来事である。

 わんわんッ!

 主を失った五月雨堂は、またたくまに取り壊され、製鉄所へと新生した。
 そしてそれは、スフィーの肉体に恐るべき変化を引き起こしたのだッ!
 製鉄所の熱ッ! 鉄ッ! 汗ッ! 蒸気ッ! 臭いッ! 危険ッ!

 主に・・・危険ッ!

 それはッ!
 膨大な魔力へと変じて、スフィーに流れ込んだのであるッ!
 そう・・・
 製鉄所は、骨董屋よりもさらに、魔力が溜まりやすい環境だったのであるッ!
 ほとばしる魔力の総量は、グエンディーナで計測される量の約4850倍ッ!

 4850ステロイド!!!

(ステロイドは、一平方cmあたりの平均マナ量を表す単位。グエンディーナ
市役所の『なんでもヤル課』は、王都である"統京"の平均マナ量を1ステロイド
と決めているが、地方によっては微妙に異なる。
       参考資料『グエンディーナの百葉箱』長瀬源之助/主夫の友社)
  
 魔力を失い、乾いたスポンジのようだったスフィーの肉体はッ!

 夏の猛練習に挑む、中学生の野球部ように枯渇していた肉体はッ! 

 魔力をガンガンに吸い上げ、まるでパテを盛りまくったかのようなッ!

 北斗●拳のフィギュアもかくやという肉体に――


 変じてしまったのであるッッッ!

 ミキミキミキミキミキィッ!!!!

 それだけならまだよかった!
 それだけならば、まだよかったのであるッ!!!
 恐ろしいことにッ!
 図らずも、元のゲーム自体がそうであるように・・・(ほんとは違うのだが)
 どんなにスフィーの肉体が発達しても・・・
 ・・・

 顔は、そのままだったのであるッ!!


 アバンタイトル終了。
 主題歌『愉快な黄泉路をガンガン行こう』
 作詞  :MIO
 歌   :長谷部彩  


 瑞穂の細腕カツラ剥き
 ―ファントム― 


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 申し訳ないのですが、瑞穂の細腕〜は、しばらくノリの違う話が続くかも。
 一見して真面目っぽい話とか・・・混ざり出すかもです。
(そのうち、元に戻ると思うのですが・・・)
 その辺、ご容赦を。
 

http://www.interq.or.jp/black/chemical/