瑞穂の細腕割烹着 投稿者:MIO 投稿日:6月10日(土)02時17分
 2000/01/25 26:37 来栖川重工本社ビル跡地

 暗い――
 と、あたりまえの感想をもらした自分に、由宇は苦笑した。
 ここ、来栖川重工本社ビル跡地を中心に軽く3kmは、建物もなく人もいない
はずである。由宇が手にもった安物の懐中電灯がなければ、自分のつま先すら
確認できなかった。
 来栖川重工が、周囲3km四方を焦土とかえる謎の爆発事故をおこし、はや一ヶ
月が経とうとしている。
 しかし、由宇が見渡す荒野には、雑草すら生えず、虫の音すら聞こえない。

 眼鏡汚染――

 由宇の恩師、小出由美子の言葉を信じるならば・・・そういうことになる。
「・・・」
 由宇とて、最初は信じていなかった。。
 メガネッ娘が最大限に力を放出した際、ごく稀だが、メガネッ娘ではない人
間が強い不快感を感じる事がある。 
 眼鏡汚染はその拡大板で、鍛えられたメガネッ娘(例えば、由宇や委員長)
が力を発した際に、長期にわたって周囲に影響を与える現象である。
(参考文献:『眼鏡と出会えた!』小出由美子/ハヤカワさん文庫)

 来栖川重工本社ビル跡地に向った調査隊が、眼鏡を装着していた女性隊員を
除き、心身の不調を訴えた事で、この場所が眼鏡汚染であることは証明されて
いるのだが、由宇には府に落ちない部分がある。
(アホか。半径3kmを一ヶ月汚染すんのに、どんだけの眼鏡力がいるとおもてん
ねん。えーっと、ちうちうたこかいな、ちうちうたこかいな――)


 二億三千メガ


 内心、嘆息する。
(天文学的っちゅうコトバは、こーいう時に使うんやろなぁ・・・)
 彼女に調査を命じた上司は、そこをまったく理解していないようであった。
 しかし、上司の九品仏大志や塚本千紗がメガネッ娘でない以上(いや、実際
にメガネッ娘だと非常に嫌だが)理解しろという方が無理なのは、由宇も承知
のうえである。
(智子ちゃんは、どうおもてんのやろか・・・)
 由宇が、かつての兄弟弟子の顔と、デカイ胸のことを思い出したとき、ふい
に後ろから声をかけられた。
「にゃははははっ! 由宇ちゃん、なんか暗ぁ〜い☆」
 能天気な声に、由宇はこめかみを押さえる。
 あんたが明るすぎるんやないか――というツッコミを、かろうじて飲み込む。
「玲子ちゃん、あのなぁ、集合時間に2時間も遅刻やで」
「にゃははっ、ごっめ〜ん☆」
 謝ってはいるのだが、反省しているようには見えなかった。
 彼女の名は芳賀玲子、『こみパ最強三編集』のひとりだ。
 そして・・・彼女はメガネッ娘ではない。 
 高濃度の眼鏡汚染区域であるというのに、メガネッ娘でない彼女がいられる
理由は、一つしかない。

 ――コスプレ。
  
 それが、彼女の特殊能力である。
 彼女がメガネッ娘のコスプレをしている以上、彼女はメガネッ娘なのだ。
「んでさぁ〜、例のもの見つかったぁ?」
 芳賀玲子は、表情こそ笑っているが、目の奥に怜悧な感情を秘めている。
 由宇は、内心の動揺をおくびにも出さず「アカンわ」と肩をすくめて応えた。
虚勢を張るのは得意でも、ましてや好きでもないが、動揺をみせるワケにはい
かなかった。
(この状況・・・気取られるワケにはいかんわ・・・)
 この場にメガネッ娘である牧村南ではなく、芳賀玲子が派遣されたのは、由
宇にとって僥倖といえた。
 とは言え――
 自分の手札にあるこのカードが、由宇にとって利益になる可能性は薄い。
 だが、あの勘違いしたオタク野郎――九品仏大志――にだけは、見せるべき
カードではないと直感している。
(オタクゆうても、あいつはパラノイアの領域やからな・・・)
 由宇が掴んでいる事実を知れば、どういう行動にでるかわかったものではな
い。九品仏大志は生来のファシストだ・・・手段は選ばないだろうことは、容
易に想像がつく。 

 由宇は慎重に言葉を選んだ。
 相手は『こみパ最強三編集』である。針の先ほどの油断でも、命とりだ。
「制御金属球の反応すらナシや・・・これはもう――」
「え、なになに☆どーいうことぉ?」
 この女、それすら知らないのか――
「制御金属球が大庭詠美の中枢なんは、知ってんのやろ? あの女を形成する
ES細胞は、すべてアレが制御してねん。それからな、大庭詠美の肉体の全情報
はマイクロナノセカンド単位の間隔で、一年分がマメに記録されてんのや。制
御金属球こそが、大庭詠美の不死の象徴。すべての肝っちゅーわけやな。
・・・そーいう事情やから、制御金属球の反応がない、つまり破壊されてるか
もしれんっちゅーことはぁ・・・」
「大庭詠美は死んだ・・・?」
「せやな。現状では・・・そう判断するのが妥当なセンやと思うで」
 芳賀玲子は、ふ〜ん、と思慮浅げな返事で応えた。
 由宇の思惑は、一応の成功をみたようである。
(しっかし会社も会社や。自分らが落としておいて、今更――)
 大庭詠美という少女を高く買っていたのは、あの時、たぶん自分だけだった、
と由宇は思う。大庭詠美は、間違いなくダイヤの原石だった。
 それを見つけたのは自分だという自負が、由宇にはある。
 だから――
 詠美が採用試験に落ちたという報告は・・・正直信じられなかった。
 新手の冗談かと思ったくらいだ。
(悪徳商事は掃き溜めや、結局、あの大馬鹿の可能性をを理解ってやれるヤツ
はおらんかった・・・不憫な娘やで、ホンマ)

 こみパ出版が、大庭詠美に興味をもったのは、由宇の強烈な推薦を無視して、
彼女に不採用の通知を送った三ヶ月も後のことである。
 その事実を、最初は誰も信じなかった。
 だが、たしかに彼女の履歴書には、特技の欄に――

 しなないもん

 と、書いてあったのである。
 大庭詠美は馬鹿でアンポンタンなので、ホイホイ嘘を吐けるほど小賢しくは
ないハズだ。
 気になった由宇は、個人的なコネで雫商事にリサーチを依頼した。
 これが、こみパが動いたキッカケになった。
 Leaf界最高の情報収集能力をもつ雫商事のリサーチは、大庭詠美の特技が真
実であることを証明するに至る。
 大庭詠美は、本当に不老不死だった。
(以下、雫商事が由宇に提出した報告書より抜粋)

 大庭詠美という女性の不死性について――
 当社のリサーチによれば、大庭詠美は、調査開始から一週間の間に二度、通
常の人間なら即死に至る事故を経験しているが、現在もきわめて健康な状態で
活動している。
 調査員の報告によれば、傷の回復速度・・・否、再生能力は常軌を逸してお
り、最低でも、肉体の破損部位が80%を下回っていれば、完全な復元に三日を
要しないものと推測される。
 また、彼女の過去も不明瞭であり、出生に至っては調査不能である。
 参考までに提示するならば、彼女の来歴をたどった調査員は、それが500年以
上も昔まで連綿と続いており、なおも過去へと遡れる可能性があることを報告
している。
 なお、当社がつきとめた、大庭詠美に至る最古の記録と思われるものは、埼
玉の三峰神社に存在する神代文字によるものである。
 最新の訳によれば――
(以降、文献の現代語訳。"×"は文献の破損個所)

 ×××の曰く、これを討払い××て××ならんか。
 天之常立神が、これを制するに、×眉の女が××をし、これを殺した。
 太眉の女、ふみゅう、と唸りて×天××を去らん。
 

「んじゃぁさ、今日はこれでおしまいってことで、いいよね〜☆」
 ねぇねぇ、アンミラよってこー、と私語を慎まない芳賀玲子。
 彼女に気取られぬよう、由宇は表情を変えず、しかしめまぐるしく思考を加
速させた。ポケットの中の緑髪を、知らずの内に握り締める。
 それは、あまりにも不可解すぎるカード。
 エースか、ジョーカーか・・・
(なんなんや、これは、この状況は――ここでなにがあったっていうんや!?)
 なぜ?
 どうして?
 生まれては消える疑問、憶測が、由宇を混乱させていく。
 一体どうして――


 大庭詠美の痕跡から、メガネッ娘反応が出てるんや? 

 
 2000/01/26 08:14 WA-TV

 駆け出しアイドルの森川由綺は、ギョッとした。
 今までの人生で、たぶんいちばんビックリしたかもしれない。
 一瞬だけ失語症にかかってしまった。
 それくらい驚いた。
 だって――

 篠塚弥生があくびを噛殺したのである。
  
 まあ、完全なあくびではないところが、女史の底意地を感じさせるのだが、
それにしたって、”あの”篠原弥生が『あくび』である。
 由綺は、ただでさえ大きな瞳を見開いて、弥生の横顔を見詰めてしまった。
「?」
 気づいた女史は、訝しげに首を傾げる。
「どうかしましたか、由綺さん」
「あ、う、ううんッ! なんでもないです」
 まさか、もう一度やってくれ、とは言えない。
 篠塚女史は、しばらく合点が行かないという顔をしていたが、すぐにスケジュ
ールの確認を再開した。
「――それから、5時に歌番組の収録があります」
「え? それって、確か理奈ちゃんが出演る予定の・・・」
「彼女は、とある番組の生放送で、放送禁止用語を連発してしまいまして――」
 篠塚女史は、ひどく疲れた顔をした。
 まさか、由綺の尊敬する緒方理奈が、ゴールデン枠の生中継で『ち●こ』を
連発したなどとは、口が裂けても言えない。
 挙句の果てに、理奈はこれから三年は干されるだろう――などと馬鹿正直に
教えれば、由綺はあっというまに卒倒するだろう。
 彼女の体調は、篠塚女史がもっとも注意を払いたい部分でもある。
「復帰はすぐだと思いますわ」
 篠塚女史の大嘘に、しかし、由綺は顔をほころばせた。
「よかったぁ」
 天使のような笑顔に、ちくりと胸が痛む篠塚弥生である。
「それはそれとしまして――」
「うん」
 内心の小さな動揺は、2秒で消滅していた。
 あとは、いつもの冷徹な篠塚弥生がいるのみだ。
「店長五輪大武会への出場登録をお願いします・・・これは、本人でなければ
なりませんので――」
「あ、やっぱり・・・その・・・出なきゃダメ?」
「・・・はい」
「そ、そうですよね」
 由綺の表情が沈む。
 しかし、さすがのスーパーマネージャー篠塚弥生も、こればっかりはどうし
ようもない。

 店長五輪大武会

 各Leaf企業が、熾烈きわまる産業スパイ合戦に対応するため、独自に戦闘集
団を組織しているのは周知の事実である。
 戦いは凄惨を極め、決してフェアとはいえない戦いが、日常的にくりひろげ
られる日々・・・
 だがそれは、各企業にそれなりの安定をもたらしていたのも事実だった。
 しかし・・・その病的な安定は、やはり長くは続かなかった。
 おそらくは最強クラスの実力を保持していた来栖川重工の崩壊。
 それにともなう『来栖川十傑衆』の解散。
 来栖川の特A指定機密であった『あかりファイヤー』の消失。

 あの女――太田香奈子の失踪。

 ――それは、もともと危うかった均衡を、アッサリと崩してしまった。
 巻き起こった混乱は、以前の比ではないほどに人々を苦しめ、各企業に多大
なダメージを与えるに至った。
 そこで登場するのが、影の権力者とも言われていた小出由美子である。
 ――小出由美子。
 メガネッ娘であれば、その名を知らぬもはいないだろう。

 眼鏡不敗(がんきょうふはい)

 菊花宝典により、地上最強のメガネッ娘となった女・・・
 その実力は『柏木千鶴』『太田香奈子』に並び称されるほどである。
 その彼女が、すべての企業にある提案をした。
 その提案というのが、件の――
 公平な審議の元に行われる、各企業戦闘集団によるバトルロイヤル・・・

 その名も『店長五輪大武会』!

 小出由美子と立川兄妹を審判に、各企業を代表する戦闘能力者が、Leaf界の
統一を目指して激突するのである。
 もちろん、WA-TVも、この大会には参加する。
 ただ――

 篠塚女史は、俯く由綺になんと声をかけていいのかわからない。
 森川由綺・・・彼女は、WA-TVが擁する戦闘集団『白雪連合』のメンバー
である。
 だがしかし、彼女は実戦経験が皆無であった。
 必殺技さえもたない新人を、いきなり血で地を洗う闘いに狩りだそうという
のは、いくらなんでも無茶なハナシである。
 だが、WA-TVとて必死なのだ。戦力に余裕がない以上、新人だろうと前線
へ押し出すしかない。それは、大人すぎるほど大人の篠塚女史には、よくわか
っていたし・・・
「由綺さん、きっと、藤井さんも応援していると思います」
 良くも悪くも、篠塚女史は仕事人間である。由綺にいちばん効果のある言葉
を選び、もっとも効果を上げる口調で囁く。
 効率を重視した・・・だから、心からの慰めではない。
 それなのに――
「う、うん。そうだよね・・・!」
 由綺は小さな拳を握って、微笑んでくれるのだ。

 弥生さん、こんなわたしを元気づけてくれて、ありがとう。

 無邪気なその表情は、篠塚女史の胸に深々と突き刺さる。
 なんだか、生きてるのが嫌になる。
(こんなとき、当の藤井さんなら、由綺さんになんと言うのだろう・・・)
 考えかけて、やめた。
 あまりにも不毛だ。
 自分は藤井冬弥ではない、自分は自分にしか出来ない事をやり、それで由綺
をサポートするしかないのだ。
 どっと疲れる。
 どうして自分は、森川由綺と一緒にいるとこうも劣等感を感じててしまうの
だろうか・・・
(違いすぎるからか・・・)
 そうなのだろう。あまりにも、自分と由綺は違いすぎる。
 そして、あまりにも、冬弥と由綺は近すぎるのだ。
 嗚呼・・
 どーしよー・・・!

 ――とか考えてるので、最近の篠塚弥生は眠れない。 


 
 瑞穂の細腕割烹着
 ―ファントム―
 

-------------------------------------------------------------------
 あいかわらず長いッ! 犯罪的だッ!
 いや、そんな事はないと思うんですが。(笑)
 普段が短いので、長いのばっかり書いてると、悪いコトしているような気に・・・

 とりあえず、リアンが馬鹿やってるころ、他の方々は・・・
 って感じです。

http://www.interq.or.jp/black/chemical/