吾は機械に命ず「日々のデジタルを、アナログに記せよ」 投稿者:MIO 投稿日:5月21日(日)19時20分
 来栖川綾香と言ったら・・・
 
 美人で、頭が良くて、スポーツ万能で、スタイルが良くて――
 おまけに性格が良い?

 でも、いくら天才だからって、やっぱりヒトの子である。
 木の股から生まれたワケじゃない。
 天才格闘家であったにしても、れっきとした人間だし、思春期の女の子でもある。
 友人とのおしゃべりを、何よりの娯楽としていたし、気になる殿方だっていた。

 だから――

 叩けばホコリが出るし、
 絞れば水が出るし、
 単三電池を二〜三本くらい繋ごうものなら、発光だってするだろう。
  
 彼女には悪癖があった。

 人の日記を読むのである。
 父の、母の、祖父の、姉の、執事の日記を、こっそりと読むのが、彼女の隠された
日課――というよりも習性――であった。
 そんな彼女なのだから、メイドロボが一台、自分の身の回りの世話をすることに
なったと聞いたときに、「じゃあ、そのメイドロボの日記を読んでやろう」と考え
るのはごく自然な流れであった。
 
「というわけでセリオ、今日から日記を書きなさい」
「ワタシが日記を書くということは、電卓が、そろばんを使って計算をするようなもの
だと思います」
「電卓に、そろばんを弾く指なんて無いわ」
「・・・」
「・・・」
「ライターを右手に持って、左手のマッチで火をつけるようなものです」
「左手? ふうん、とっても器用なのね」
「いえ、だから」
「わかってる、冗談よ。ようするに、その人はライターのガスを減らしたくないと、
そう言いたいのよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「いえ、そういうことではなく・・・」
「よくわからないけど、とにかく日記を書くこと」
「はぁ」
「これは勅命よ」
「ちょくめい・・・」

 という会話があった。
 だから、セリオは日記を書き、綾香はセリオの部屋に忍び入るのである。
 
 セリオの部屋は、充電時に使うパソコンと、それを置くテーブルくらいしかない。
 テーブルの上には、本が二冊あった。

『人間失格』
『Diary』
 
 綾香は太宰治に目もくれず、日記を取る。
 はやる気持ちを押さえ、素早く開いてペンライトで内容を照らし――
「・・・」

『00101010110101010010100011010101101000011011011111010101010000100100
1000001010110110100011101101010100010110110111111100001011011100000101
0001011111110111010101110101010101010101010111110110110101101010101011
0010101111001011111111011110000111110000000000111100000001110000000001
11010000010011101111100101010110101・・・・・・・・・・・』


「ちょっとぉ〜! 読めるように書きなさいよね!」

 憤る綾香。
 パチリ
 灯る電灯。
 振り返る綾香。
 ドアに持たれたセリオは、後ろ手に明かりのスイッチを押さえたまま、
「ってゆうかサ・・・」
 呆れ顔で首を横に振った。


「勝手に他人の日記読むのってサ・・・どうかと思うんですよ。セリオはね?」 

「・・・」
「あのさぁ・・・黙っててもサ、困るんですよね」
「・・・」
「セリオはね、あくまでワタシ、セリオはね。人の日記読むのって・・・」
「・・・」
「どうなのかなぁ〜ッ!? いいのかなぁ〜ッ!? って、思うワケ。セリオは」

 セリオはツカツカと綾香に歩み寄って、日記を取り返すと、その日記を、ポンと
綾香の頭の上に置いた。

「で? その辺、綾香お嬢様はどう思います?」

 沈黙と、
 綾香の心音と、
 セリオの心音と、
 外から聞こえる、
 季節はずれの虫の音と、
 微細な緊張の粒子とで、
 徐々に満たされ始めた、
 セリオの部屋で、
 今夜・・・


 綾香お嬢様の悪癖が、一つ減った。 

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