「競作シリーズその弐NTTTVSその他大勢」「お題:会話文のみ」 投稿者:その他大勢 投稿日:5月18日(木)22時20分
「ワタシへ・・・」

「アナタへ・・・」

「もう何日になるだろうか?」

「或いは何週間か?」

「或いは何ヶ月?」

「或いは何年・・・否、何十年」

「それでも、今なおワタシは」

「そう、今もなおアナタは」

「あの、夏の日の出来事を」

「あの、暑い隆山での出来事を」

「思い出せないままでいる」

「思い出せない。アナタの記憶からスッポリと」

「大きな穴を残して、スッポリと」

「消え去ってしまった、アナタの隆山での」

「あの暑い夏の日の出来事」

「その記憶」

「その思い出」

「それらを、アナタは思い出せていない」

「今もなお、ワタシは思い出していない」

「日々を、虚ろな鏡の前で過ごしながら」

「鏡の中の」

「鏡に映る」

「毎日少しずつ」

「しかし、確実に」

「若さを消耗していく自分自身に、話し掛ける」

「だけれど、鏡に映ったアナタは」

「鏡に映ったワタシは」

「あの日のままの」

「若さを保った」

「鏡の中のワタシ」

「あの頃のワタシ」

「そして、ワタシにアナタは」

「ワタシはアナタに」
 
「毎日のように話しかける。なぜなら」

「鏡の中のワタシは、あの頃のワタシ。日々を謳歌した」

「喜びに満ちていたころの」

「ワタシ」

「鏡のなかから、老いてしまったアナタに」

「アナタは話し掛ける」

「そして、アナタはワタシに話し掛ける」

「二人は、過去と未来だけれど」

「連なっていないのは」

「あの、夏の日の出来事が」

「スッポリと抜け落ちて」

「過去と未来との繋がりを」

「その連続性を」

「断ち切ってしまったからだろうか?」

「いいや、違う」

「違うのか。アナタは、違うと思っているのか」

「ワタシは知っていた」

「アナタは知っている?」

「ワタシは、過去を知り、その連続性を確認している」

「ワタシは、過去を思い出し、その連続性を再び獲得している?」

「いや、アナタはまだ知らずにいる。しかし」

「思い出そうとしている」

「そう、なぜならば」

「なぜならば」

「アナタはワタシに、小さな見覚えがあるはずだった」

「アナタは鏡の中のワタシ、若き日のワタシ、あの頃のワタシ」

「しかし、それに混じりだした」

「混じりだしてしまった」

「不愉快な記憶、その因子」

「あの日、あの暑い夏の日、隆山で」

「アナタに覆い被さった、異形の影を」

「その忌まわしい面影を」

「鏡の中のワタシは」

「鏡の中のアナタは」

「知ればいい。思い出して。そうすれば」

「忘れてしまった、出来事を」

「忘れてしまった、ワタシのことを」

「アナタは似ている」

「見つけて。そうすれば、忘れる前のように、ワタシのことを」

「とても似ている」

「愛してくれるハズだから」

「嗚呼、とても似ている」

「さぁ、今こそ思い出す」

「鏡の中のワタシは似ている」

「あの」

「鬼に」

「アナタは思い出した」

「ワタシは思い出す。わたしは記憶を取り戻す」

「絶叫と深淵と、不条理な下腹の熱に、アナタは過去と未来を繋ぐ」

「ワタシは」

「アナタは」

「あの出来事のあとに、妊娠してしまう」

「妊娠してしまった」

「鏡の中のワタシは」

「鏡の中のアナタは」

「妊娠している」

「妊娠した」

「ならばどうする。アナタは」

「殺してやる」

「嗚呼」

「産まなければいい。ワタシは産まない。出産んでたまるものか」

「不可能だけれども」

「堕胎すとも、堕胎してやるとも。陰惨な、忌まわしい過去ごと」

「それは、絶対に不可能だけれども」

「肉体から排泄して、この世から消し去る事に、躊躇いはないから」

「それでも、アナタは」

「ワタシは堕胎す。こんな子供はいらない。死ねばいい」

「死ねば」

「生まれる必要などない。あの、忌まわしい冒涜的な出来事の結果なぞ」

「必要の無い、忌まわしい結果なぞ・・・と、アナタはワタシに」

「ワタシはアナタに宣言する」

「宣言した。してしまった」

「死んでしまえ。わたしの、おなかの中の子供など、死んでしまえ」

「死んでしまえ」

「死ね」

「そこで、年老いたアナタは気づく」

「鏡の中のワタシが、若い頃のワタシが」

「アナタに」

「鏡の中のワタシは、その長い爪を」

「鏡の中のアナタは、この長い爪を」

「ワタシの喉笛に、そっと近づける」

「アナタの喉笛に、そっと近づける」

「笑いながら」

「笑いながらだ」

「だけれど、ひどく哀しげに」

「そう、だけれど、涙を知らぬままに」

「そうして、ようやく・・・ワタシはすべてを理解する」

「そう、アナタは」

「そう、ワタシは」

「もう既に、生んでいたのだ」

「もう、二十年も前に」

「あの暑い日の結論を」

「ワタシは吐瀉していた」

「忘れてしまっていたけれど」

「そうするしかなかった。そうしたかった。そう望んだ」

「けれど。アナタは確かに」

「産んでいた」

「産んで、そして忘れた。でも、アナタは確かに」

「産んで・・・しまっていた。死ねばいい子供を」

「せめて、その言葉を聞かなければ、或いはワタシは」

「死ねばいい。呪われた子供め。アナタは・・・わたしの子供じゃない。あの」

「あの、暑い夏の日に出会った」

「獣の子供め。死んでしまえ。死んでしまえ。死んでしまえ」

「死ぬのは・・・アナタだ」

「ちくしょう・・・ちくしょう・・・」

「ワタシは」

「アナタは」

「どうして・・・」

「どうしてそんなにも」

「どうしてこんなにも」

「あの頃のワタシに」

「あの頃のアナタに」

「似てしまったのか」

「似てしまったのだ」

「ワタシは思い出したくなど、なかった」

「思い出したくなかった。それは何を」

「とても思い出したくなかった」

「あの、隆山での出来事を? あの暑い夏の日の出来事を? あの鬼の―――」

「馬鹿め。誤って生んでしまったオマエのことを、だ」

「嗚呼」

「穢れたワタシの赤ちゃん、思い出の日と共に、永久に死んでしまえ」

「嗚呼、どうしてこんな」

「サヨウナラ、ワタシの赤ちゃん、死んでしまえ」

「・・・サヨウナラ、ワタシのお母さん、死んでしまえ、もう一人の」

「アナタ」

「そして・・・ワタシ達」


 

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