坂下の泉  投稿者:MIO


「ぎゃぁっ!?」

 全然、まったく、女の人らしくない悲鳴を上げて―――
 
 ドパーーーン!!
 

 坂下先輩が池に落ちます。
 抹茶の腐ったような色をした、小さな池は、あっという間に坂下先輩を飲み
こんでしまいました。
 後に残ったのは、ネバネバした池の水を泡立たせる気泡だけ・・・

「ふゥ・・・まさか落ちるとは思わなかったぜ」

 渋い顔をしてそう言ったのは、藤田先輩です。

「先輩が脅かすから・・・」
「いや、まさかあそこでバランスを崩すなんてなぁ」
 先輩は、アッハッハ! と大声で笑います。
「俺、チョンとつついただけなんだぜ? なのに、あの坂下がさぁ・・・」
 私も、思わず苦笑しました。
 本当、まさかあそこでバランスを崩すなんて・・・
「さて、坂下のヤツ、怒り狂って飛び出してくるだろーな」
「もう、先輩ったら・・・」

 5分経過・・・

 
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「葵ちゃん」
「はい?」
「浮かんでこないな」
「浮かんでこないですね」
「浮かんでこねぇなぁ・・・忌々しい事に」

 藤田先輩は渋面で、小石を一つ、池の中に蹴り入れます。
 ぽちゃ・・・
 と、その時!

 カッ!

「おわっ! なんだっ!?」
 池の中央が金色に光ったんです!
 そして―――

『お前が落としたのは―――』

 光の中から現れたのは、とても綺麗な女性!
 池から現れた謎の女性は、厳かな声で言います!

『お前が落としたのは、この<女の坂下>か? それとも―――』

 右手には、ずぶ濡れで気を失っている坂下先輩が!
 ぐったりとしてます! 早く助けないと! 

『それとも、この<、男の坂下>か?』

(あ、あれれっ!?)
 左手にも、ずぶ濡れで気を失っている坂下先輩が!?

 ふ、二人に増えてる・・・
 あ―――そうかっ!

「せ、先輩! これって、あの斧のおとぎ話しじゃ・・・」
 先輩は、ああ、と頷きました。
「・・・だとすると、やっかいだぞ!」
「は、はい! 間違うと坂下先輩は帰ってきません!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」


「それはそれで、いいことだよな」


「全然いいことじゃないですっ!」
「でもなぁ・・・」
「こ、こここ、この際、個人の感情は押さえてください!」
「そうかぁ? 葵ちゃんがそう言うんなら・・・しゃーないか」
(ほっ・・・)

「・・・本当にダメ?」

「ダメです!」
「つまらなぁい」
 藤田先輩は、面倒くさそうに頭をボリボリ掻くと、思い出したように言いま
した。
「あ〜っと、どっちだろ?」
「ぅえ?」
「だからさ・・・どっちが本物かな?」
「そ、そりゃあ・・・」

 右が女性の坂下先輩で、左が男性の坂下先輩だから・・・
 ええっと、本物の坂下先輩は・・・
 あれ?
 本物の坂下先輩の性別―――なんだっけっ!?

「ご、ごめんなさいっ!!!」
「葵ちゃん?」
「く、くやしいけど・・・私にはわかりません!」

 未熟な私には、どちらの坂下先輩も、本物のように思えます!
 たぶん!
 たぶん、右の『女の坂下先輩』が正解のはずなんですが・・・
 どうも、『男の坂下先輩』というのがひっかかるんです!
 どうしても、『女の坂下先輩』というのが、正解だとは思えない!!!
 嗚呼、でも―――
(坂下先輩は女のはずなのに!) 

 見た事あるのに!
 見た事あるのにな!

「どうしよう・・・」
 わたしが絶望しきって呟いたとき、先輩がスッと前に出ました。
 表情には、余裕すら漂わせています!
(藤田先輩!?)

「わかったぜ!」
「本当ですか、藤田先輩!?」
 あの難問を!?
「ふふんっ! さぁ―――選んでやるぞ、待っていろ坂下!」
 先輩の自信に満ち溢れた声に、女性が再び二人の坂下先輩を掲げて、厳かに
言いました。

『どっちがお前の落とした坂下だ?』

 やはり困難な質問!
 私には選べない! でも藤田先輩は!?
「俺が落としたのは―――」
 先輩!
「男でも! ましてや女でもなぁい!」 
 え?


「俺が落としたのは、どちらでもない坂下だぁっ!!!!!」


「・・・」
「・・・」
『・・・』
「・・・」
「・・・」
『・・・』
「せ、先輩、いくらなんでもそれは・・・・」


『正解』


「うぞ!?」

「やっぱりなぁ・・・」
『正直ものには、本物の坂下を返してやろう・・・』
 女性は、新しい坂下先輩を池から取り出しました。
 『どちらでもない坂下先輩』は、やはり他の坂下先輩とは区別がつきません!!
 やがて、坂下先輩は息を吹き返し、苦しそうに唸りました。

「う、うぅん・・・わたしは一体?」

(や、やっぱり本物だーーーーーーーーっ!?)


『さらに・・・正直者のお前には、両方の坂下を―――』


「あ、それはいらないっス」


『では松原葵、貴女にこの坂下―――』



「あ、私もいらいないっス」


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