病室に、ふわり・・・と春の風が吹いた。 窓から射し込む暖かな陽射しに、老人は遠い過去を思う。 「・・・」 春は、出会いと始まりの季節だ。 いや、別れの季節でもあるのか。 両方だ、両方が同時に存在するから・・・だから春は、こんなにもすばらしいのだ。 おう、けだし名言じゃないか。 老人は、勝手に一人で満足して、ウンウンと頷く。 手元には、枯れ枝のようになった彼の腕には、いささか大きくも見えるアルバムが、 一冊・・・ 好々爺のごとき笑みを浮かべた老人は、アルバムをそっと開く・・・ そのとき、病室のドアをノックする者があった。 老人の返事を待たず、ドアは開けられる。 「おじいさん、検温の時間ですよ〜」 咄嗟には、誰だかわからなかった。 「あ、いや・・・」 そうだ。 最近、自分の担当になった若い看護婦だ。 「具合の方はどうですか? もぉ、痛くありません?」 「ああ、おかげさまでね・・・」 「あら・・・これは?」 看護婦は、老人の手にしていたアルバムに目を留める。 老人は、いくらか得意げに、アルバムを開いてみせた。 「高校時代の、わしのアルバムじゃよ」 「へぇ、おじいさん、格好良かったんですね」 「はははっ、冗談なしでモテモテじゃったぞ。なにしろ、爽やかスポォツ・メンじゃ ったからのう」 「そぉなんだ・・・。あ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」 看護婦の言葉に、老人はますます顔をほころばせる。 「見ても言いが、惚れちゃいかんぞ」 「アハハ、おじいちゃんッたら」 笑ってアルバムのページをめくる看護婦。 (へぇ、バスケットやってたんだ・・・、ホントにカッコイイかも・・・) アルバムの中の老人は、本当に爽やかな好青年のようである。 なかなかに格好良かったが・・・途中から、雰囲気が変わる。 今までメインだったバスケットの写真が、急に減って・・・ 「・・・お、おじいちゃん、これは・・・?」 ―――神岸さんのため、トラと格闘する俺(16歳) ―――神岸さんのため、一人、マフィアに戦いを挑む俺(16歳) ―――神岸さんのため、深海1000メートル素潜りに挑戦する俺(16歳) ―――神岸さんのため、ウニを、割らずに食べる俺(16歳) ―――神岸さんのため、綱無しバンジージャンプに挑戦する俺(16歳) ―――神岸さんのため、とは言え、やっぱり怖くて逃げようとする俺(16歳) ―――神岸さんのため、神岸さんは容赦無く俺を蹴落とし、泣きながら落ちる俺(16歳) ―――神岸さんのため、なんとか生き延びた俺(16歳) ―――神岸さんのため、イス○ンダルへ旅立つ俺(16歳) ―――神岸さんのため、宇宙へ旅立った俺だが、一人ぼっちの誕生日に男泣きする俺(17歳) ―――神岸さんのため、藤田に戦いを挑む俺(20歳) ―――神岸さんのため、敗北を知る男になる俺(20歳) ―――神岸さんのため・・・・・・ アルバムは、『神岸さんのため〜』というタイトルの写真で溢れていた。 「すごかろう!」 老人・・・矢島は、大威張りだ。 「すごいというか・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 思わず言葉を失う看護婦・・・ が、いつまでもそうしてはいられない。 とりあえず、気になっていたことを聞いてみる。 「あの・・・この、『神岸さん』って方は一体・・・」 看護婦は、言ってから、ハタと気づいた。 (あっ、矢島おじいちゃんの奥さんって、もしかして・・・) 看護婦の邪推をよそに、老人はウンウンと頷き・・・ 会心の笑みを浮かべて、、ハキハキとこう言ったのだ! 「今でも他人じゃよ!」 そりゃそうだ。 ==================================== うぉっ! みんなが矢島をいじめている!? あれは俺ンだ! ってのは、当然、冗談です! みなさん・・・ ガンガンやっちゃってください! 遠慮は無用かと思われます!!! (本音) 矢島がかわいそうだと思った人・・・ 貴方が正しいです。 救ってやってください・・・貴方の御手で。 俺にゃ、もう、無理だ・・・