俺は、長瀬祐介じゃない。 俺は、藤田浩之でも、柏木耕一でもない。 藤井冬弥でもない。 なんというか、このSSにしか登場できない男だ。 現在19才、近くの大学に通っている。 名前を、場糸太郎という。 実におざなりだ。 俺は今、近所の『ホコホコ弁当』でバイトをしている。 金に困っているわけじゃないが、金は多いにこしたことはない。 つまらない仕事だ・・・いや、つまらない仕事だと思っていた。 最近、メイドロボが、弁当を買いにやってくる。 彼女の名はマルチ・・・ どうも、彼女が働いている家(藤田って家らしい)のキッチンが、壊滅的打撃を受けたそうである。 何故かは、なんとなく聞けなかった。 とにかく、彼女は、毎日弁当を買いに来た。 被害のほどは知らないが、キッチンの修復に、そんなに時間がかかるとは思えない。 彼女とも、もう少しでお別れか・・・・ マルチちゃん・・・ とても健気で、一生懸命なメイドロボだ。 ここだけの話、俺は彼女に好意を持っていた。 変態と思われるので、誰にも話してはいないが、アレだ、男女間の好意で、ホレ・・・わかるだろ? でも、なんだ、その、彼女には、どうも・・・他に好きな男がいるらしく・・・ 浩之とかいう、学生らしく・・・ なんというか、闘わずして負けてしまったわけだ。 トホホ・・・ とか何とか考えていると、噂をすればなんとやら、マルチちゃんがやって来た。 「こんにちわ、マルチちゃん。 今日も高菜弁当かい?」 「・・・」 「あれ? どうしたの?」 彼女の様子がおかしい。 うつむいて・・・なんだか、暗い顔をしている。 何があったんだ? 俺が戸惑っていると、彼女はようやく顔を上げた、そして・・・・ 「あ、あの・・・お弁当なんですけど・・・」 「う、うん」 今にも泣きそうな瞳。 彼女の悲痛な表情に、俺は、胸が張り裂けそうになる。 彼女は、小さなこぶしをきゅっと握り、大きな声で言った。 「た、高菜弁当を、高菜抜きでください!」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・わ、わかった・・・・」 結局、最後の最後まで、彼女に何があったのか分からなかった。 ただ、俺はその時――― 彼女をさらって、遠くに行きたい・・・という、強い衝動を覚えた。 さようなら、俺の淡い恋。