漁師 投稿者: MIO
 毎年、大寒の時季になると、町角で『雛山漁』が見かけられるようになる。
 これは、雛山家に代々伝わる伝統的な漁法で、紐につないだ弟(良太と呼ばれる)を、
「ハイサー、ヨイヨイ」
 という、威勢のいい掛け声とともに、高い場所から通行人に投げつける、実に勇壮な漁である。
 良太をぶつけられた通行人は、大抵の場合昏倒する。
 そこへ、漁師である雛山理緒が降りてきて、昏倒した通行人から、金品をくすねるのである。

「なぁ理緒ちゃん」
「ハイサー、ヨイヨイ!」
 びゅーん・・・・・
 ごちーんっ!
「さ、今よ、藤田くん!」
 理緒ちゃんは、『ドラッグストア亀井』の二階からすばやく降りると、昏倒しているサラリーマンに駆け寄った。
 財布を抜き取ると、すばやく中身を確認する。
「なんだ、カードばっかりだ・・・がっかり」
「あのさぁ、理緒ちゃん・・・」
「? ・・・どうかした?」
 理緒ちゃんは、サラリーマンの腕時計を懐に仕舞いながら、やっとこちらに振り向いた。
「やっぱ、これって犯罪だろ?」
「・・・まさか! そんなワケないじゃない」
 理緒ちゃんは、へらっと笑って否定した。
「いや・・・犯罪だと思うけど」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「だって、大寒なのよ! 通行人を襲わなきゃ、寒さをしのげないわ! 家には巻きを買うお金もないのよ!」
 理緒ちゃんは泣きながら激昂した。
 う〜ん、あいかわらず貧乏なのな。
「でもさ、犯罪だぜ」
「私には、法律よりも、生き延びることが大切! そうでしょ良太!」
「・・・」
 良太は、ぐったりしていて動かない。
 一時間前から、こんな感じだ。
 生きてるだろうか・・・
「そんなに困ってるなら、ウチに来いよ。部屋とか余ってるし、冬の間だけなら・・・・」
 全部言い終わらないうちに、理緒ちゃんの顔がパッと輝いた。
「それホントッ!」
「あ、あぁ・・・」
「ヤッター!」
 理緒ちゃんは、ぐったりした良太をガクガク揺すって喜んだ。
 
 次の日・・・
「いやぁ、お世話になります、藤田さん」
 雛山一家がウチに引っ越してきた。
「あたたかいっ! フツーのおうちは、こんなにも風を防ぐのね!」
「風呂じゃ、風呂があるぞ!」
「壁がこんなに厚いよ!」
「テレビだっ!」
「電気じゃ!」
「おおっ・・・冷蔵庫を見るのは、何年ぶりだろう」
 すさまじい家族だな・・・・

「藤田君、家族に変わって、お礼を言うわ・・・本当にありがとう!」
「理緒ちゃん・・・」

 こいつら・・・居着くんじゃねぇだろうな。



 季節の風物詩ともいえる『雛山漁』だが、近年は、後継者不足のためか、あまり見ることがない。
 このような、古き良き日本文化が年々減っていくのは、ひじょうに悲しいことである・・・


「俺は、いいことだと思うけどな」