あかちゃんと俺様 投稿者:MIO
 自分で言うのもなんだが、俺はデスクワークをまじめにこなす。
 夜中は狩猟者としてやりたい放題だが、昼間は普通にやっている
 それに
 資料を引っ張り出したり、書類を作成したり・・・、意外に得意だ。
 そんなこと、別にどうでもいいがな。
 とにかく、その日も俺はデスクワークに没頭していた。

「柳川君」
 長瀬に呼ばれた。
「なんです―――」
 言いかけて止める。
 もっと、今の状況にふさわしい疑問が湧いてきたからだ。
「隠し子ですか?」
 俺は、長瀬の背中に背負われた赤ん坊を、指差して言った。
 長瀬は、一瞬キョトンとしたが、次の瞬間
「ははははははははははははっ」
 と、盛大に笑った。そして、さんざん笑った後、
「馬鹿か君は」
 と、真顔で言った。
 冗談なのに。

「知り合いの都合で、今日一日預かることになったんだよ」
 別に聞いてない。
「いやあ、大変だ」
 当たり前だ。
 職場に連れてくる方が、どうかしている。
「託児所かどこかに預ければ良かったんですよ」
「そりゃそうだが君―――」
 長瀬はしばらく逡巡した末、責任があるがな、と言った。
 責任があるなら、余計預けるべきだろうに。
「だいいち、そこまで頭が回らなかった」
 それが本音か。
「夜泣きするわオネショするわ、夜に泣きだすわ・・・・大変」
「同じ事、二度言ってますよ」
「うんうん、そのとおり・・・・え?」
 あんまり人の話を聞いてないようだ。
 俺は、いい加減煩わしくなって、長瀬に背を向けて仕事を続けた。
「・・・・」
「・・・・」
 長瀬は、俺から離れようとしない。
「まだ、何か?」
 長瀬は、うんうん、と嬉しそうに頷いた。
「可愛いだろ、この子」
 のろけているのか?
 ・・・・・・・・
 赤剥けの猿にしか見えないな。
 しかし、お世辞も大事だ。
「可愛いですね」
「だろ?」
「はあ」
「なら、預かってくれるよね?」
「・・・・」
「・・・・」
「え?」
 俺は、理解できなかった。
「俺、用事、ある。赤ん坊、君、預かる、大丈夫」
 原始人のような喋り方で、長瀬が俺に赤ん坊を託した。
 成り行きで赤ん坊を抱えてしまったが・・・・
 大丈夫なわけがない。
 ここは、きっぱり断るべきだ。
「はっきり言って、迷惑ですよ」
「何?張り切って、面倒見ます?そりゃ助かるなー!ありがとう」
 やはり人の話を聞いていない。
 俺は、長瀬に赤ん坊を返そうと・・・

「あばあ」
 
「うわっ!」
 ワイシャツが、よだれでベトベトになった。
 ひどい。
「気に入られたな」
「俺は気に入りません!」
「よかったなあ、柳川君、君、モテモテだ」
 ぜんぜん良くない。
「とにかく俺は―――」
「おっと、時間だ!」
「え?」
「後を頼む!」
 そういうと、長瀬は走り去った・・・・
 当然、俺は後を追おうとしたが、

「だあ」

「ああっ!報告書が!?」

「ばあ」

「ああっ!警察手帳を破るな」

「びえーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「泣くなっ!」
 ぶち殺すぞ!
 俺が、つい理性を忘れそうになると、
「柳川さん恐ーい・・・」
「うんうん、最近恐いよねー」
 通りすがりの婦警が、ヒソヒソと陰口を叩く。
 ぐうぅぅぅっ!
 我慢だ!我慢のときだ!
 いくらなんでも、この場で暴れるのはよろしくない!
 堪えるときは堪える!それが真の狩猟者への道だ!
 俺は無理矢理に笑顔を作ると、泣き喚く赤ん坊の首根っこを掴んでトイレへ向かった。

「こういうのはあれだ!セオリー通りなら、小便だろ!そうなんだろ!」
 俺は怒鳴ったが。

「あぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 聞いても解るはずが無い。
 落ち着け俺!
「俺は柳川、立派な狩猟者だ。立派な狩猟者は、この程度では怒りません・・・・」
 よし!落ち着いた!
 俺は、赤ん坊のおしめをチェックする。
「濡れてない」
 なのに・・・

 「おぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた・・・
 俺は狩猟者だ。獲物の子供の面倒を、何故見なきゃいかん・・・
 そこへ、・・・先輩の刑事が現れた。
「おや?柳川くんの子供?」
「違う!」
「ひゃあ、柳川くん恐ーい」
 ううっ・・・
 が、我慢だ!
「た、確か先輩には子供がいましたよね?俺はこういう事に不慣れだから、代わりに・・・」
「いいよ」
「本当ですか!?」
 よし、お前は獲物リストから抜いてやろう!
「そ〜れ」
「わあっ!」
 俺は、慌てて赤ん坊を取りかえした。
「何?どうしたの柳川君」
「足を掴んで持ち上げるやつがあるかっ!」
「ウチは、こうやって子育てしたんだけど・・・」
「本当ですか!?」
「本当だよ。今は立派なアーティストさ」
 アーティスト・・・・
「ガモ白川って知らない?ペンキ風呂に入って、紙の上で踊るんだけど・・・」
「もういいですっ!」
 この署には、まともなやつはいないのか!?
 まともなのは俺ぐらい・・・
 いや、俺が一番まともじゃないのか。
 ・・・・・・
 ま、まあいい!
「小便でもないならアレか!?腹か!?ハラヘリンコかっ!?」
 人間の赤ん坊は・・・やはりお乳か?
 まさか生肉は食べないだろうから・・・・
 俺はトイレから飛び出すと、歩いていた婦警を捕まえた。
「君!」
「あ、柳川さん」
「お乳をくれ」
「・・・・」
「・・・・」
 婦警は、何故かニヤリと笑うと―――

「柳川さんに、セクハラされちゃったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 キンキンとした声で、叫ぶ、叫ぶ。
 俺は慌てた。
「なにーーーーーーーっ!?誤解っ!誤解だっ!」
 必死で誤解だと叫んだが、後の祭りだった。
 あっというまに、野次馬に囲まれる。

「いーなー。柳川さんにセクハラなんて・・・」
「ネェ、ネェ!何されたの?ネエ!」
 なんでそんなに嬉しそうなんだ!?
「いやあ、君も僕らと同類だったとはねえ」
 何が同類だ!
 一緒にするなーっ!
「俺は何もしてない!」
「皆そう言うんだよ」
 刑事が言うんだから、説得力がある。
「俺は本当にしてないんです!」
「またまた、刑事が嘘吐くなんて良くないなあ」
「そういうアンタはセクハラやってるんだろーが!」
「おおう、柳川くん恐ーい」
 お・の・れぇーーーっ!
 全員ここで、ぶち殺してやる!!
 俺は我を忘れ、凶悪な殺気を放った。
 周りにいた連中は、俺の強力な威圧感に、本能的な恐怖を―――

「そういえば、柳川君。赤ん坊は?」 

 ―――ぜんぜん怖がってないじゃないか!
 やっぱり、この署には変人ばかり・・・・
 赤ん坊?
「あ!」
 しまった!
 俺は、慌ててトイレに戻った!
「いない!?」
 待て!落ち着け!
「私、柳川は、立派な鬼です。立派な鬼は落ち着きます・・・・」
 よし!落ち着いた!
 簡単じゃないか!あんな乳臭い生き物、鬼の嗅覚を使えば・・・
「はっ!?」
 くっくっく・・・
 俺は思わず苦笑した。
 馬鹿だな、一ボケかますところだった。
 ここは―――
「トイレじゃないか!」

 こんな所で鬼の嗅覚を使うわけにはいかん。
 どうやらトイレにはいないようだから、トイレの外で鼻を利かせればいいじゃないか!
 ふっ・・・
 俺はトイレの外に出ると、赤ん坊の居場所を探すため、鬼の嗅覚を全開にした!!
 さあっ!

「―――ああ、柳川君。君も『くさや』食べる?」

「ぐっはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
 俺は、鼻を押さえて、のた打ち回った。
「ねえ、食べる?」
 同僚の刑事は『くさや』を手に、寄ってくる。
「よ、寄るな!」
「くさや嫌い?美味しいのに」
 同僚の刑事は、泣きそうな顔をして近寄ってくる。
「寄らないでーーーーっ!」
 その時、涙目で懇願している俺の袖を引っ張るものがあった。

「あばあ」

 おおっ!
「こんな所にいたのか!」
 お前のおかげで、俺は散々だ!食うぞコノヤロー!
「柳川さん、猪木のマネ上手いわね」
 後ろに立っていたのは、顔見知りの婦警だ。
 美人だから、獲物リストの上のほうである。
「君は・・・」
「私が赤ちゃんの面倒みてたの。だめよ柳川さん、育児は責任持たなきゃ」
 俺の子供じゃない!
 だが、否定する気力も無い。
 俺がぐったりしていると・・・

「そーだ。柳川さん、フルーツ食べる?」
「フルーツ?俺は肉が好きなんだ」
「まあまあ、そう言わないで。美味しいわよ、この―――」
 婦警は、皿を俺の目の前に差し出して、にっこり笑った。

「―――ドリアン」 

「ぶぅわあぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
 俺は昏倒した。
 視界が暗転した・・・

「う・・・・」
 どれくらい寝ていたのだろうか。
 目が覚めると、俺はソファの上に寝かされていた。
 かなり適当な扱いである。
 横を見ると、見慣れた馬面・・・

「よお、気が付いたか!」
 この男は、意味も無く、いつも嬉しそうだ。
「長瀬さん・・・」
「いやあ、赤ん坊の面倒見てくれて、ありがとう」
「赤ん坊は・・・」
「今はオネンネ」
 ・・・・・
「もう、赤ん坊はこりごりです」
「アニメのような、オチをつけるなよ」
 他にどう言えばいいんだ。

「そう言えば・・・・、用事って何だったんですか?」
「うん、署長と将棋さしてた」
「・・・・・」
「心配しなくても、ちゃあんと負けてやったよ。いやあ、俺、上司思いだよね」

 将棋・・・・・
 俺は、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた・・・
 俺の周りは、なんでこう!なんでこう!なんでこう!
「狩ぁーーーーーーーーーーーーーーーる!」
「柳川君、恐ーい!」
「知るか!」
「子供が、起きるじゃないか」
「うっ!」
 ・・・・・それは、嫌だ。

「じゃ、明日もお願いね」
「とりあえず、お前だけは狩ぁーーーーーる!」

「おぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「ああ・・・ちくしょう・・・」
 俺は、ガックリうなだれた。
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 楽しい職場だ! 
 実に理想的だ!