ヒヒよさらば〜フォーエバー・ヒヒ〜 投稿者: MIO
 放課後、瑠璃子さんに会いたくなった僕は、フラフラと屋上へ向かった。
 程なくして、ぼんやりと空を見上げる瑠璃子さんを・・・・
「あれ?」
 違和感。
 いつもの瑠璃子さんとは違う。
 瑠璃子さんの細くてさらさらした髪の毛は、どういうわけか泥色で、ボサボサした毛皮のようだったし、心なしか、
頭がデカイ。
 例えるなら―――

 頭に猿が乗っているかのような・・・・

 僕が困惑していると、後ろから肩を叩かれた。
「祐くん、何してるの?」
「あ、沙織ちゃん・・・」
 僕は、沙織ちゃんに事情を話すことにした。
「ふうん。そうだねー、たしかに変だよね」
「うん、何なんだろ、アレ」
 僕がそう言うと、沙織ちゃんは、よし!と大きな声を上げた。
「私、見てくる!」
「え?」
 僕が止めるより早く、沙織ちゃんは駆け出した。

 テテテと走っていった沙織ちゃんは、瑠璃子さんに回り込むと・・・
 そのまま、青い顔をして戻ってきた。
「よ、よ、よ・・・・」
「妖怪オバリヨン!!」
 沙織ちゃんは、深く深呼吸してから、もう一度―――オバリヨン、と言った。
 オバリヨンとは、おんぶお化けの総称である。
「なるほど、あれは妖怪オバ―――」

「違います」

「うわっ!?」
 現れたのは、瑞穂ちゃんだ。
 瑞穂ちゃんは、眼鏡をキラリと光らせると、もったいつけるように言った。
「あれは―――」 
 言いながら指を差す。同時に、瑠璃子さんもゆっくり振り向いた。

「―――あれは、ヒヒです!!」
「こんにちわ、長瀬ちゃん」

「あ、瑠璃子さん、こんにちわ」
 ・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
「あれは、ヒヒです!」
「ええっ!ヒヒだって!」
 僕はものすごく驚いた。沙織ちゃんは大きな胸をなで下ろした。瑞穂ちゃんは何故か憮然としている。
 瑠璃子さんは・・・・・
 いつもどおりだ。

「ネェネェ祐くん!あのヒヒ、動物園から逃げ出したのかな!?」
「祐介さん、ヒヒは狂暴な猿です!百獣の王ライオンも、ヒヒを恐れると言います!」
「こんにちわ、長瀬ちゃん」

 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
「こんにちわ、瑠璃子さん」
 沙織ちゃんと瑞穂ちゃんが、そろって仏頂面になった。
「ああ、動物園かもね。へえ、狂暴なんだ」
 沙織ちゃんと瑞穂ちゃんは、ますます不機嫌そうだ。
 ・・・・・・・・・・・・
 んなことより。

「瑠璃子さん、頭にヒヒが乗ってるよ・・・・」
「・・・・・・」
 にこっ
「あ、いや!ファッションとかなら別に良いんだ!良く似合ってるよ!!その頭のヒヒ!!」
「長瀬ちゃん、私の頭に、ヒヒが乗っているの?」
「・・・・うん」
 単に反応が遅かっただけらしい。
「どうして・・・・だろうね?」
 僕に聞かれても困る。
「取ったほうがいいよ、るりるり!!絶対取ったほうがいい!」
 沙織ちゃんの言葉に、瑠璃子さんは、うん、と頷いた。
「じゃ、取るね・・・・」

 瑠璃子さんは、ヒヒを無造作に掴むと、そののまま引っぺがして、ポイと投げ捨てた。

 ヒヒは、ギィギィと下品な声で唸った。
 さて・・・・
「祐くん、このヒヒ、どうしようか?」
 沙織ちゃんの言うことももっともだ。
「僕もそれを考えてたんだ。やっぱり保健所に連絡して・・・・・」
 その時!
「やめて!」
 瑞穂ちゃん!
 瑞穂ちゃんは、ヒヒの前に立つと、涙目で両手を広げた。
 まるで、ヒヒをかばっているかのようだ。
「いったいどうしたんだ瑞穂ちゃん!そのヒヒは、狂暴だから保健所に処分・・・・」
「ダメッ!保健所はダメ!」
「どうして!?」
「このヒヒは・・・・、このヒヒは―――」

「このヒヒは、香奈子ちゃんなの!!」

「「はぁ?」」
 僕と沙織ちゃんが、声を合わせてそう言った。
「だから、だから保健所だけは・・・」
 瑞穂ちゃん、気でも違ったか?
 その時、あれほど吠えていたヒヒが静かになって、瑞穂ちゃんの前に進み出た。
「だめよ香奈子ちゃん!」
「もういいわ。もういいのよ、瑞穂・・・・」
 ヒヒが喋った!?
「香奈子ちゃん・・・・・」
 ヒヒは、妙に理知的な表情で僕の前に進み出ると、右手を背中に当てた。
 幽かな音がした。

 チィーーーーーーーーーーーーーーーッ

 ファスナーを開ける音に似ている。
 !?
「ファスナー!?まさかっ!!」
 僕と沙織ちゃんが呆然とする中、ヒヒの毛皮はしおしおと崩れ落ち・・・・・
「よっこらしょ」
 太田さんが出てきた。
「そう!私がヒヒの正体よ!!」
 うそーん

「中は蒸れるわっ!」  

 太田さんが高らかに宣言し、瑠璃子さんはにっこり微笑んだ。
 瑞穂ちゃんは泣き崩れている。
 僕と沙織ちゃんは、これ以上無いというほど混乱した。
 瑠璃子さんが微笑みながら言った。

「サンバ」
 
 意味がよく分からなかった。いや、多分意味はない。
 とにかく―――
 その日の僕の記憶は、そこで途切れている。