真夏の世の夢 投稿者: MIO
 朝ご飯を食べる千鶴お姉ちゃんの顔色の悪さに、私は心配になった。
「千鶴お姉ちゃん、どこか気分でも悪いの?」
 私の言葉に、梓お姉ちゃんや、耕一お兄ちゃんも頷いた。
「千鶴さん、なんか悩みがあるなら・・・」
「あ、いえ、そうじゃなくって・・・」
 お兄ちゃんの心配そうな声を遮って、千鶴お姉ちゃんは首を横に振る。
 そして、続けてこう言った。

「気味の悪い夢を見るんです」

「夢?」
「ええ、内容は、朝になると忘れてるんですが・・・、でも、とても気味の悪い夢です」
 深刻そうに言う千鶴お姉ちゃんに、梓お姉ちゃんはカラカラと笑った。
「千鶴姉はやっぱり疲れてるんだよ」
「やっぱりそうかしら・・・」
「そうそう、今日はぐっすり眠るんだね」
 千鶴お姉ちゃんは、力なく微笑んだ。
「心配だね、楓お姉ちゃん」
「うん、心配だね」

 ちりいん・・・・
 
「風鈴か・・・」
 真夜中、尿意を催した俺は、みんなを起こさないようにトイレへ行った。
 真夜中の柏木家は、純和風だけあって、ひどく不気味だ。

 ちりいん・・・・

 しかし、こちとら鬼である、ビビる理由はない。
「ふぅ、スッキリ」
 俺は用を済ませて、部屋に戻ろうと・・・
「?」
 俺の聴覚は、呻き声のようなものを察知した。
 女の呻き声・・・・、別に恐くはない、知り合いの呻き声だ。
 千鶴さん。
 最近恐い夢を見ていると言ってたよな・・・
 しかし、夢とはいえ、ここまでうなされていると心配になってくる。
 それに、柏木家の人間が見る夢ってのは、いろんな、意味があったりするからな。
「起こしにいったほうがいいかな。どちらにしろ、何か心配だ」
 俺は、千鶴さんの部屋に向かう。

 ちりいん・・・

 苦しそうな声に混じって、風鈴の音色が耳を抜ける。
 ううん、ううん、という苦しそうな声が大きくなり、俺は少し恐くなってきた。
「ち、千鶴さん?耕一だけど」
 我ながら、情けないほどの弱々しい声。
 すっかり腰が引けている俺は、ビクつきながら、ドアに手を掛けた。
「千鶴さ・・・・」
 絶句。

 ちりいん・・・・

 そこにいたもは、俺の想像力を、はるかに凌駕していた。
 千鶴さんの胸の上に、座っている、あれは・・・・

 楓ちゃん!?

 そうだ、楓ちゃんだ!あのおかっぱ頭、間違いない!
 千鶴さんの胸の上に、寝間着姿でキチンと正座しているのは楓ちゃんだった。
 そして、その手に持っているのは・・・

 ちりいん・・・・

 風鈴!
 俺はなんだかわからなくなって、ひどく恐ろしくなって、自分の部屋へ逃げ出した。
 音を立てないように廊下を早足で歩き、後ろを振り向かずに歩きつづけた。
 廊下を歩きながら考えた、何で楓ちゃんなのか、なんで風鈴を鳴らしていたのか、何が目的なのか。
 わからない。
 強い目眩に似た感覚を覚えながら、俺は部屋へ向かった。
 とりあえず、自分の部屋へ戻れば大丈夫だ。そういう無意識の思考があった。
 そして、俺はふすまを開き・・・

 ちりいん・・・・・

「か、か、か、楓ちゃ・・・・」
 俺の布団の上に正座していた楓ちゃんは、俺の声にゆっくりと振り向き

「見たな」
 
 とだけ言った。
 風鈴が鳴り響き。
 俺は、再度強い目眩に襲われて、気を失った。



「おはよう・・・」
 千鶴お姉ちゃんは、昨日にも増して不健康そうな顔をして現れた。
 私はとても心配で、耕一お兄ちゃんの方を見た。
 今日の耕一お兄ちゃんは妙に早起きだった。
「耕一お兄ちゃん、千鶴お姉ちゃんが・・・」
「大丈夫!」
 お兄ちゃんは明朗快活にそう言った。
「疲れて悪夢にうなされるってことは、よくあることさ。そんなことより、僕は初音ちゃんのおいしい朝ご飯が食べたい
な!」
 ニコニコと笑いながら、国語の教科書みたいなことを言うお兄ちゃん。
 おかしい、何かヘン。
「やあ、今日は納豆かい?僕は納豆が大好きなのさ!」
「な、納豆は昨日も出したよ」
「おや、こいつはうっかりだ!あははははははは!」
 耕一お兄ちゃん・・・
 よく見ると、顔は笑顔なのに、まるで死んだマンボウのような、ひどく虚ろな目をしている。
「梓お姉ちゃ・・・・」
「耕一は、本当にうっかりだなあ!あはははははは!」
 ひぃ!
「楓お姉ちゃん!みんな何か変だよ!!」
「そんなことないよ」
「だ、だって・・・・、みんなを見てよ楓お姉ちゃん!皆あんなに・・・・」
 そこまで言って、私は楓お姉ちゃんが、うっすらと笑っていることに気づいた。
「か、楓・・・お姉ちゃん?」
 恐怖で硬直した私に、楓お姉ちゃんは、微笑みながら言った。

「変なのは初音だよ、だって、一人だけ・・・」

 そこから先は良く聞き取れなかった。
「                         」
 強い目眩が私を襲ったのだ。
 私は、白濁していく意識の中で・・・・

 風鈴の鳴る音を聞いた気がした。



 ちりいん・・・・・