昔の痕 投稿者: MIO
 西の空が、燃えるような茜色に染まっている。
 この色合いだけは、俺が幼少の頃から変わらない、どの戦場にいてもこの茜色だけは同じだった。
 年を経るに連れて、空の色が、高さが、変わっていくような気がした。
 刀を振り回すだけの人生を歩む、殺伐とした俺には、空は高すぎたし、夜は暗すぎた。
 不吉な血の色を隠してくれるこの色が、俺の安らぎだったわけだが・・・・
 そんなことはどうでもいい。
 俺は、手元に視線を落とした。
 しゅっ、しゅっ、しゅっ
 小刀で、竹をけずる音がする。
 どうしようもなく、寂しい音に感じられる。
 しゅっ、しゅっ、しゅっ・・・・
「次郎右衛門?」
 名を呼ばれて、俺は顔を上げた。
「エディフェル・・・・・」
 俺の妻。
 人間じゃないが・・・・いや、それは俺も同じか。
「何を作っているの?」
 エディフェルは俺れの傍らに腰を下ろして、そう言った。
「竹トンボだ」
「タケトンボ?」
「そうか、お前の故郷にはないのか・・・・、これはな、子供の玩具だよ」
「玩具?」
「ああ・・・」
 俺は、きりで穴を開けて最後の仕上げをした。
「できた」
 意外と良くできた。
 昔は、父親のようには作れないと思っていたが・・・・ 
「昔は、よくこれで遊んだものだ・・・」
「・・・・・」
 エディフェルは、俺の手の中の竹トンボをまじまじと見ている。
 俺は苦笑して
「こうやって遊ぶんだ」
 俺は竹トンボに回転を加える。
 ぶぅん・・・・・
 軽い音と共に舞い上がる竹トンボ。
 昔を思い出す。
「飛んでる・・・・」
 エディフェルの声に、思索に捕らわれていた俺は我に返った。
「あ、ああ、すごいだろ?」
「・・・・・・あっ」
 カラン
 落ちた。
 俺は立ち上がると、竹トンボに駆け寄ると、何を思ったかエディフェルも俺の後に付いてきた。
 そして、俺が拾い上げた竹トンボをじっと見つめている・・・・・
「・・・・・」
「次郎右衛門・・・」
「やりたいのか?」
 何度も頷くエディフェル。
 俺は再び苦笑すると、エディフェルに竹トンボを持たせ・・・
「こうして・・・こう」
 俺はエディフェルの手の上に自分の手を重ねる。
「わかったか?」
 エディフェルは再び頷くと、俺の教えたとおりに手を動かす。
 ぶぅん・・・・
 飛んだ・・・
「ん、上手いぞエディフェル」
 俺の言葉を聞いているのかいないのか、エディフェルは無言で、竹トンボを目で追っている。 
「エディフェル?」
「あ・・・」
「?」
「落ちた・・・」
「面白いか?」
「え?」
「いや、楽しそうに見えたから・・・・」
 俺の言葉に、エディフェルは少し驚いたような顔をしたあと、小さく微笑んだ。
 安らぐ。
 そんな陳腐な言葉で言い表さなければならないかと思うと、俺はもどかしい。
「茶でも入れるか?」
「えっ、あ、それは私が・・・」
「たまにはやらせろ。これでも俺の入れる茶は、うまいと評判だったんだ」
 もちろんウソだ。
 正直なことを言うと、自分の思考に照れてしまっただけだった。
 俺とエディフェルは愛し合っている、それは確かだが、もう一つ言うと、俺は彼女に恋をしたままだった。
 一緒に暮らしているにもかかわらず、俺の気持ちはいまだに出会った頃のままだ・・・・
 それが良いのか悪いのか・・・・
 俺はそんなことを考えながら、エディフェルを置いて小屋のほうへ戻った。


 エディフェルは、竹トンボをもう一度飛ばした。
 高く、高く飛ぶ竹トンボ・・・
「・・・・・・」
 そのとき、竹トンボを見上げるエディフェルの顔に、誰かの影がさした。

 エルクゥは、意識を信号化して・・・・・、だからわかっていた。
 それが誰か、ということより、これから起こることを。
 エディフェルは、目の前に立った人物に視線を合わせる。
 そして名を呼んだ。

「リズエル・・・・」



「ぅどわっっ!!」
 俺は布団から、弾けるように身を起こした。
 外は朝。
 庭から差し込む朝の光と、遠くから聞こえる鳥の声。
 背中は汗でぐっしょり。
「夢・・・・だよなあ」
 ・・・・・どんな夢だっけ?


 しゅっ、しゅっ、しゅっ・・・・・
 俺は夕日に照らされ竹をけずっていた。
 ちくしょう、竹を切ってくるだけで、まさかこんなに時間を食うとは・・・・
「耕一さん、何を作ってるんですか?」
 背後からの声に、俺は振り返った。
「やあ、楓ちゃん」
 俺は小刀を置いて、膝の木くずを払う。
「竹トンボですか?」
「ああ、ちょうど今完成したところ。っじゃ〜ん!」
 まあ、見てくれは悪いが飛びはするだろう。
「それでは楓姫、どうぞっ!」
 俺は恭しく竹トンボを差し出す。
「え?」
「いやあ、処女飛行は楓ちゃんに頼もうかなって思ってさ」 
「・・・・」
 よくわからないといった表情の楓ちゃんだったが、それでも俺の手から竹トンボを受け取る。
「じゃあ、いきます」
 妙に神妙な面もちで言う楓ちゃん。
「うんうん、ぱーっと飛ばしちゃって」
 俺の言葉に、楓ちゃんは頷いて、竹トンボに回転を加えた。
 ぶぅん・・・・
「・・・・・」
「おお、とんだ飛んだ!!」
 茜色のそばに、竹トンボが飛んでいく。

 既視感。

 そういや、こんな夢だったかな・・・
「楓ちゃん、これって・・・・」
「はい?」
「あー、いや、なんでもないや・・・・」
 まあ、どうでもいいさ。
 俺がそんなことを考えたとき。
 竹トンボを見上げる俺と楓ちゃんに、誰かの影がかかった。
 俺が視線を戻すより先に、楓ちゃんが人影の名を呼ぶ。
「千鶴姉さん」
 楓ちゃんに少し遅れて俺。
「千鶴さん、どうしたの?」
「お茶を入れたんです、良かったらどうぞ」
 千鶴さんの持つ盆の上には、湯飲みと急須が乗っていた。
「あら、ごめんなさい、楓のぶんがないわね・・・」
 すまなそうに言う千鶴さんに俺は
「俺がとってくるよ」
「えっ、あ、私が戻りますから」
「いいって、いいって、俺だって、家族としてこれぐらいしないとね」
 俺はそう言って、台所へ向かった。


 暫くして、俺は再び縁側に戻ってきた。
「千鶴さん、楓ちゃんの湯飲みって、これで・・・・」
 言いかけて立ち止まる。
 目の前には、楓ちゃんが倒れていたのだ。
「楓ちゃん!?」
 俺は、楓ちゃんに駆け寄り抱き上げる。
 どうしてこんな・・・
「千鶴さん!何があったんだ!!」
 俺は、傍らに呆然と立ちすくむ千鶴さんに、半ば怒鳴るようにして聞いた。
 千鶴さんは、俺の怒声に一瞬ビクリと震え、そしておずおずと応える。
「えっと・・・・、お茶を味見してもらったら、その・・・・」
「お茶!?」
「ええ、ドクダミ茶で、私の手作りなんです」
 そう言って、にっこり笑う千鶴さん。
 手作り・・・・
 千鶴さん以外の女性が使うと、とてもほほえましい言葉だ・・・・・
「ド、ドクダミ茶!?」
「ええ、その辺に生えてたのをチョイチョイッと」
 千鶴さんの言葉に俺は急須のふたを開けた。
 げ。
 何やら、極彩色の葉っぱがお湯に浮いている・・・・
「千鶴さん、これ、絶対違うと思う・・・」
「ええっ!」
 そう言って、急須の中を覗く千鶴さん。
「本当だわっ!どこで間違えたのかしら!!」
 本当だよ、どこで間違えたんだ?
「まさか、生のままで入れちゃうなんて!いっぺん乾燥させなきゃいけないのに・・・・」
「いや、それ以前の問題かと・・・」
「こいつはうっかり」
 千鶴さんはぺろっと舌を出し、自分の頭をこつんと叩いた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「うわっ!楓ちゃんの脈がどんどん遅くなってる!!」
「きゃあっ!楓ぇっ!!」  
「しっかりしろーーーーーーっっ!!!」  

 こうして、今日も柏木家の夜は更けていく。



「という夢を見たんだよ、エディフェル」
「そうなんですか?」
「ああ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「月が綺麗ですね」
「ああ、そうだな・・・」