「鬼の伝説」(後編) 投稿者: MA
 翌朝、学校に着いた私はあいつの姿を探した。だが、あいつは学校に来ていなかった。私は遅刻しているかもしれないと思い、お昼まで待ってみた。だが、あいつは現れなかった。私は適当な理由をつけて学校を早退すると、あいつの家に向かった。あいつの家はこのあたりに多数の檀家を持つお寺だった。そして、柏木家もその檀家のひとつだった。

 私は玄関でひとつ深呼吸をしてから呼び鈴を押した。暫く待っても返事がなかったのでもう一度呼び鈴を押してみた。だが、返事はなかった。何処かに出かけているのか……。困った事になったなと思ったとき、声が聞こえた。
「くそっ、どうなってんだ?」
 その声の聞こえてきた家の裏へ向かった私の目に入ったのは、背を向けてぶつぶついっているあいつの姿だった。
「学校にも来ないで何してんだい?」
 あいつは振り向くと、少し驚いた顔をした。だが、それも一瞬の事だった。
「いや〜、助かるよ。ちょうど困っていたところなんだ。ちょっと手伝ってくれないか。こいつが鞘から抜けなくてどうしようかと思ってたんだ」
 そういってあいつが差し出したのは、一振りの剣だった。剣と言ったのは、鞘から見た限りでは刀身の湾曲している日本刀とは思えなかったからだ。
「錆付いてて抜けなくなってんじゃないの?」
 私は早くこの話を切り上げて、本題に入りたかったのでそう言ってみた。
「いや、そんな事はないはずだ。ちゃんと保管されてたからな。何年もほったらかしにしてあったようには見えなかった。だから、ちょっと手伝ってくれよ」
 あいつは強引に私にその剣を押し付けると、両手を合わせて拝むしぐさをした。しょうがない、私がやっても抜けないと解れば諦めるだろうから、こんな事はさっさと済ませてしまおう。そう思って私はその剣を取った。
「じゃあ、ちょっとやってみるから。ただし、これがすんだら私の聞く事に答えてもらうよ」
 そう言っておいてから、私は鞘を右手で、柄を左手で持ってから、目の前で左右に引張った。「どうせ錆付いてて抜けないのだろう」そう思っていたので大した力は入れていなかった。だが、予想に反して剣は鞘からするりと抜け、刀身が姿をあらわした。錆付いているどころか、目の前の刀身に自分の顔が映るほど磨き上げられていた。私は鞘から抜きかけていた剣を元に戻した。
「私をからかってるのかな? 人がせっかく大事な話があるからやってきたっていうのに!!」
 しかし、あいつは私の言う事など耳に入っていないようだった。呆然として私の持っている剣を見つめていた。私はそんなあいつの様子に気付いて、どうやらからかっていた訳ではないようだと思った。あいつが演技であれほどの表情ができるとは思えなかった。
「も、もう一度その剣を抜いてくれるかな……」
 私は頷くと、剣を抜いた。今回は完全に鞘から抜いてみせた。
「ち、ちょっとその剣を渡してくれないか」
 私は剣を鞘に戻し、あいつに手渡した。あいつは剣を抜こうとした。しかし、あいつがいくら顔を真っ赤にして力を入れても剣を抜く事はできなかった。あいつは剣を抜く事を諦めると、私の顔を見た。
「なあ、柏木。お前の家ってあの次郎衛門の子孫なのか」
 私は予想外の質問に驚いていた。やっぱりあいつはあの事を調べて誰かに話すつもりなのかと考えた。
「そう怖い顔するなよ。それならさっきの事に説明がつくんで聞いてみただけなんだ」
 あいつは慌ててそう言った。私は何時の間にかあいつを睨みつけていたようだった。
「まあ、こんなところで話を続ける訳にもいかないだろう。こっちへ来てくれよ」
 そう言うとあいつは家に向かって歩いていった。私も渋々その後についていった。

 ある部屋の前まできたとき、あいつは突然振り返った。
「ちょっと待っててくれ」
 あいつはそう言ってから一人で部屋の中へ入っていった。どうやらここはあいつの部屋のようだった。暫くそのままで待っていると、部屋の中から声が聞こえた。
「もう大丈夫だから、入ってくれ」
 私は何が大丈夫なのかと思いながら部屋に入った。
「なんだい、この部屋は? もう少し片付けたらどうなんだい?」
 あいつの部屋を見た私の第一声はこれだった。あちこちに物が散乱していた。
「さっき少しは片付けたんだけどな……」
「どこをどう片付けたって言うのかね?」
「……うるさい、男の部屋って言うのはこんなものなんだよ!! そんな事より本題に入ろうじゃないか」
「そうだね。じゃあ、さっきの話の続きからしてもらおうか」
 あいつは真剣な表情で頷くと話し始めた。

「この剣はあの次郎衛門が例の鬼退治で使ったといわれている物なんだ。俺はこの剣を抜く事すらできなかった。だが、柏木にはそれができた。その事から、柏木家が次郎衛門の子孫じゃないかと思ったんだよ。勇者とその血を引くものにしか扱えぬ剣。伝説やゲームじゃ見た事があったが、まさか現物があるとは思ってなかったんだけどな」
「どうしてあんたはそんな事を調べるつもりになったんだい?」
 私には守らなければならないものがあった。そのためになら、どんな事でもするつもりだった。
「どう言ったらいいのかな……。とりあえずは、昨日命を助けてもらった礼という事でどうかな?」
「ふざけるな!! 私は真面目に聞いてるんだ!! もう一度聞くよ、どうしてそんなことを調べてるんだ!!」
「命を助けてもらった礼というのでは不足があるなら、自分の命さえ顧みず俺のために戦ってくれた者に対する礼といったほうがいいのかな。あのとき、もう一人の鬼が来なかったらおまえは死んでたんじゃないのか? 俺はおまえを助けたいと思った。だけど、俺の力ではおまえを助ける事はできない。だから、この剣を探したんだ」
 あいつは深呼吸をしてから次の言葉を言った。
「俺はおまえが好きだ。だからおまえの力になりたい」
 私は予想外の言葉に一瞬なんと言われたのか解らなかった。だが、その言葉の意味がわかると同時に、怒りが込み上げてきた。
「あんたに私の何がわかるって言うんだ!!」
 あいつは黙って私の顔を見つめていた。暫くしてからあいつはポツリと言った。
「鬼の力を持っている事か?」
「…………」
「鬼の力か……。確かに恐ろしい力かもしれない。だけど、おまえはその力を使って俺を助けようとしてくれた。あの力を使えば一人で逃げる事もできたかもしれないのに……。正直に言っておまえの戦っている姿は恐ろしかった。人間離れした力とスピード、そして見ているものに寒気を覚えさせるような雰囲気。それが怖くなかったなんて事は言わない。だけどな、おまえが誰の為に、何の為に戦っているのか、俺はそいつが解らないほどの馬鹿じゃない」
 私は何も言えずに黙ってあいつの話を聞いていた。
「俺はずっとおまえが好きだった。小学校の入学式で始めて見たときからずっと……。今でもその想いは変わらない」
 あいつは再び深呼吸をした。
「俺はおまえが好きだ」
 あいつはじっと私の顔を見つめた。私はどう答えていいか解らなかった。
 鬼の力は忌むべきもの、決して人に見せてはならないものだと思っていた。人はその力を見た途端、私を化け物と呼ぶとばかり思っていた。だが、あいつはそんな私を好きだと言ってくれた。だが、私の気持ちはどうなのだろう……。今まであいつをそんな風に考えた事はなかった。いや、あいつだけじゃない、ほかの誰ともそんな事を考えた事などなかった。
「返事は後でいいよ。突然こんな事を言って悪かったな……」
 あいつはそう言うと部屋を出ていった。


 私は考え続けた。だが、結論は出そうになかった。
「こんな物しかなくて悪いんだけど」
 あいつの声と共にウーロン茶の缶が目の前に差し出された。何時の間にかあいつは部屋に戻っていた。
「ありがとう」
 気がつくと、喉がカラカラだった。私たちはウーロン茶を飲んで一息入れた。
「あんたはどうして鬼の力の事を知ってるの?」
 私はさっきから気になっていた事を聞いた。
「ああ、それは以前に聞いた事があったからな。もっとも、おとぎ話としてだが……」

 そう前置きしてあいつが話し始めたのは、雨月山の鬼の伝説だった。一般によく知られている次郎衛門の鬼退治の話ではなく、次郎衛門と鬼の娘との悲恋物語だった。その物語の鬼は人間と同じような姿をしているが、人間とは比べ物にならない力を持っていた。そして、鬼の男は姿を変える事で更なる力を得る事ができた。その鬼の娘にその力を与えられ命を助けられた次郎衛門は鬼の娘と愛し合う。しかし、幸せは長くは続かなかった。次郎衛門を助けたためにその鬼の娘は裏切り者として同族に殺される事になる。次郎衛門はその復讐のため鬼と戦い、勝利を収める。その物語の最後は次郎衛門は生き残った鬼の娘の妹と夫婦となりこの隆山で暮らしたというところで終わっていた。

「俺は小さいころはおばあちゃん子で、よく話を聞かせてくれとせがんでいたんだ。小学校に入学したころに聞いたのが、この話だった。自分が住んでいるこの街に鬼退治をした者、そして鬼の血を引く者の子孫がいるかもしれない。そう思った俺はわくわくしたよ。そのときの俺はその子孫がどんな気持ちで暮らしでいるかなんて考えてなかった……」
 あいつは手にしていた空き缶を握りつぶした。
「俺はその子孫がどこにいるのか聞いたよ。だけど、俺が教えられたのはその子孫はこの隆山にいるという事だけだった。それ以上の事は何度聞いても教えてくれなかった。逆に将来俺がその事を知ったとしても、決してそれを他人に話してはいけないと言われたよ。この事はこの家に代々伝わる秘密で、この秘密を守れぬものは恐ろしい目に遭うだろうと散々脅されたよ。怖くなった俺はそれ以上その事を聞こうとはしなかった。しかし、今考えると間抜けな話だよな……。俺は既にその次郎衛門の子孫に会っていたし、次郎衛門と同じようにその娘に恋していたのに……」
 あいつはそこで言葉を切って、私を見た。照れくさくなった私は下を向いてしまった。
「そのかわりに教えてくれたのが、次郎衛門が鬼退治に使った剣がこの寺にあるということだった。次郎衛門が鬼退治に使った刀として祭ってあるのは、本当は鬼退治の後で使っていた刀だと言うんだ。そして、本当に次郎衛門が鬼退治の際に使用した剣、特別な力を秘めたその剣は別の場所に大切に保管してあると聞いたんだ。まあ、その剣がどこにあるかという事までは教えてくれなかったけどな。だけど、その話も忘れてたんだ、昨日家に帰ってから目の前で行われたあの戦いの事を何度も考えていた時に思い出すまでは……。そして、あの話はおとぎ話などではなく本当にあった話なんじゃないか、そう考えてみると昨日の事の説明がついたんだ。後はさっきも説明したとおり、おまえの助けになりたいと思って今日は学校を休んであの剣を探していたんだ。あの剣をやっと探し当てたと思ったら、鞘から抜けないんで困っていたところへおまえが来てくれたという訳さ」
 あいつはそこまで言うと言葉を切って、私を見た。
「だけど、解らない事があるんだ。昨日俺たちを助けてくれた鬼、あれはおまえが前に話してた従兄弟だと思うんだが、俺たちを襲ってきた鬼、あいつの正体は誰なんだ? そして、何の為に人を襲うんだ?」
 さっきあいつは私が鬼の力を持っていても好きだと言ってくれた。しかし、呪われた柏木の血、その真実を知ればあいつはどう思うだろう。そのことをあいつに知られるのは嫌だった。だけど、その事を隠しているのはもっと嫌だった。自分を好きだと言ってくれたあいつを騙しているのは嫌だった。私はあいつの顔をまっすぐ見ながら言った。
「すべては呪われた柏木の血のせいなんだよ」
「呪われた血だなんて……。たしかにあいつは鬼の力を使って人を襲っていたけど、おまえはその力で俺を助けてくれたじゃないか」
「違うんだ!! 違うんだよ……」
「どこが違うって言うんだ!! 別に鬼の力がなくても人を殺す奴はいるじゃないか!!」
「鬼の血を引く男は……、力の制御に失敗するとあの鬼のようになるんだ。鬼の本能に支配され、本能のままに人を襲う本物の鬼になるんだ。だから、力を制御できなかった父さんや叔父さんは、あの鬼のようになる前に自ら死を選んだ。もし、私に子供ができたとしても力を制御できなければ……、人を襲うようになるなら……、私がその子を殺すことになるかもしれない……。これが柏木の血が呪われていると言った理由だよ……」
「そんな馬鹿な……」
 あいつは今聞いた事実に驚愕していた。私はそんなあいつの顔を見ていられなくなった。
「ごめん……。こんな事話すつもりじゃなかったのに……」
 私は立ちあがった。
「そろそろ帰らないといけないから……」
 私はあいつにそう告げて、あいつの部屋を後にした。

 玄関から外に出た時、あいつがあの剣を持って追って来た。
「こいつを持っていってくれ」
 あいつはあの剣を私に差し出した。
「……これはこの寺の物なんでしょう、勝手に持ち出して良いの?」
 私は差し出された剣をあいつのほうに押し戻した。
「ここに置いてあっても、誰も使えないんじゃ意味がないよ」
 あいつは苦笑しながら、再びあの剣を差し出した。
「それにこの剣の力が伝説通りなら、きっと柏木の役に立つはずだ。だから、持っていってくれ」
「でも……」
 私が再びその申し出を断ろうとした時、裏山からかすかな唸り声が聞こえた。しかし、それは私には聞き間違えようの無いものだった。奴が再び現れたのだ。
 私は昨日のように奴の相手をするつもりは無かった。あいつが私を標的にしているのなら、私一人が逃げれば済む事だと考えていた。しかし、そう考えた瞬間に私の頭にひとつの声が聞こえた。
  逃げるなら、まずこの男から殺す
 奴の声に違いなかった。あいつを見殺しにすることは出来ない。私は闘う決意をした。
「ちょっと、急用を思い出したから」
 私はあいつにそう告げてから、走り出した。背後であいつが何か言っているのが聞こえたが、私はその声が聞こえなくなるまで走り続けた。


 私は再び奴と対峙した。私の考えは昨日より消極的なものだった。戦うそぶりを見せながら、なるべく逃げ回る。生き延びるには、耕一が来てくれるのを待つしかないと私は考えていた。
  柏木耕一、あいつはここには来ない
  あいつは警察で取調べ中だ、昨日の事件の容疑者としてな
 再び、奴の声が頭に響く。奴はにやりと笑うとゆっくりとこちらに近づいてきた。
 私は逃げるべきか、覚悟を決めてこの場で戦うべきか迷った。その時、遠くで私を呼ぶ声が聞こえた。あいつの声だった。私は奴に背を向け、あいつの声が聞こえた方向へ跳躍した。

「これを持ってきたんだ。俺は何の役にも立てないが、この剣の力が伝説の通りならきっと役に立つはずだ。だから、使ってくれ」
 私があいつを怒鳴りつけるより早く、あいつはそう言うと持ってきたあの剣を差し出した。奴は着実に近づいている。迷っている暇は無かった。私はあいつが差し出した剣を受け取った。
「あんたはここから逃げるんだよ」
 あいつにそう告げてから、私は剣を抜き奴に向かっていった。

 私の剣による第一撃は奴にはかすりもしなかった。私は剣を使うのは始めての事だったから当然かもしれなかった。ところが、その剣は奴がさっきまでいた場所にあった大木をあっさりと両断した。
 この剣が命中すれば勝てる。私はそう確信した。しかし、奴にもその事は解ったから、そう簡単には闘いは終わらなかった。
 剣による必殺の一撃を狙う私、それを避けつつ反撃しようとする奴。お互いの隙を窺いつつ、我々は闘い続けた。

 その闘いも終わるときが来た。私の剣が奴の腕をとらえたのだ。その瞬間、私は勝ったと思った。だが、それは奴の罠だった。奴は腕一本を犠牲にし、蹴りを放った。油断していた私にその蹴りを完全に避けることは出来なかった。私は奴の蹴りを受けて吹き飛ばされた。
 奴も片腕を失ったが、私も大きな傷を負った。何とか立ちあがった私は、次の一撃に備えて身構えた。しかし、奴は背を向け跳躍した。その先にいたのはあいつだった。虚を衝かれた私は反応が遅れた。奴はあいつの前に着地すると、残った片腕を振り上げた。


 間に合わない……。
 奴との距離は僅かだ。私なら一度の跳躍で奴の元までたどり着けるだろう。
 だけど、奴を止めることは出来ない。私が奴の元にたどり着く前に、奴はその腕を振り下ろすだろう。
 奴との間の僅かの距離が今の私には無限にも等しく思えた。
 私はまた守れないのか……。
 私はまた大切な人を失うのか……。
 その時、ひとつの声が聞こえた。
  あの男を守りたいか
 守りたい。私は即座にそう答えた。
  ならば、我が力を使うが良い
  おまえならそれが出来る
  我が主、リズエルよ
 その名を聞いた瞬間、私は思い出した。
 遠い前世、五百年前の記憶。
 共に闘ったこの剣の真の名。
 そして、あいつを助けることの出来るこの剣の真の力を……。


「見えざる刃よ、今ここにその力をあらわせ」
 私は奴に向けて剣を振るった。剣など届く筈の無い距離でだ。だが、この剣の真の力の前には距離は関係無かった。
 この剣の真の名でもある「見えざる刃」は剣先から伸び、その力は進路上にあるもの全てを切り裂いた。
 それは奴の体も例外ではなかった。
 見えざる刃に体を切り裂かれ、奴は倒れた。

 全ては奴がその腕を振り下ろそうとした一瞬の間の出来事だった。
 私は奴に勝った。


 私はあいつの元に駆け寄った。あいつはかすり傷一つ負っていなかった。
「良かった、無事だったんだ。良かった……」
 後は言葉にならなかった。
「これで終わったのか……」
 あいつはそう呟いた。
「何が終わったというのだ……」
 そう嘲笑う声が聞こえた。驚いたことにあれだけの傷を負いながら、奴はまだ死んでいなかったのだ。だが、先程の一撃が致命傷となったのだろう、奴の命は消えようとしていた。
「俺が死んだとしても、おまえたちが生きている限り、何度でも俺と同じ者は現れる」
 奴はそこまで言ってから、口元に冷笑を浮かべた。
「その時にはおまえたちはその同族を狩るのだろう。だが、それはおまえの息子かもしれんぞ」
 私は奴に何も反論できなかった。
「おまえたちが生きている限り、この血のある限り、終わりなどない」
 奴は私を、いや柏木の血を嘲笑いながら死のうとしていた。
 その時、あいつが口を開いた。
「確かにそうなるかもしれない……。だけど、全ての男が力を制御できない訳じゃないんだろう。親なら自分の息子ならそれができると信じるものなんじゃないのか? 我が子の幸福を願わない親はいないんじゃないのか? 幸せに暮らしていける可能性、それが少しでもあるならそれに賭けてみるものなんじゃないのか? あんたの両親だってそう思っていたんじゃないのか?」
 奴は呆然としていた。あいつからそんな言葉を聞くとは思っていなかったのだろう。
「俺の父親は俺の出産を止めるようにと母に言ったそうだ。だが、母は俺を産んだ。母は……、形はどうあれ、俺の幸せを願っていたのだろうな……」
 奴はそこで言葉を切り、再び口元に冷笑を浮かべた。
「自分の力も制御できず、母の願いにも背いた俺には、こんな死に様がふさわしいのかもしれないな……」
 奴はその言葉を最後に息を引き取った。


「なあ、柏木……。俺、やっぱりおまえのことが好きだ」
 静寂を破ったのは、あいつの言葉だった。
「俺は前におまえが好きだと言った。あの時はこんな事なんて知らなかった。それを知ったときは驚いたよ。そんな馬鹿な話があるかとも思ったよ。たけど……、その事でおまえが悩み苦しんでいる事も解ったんだ」
「だったら、どうして……」
「俺はそんなおまえが悩み苦しんでいるのを見たくないんだ。俺に出来るのはおまえと一緒に苦しみや悩みを分かち合うことぐらいかも知れない。でも、このままで黙って見ているのは嫌なんだ。確かに、俺はおまえの力を見て怖いと思ったし、柏木の血の事を知って驚きもした。だけど、それでおまえがおまえでなくなるわけじゃないんだろ。俺はおまえの事をよく知ってる。曲がった事が大嫌いで、責任感の強いしっかり者、ちょっと短気なところもあるけど……、本当は優しいって事も知ってる。俺には解るんだ。俺は初めて会った時からずっとおまえを見てた。だから、解るんだ」
「…………」
「俺は柏木梓が好きだ」
 あいつは私の顔をじっと見つめていた。

 でも、私はどう答えて良いものか解らなかった。私はいまだに決心がつかなかった。
  そろそろ素直になったらどうだ
 再びあの声が聞こえた。
 今度はその声がどこから聞こえるか解った。その声は私が持っている剣から聞こえていた。
  我が力を使えたのはどうしてだ?
  愛しい男を失いたくない、そう思ったからではないのか?
 そのとおりだった。そう思ったからこそあの力を使うことが出来たのだ。私は決心した。
  まったく世話の焼ける奴だな
 あんたもおせっかいなところは昔とちっとも変わってないね……。
 私は一度深呼吸してからあいつの前に立った。

「私も好きだよ……」

 <終>

 また梓ファンに怒られそうな物を書いてしまったのですが、こうなるまでには色々と変更がありました。元々は以前に書いた「まだ癒えぬ痕」に続く話の梓版として書いていました。当初は剣を持った梓が柳川と対決するという話だけで、名無しのクラスメート「あいつ」は影も形もありませんでした。しかし、参考にするために梓シナリオを再度やってみたところ、耕一が鬼の力を使う梓を見て怖がるシーンと梓が哀しげに自分を鬼の子だと言うシーンが気になりました。そこから耕一や梓たち四姉妹の父親は普通の人間と結婚した訳だが、その際鬼の力や鬼の血の事をどう説明したのだろうかと考えました。梓たち四姉妹も耕一が相手なら力が目覚めていなくても同じ鬼の血を引く者なのでその点に関しては問題は無いでしょう。しかし、相手が普通の人ならどうか。そこで、そのことを書くため(正直言って書けていませんが……)に耕一と楓が前世の記憶を取り戻し結ばれた事をなんとなく梓も解ってしまうことにすると共に、梓を想う名無しのクラスメート「あいつ」を登場させることにしました。そうしてこの話が完成したのですが、久々野 彰さんの『見つめてごらん 〜Look in the face.〜』 を読んでいなければこの話は完成しなかったと思います。というか、この話を完成させてから改めて久々野さんの話を読んでみたら、この話は久々野さんに対して色々な意味で凄くヤバイ気がしました(大汗)。ラストシーンも最初はキスシーンで終わるつもりだったのですが、うまく書けなかったので現在のようにしたのですが……。
 他に今回参考にしたのは、「デルフィニア戦記」(この小説にもとんでもない力を持った女性が登場するので参考に)と「太陽の花」(アニメ「アキハバラ電脳組」エンディングテーマ。歌詞がこの話にあっていると思ったので、後半はこの歌を聴きながら書いていました)と「青の騎士」(「あいつ」が殺されそうになって慌てるシーンはこれからの拝借しました)です。