コンタクト 投稿者: MA
 りーり、りーり……。
 夜空は、まるで何ごともなかったかのように蒼茫を取り戻し、鈴虫が綺麗な音色を奏でていた。
 だが、俺たちははっきりと見た。
 光輝くなにかが、山の向こうに降り立つのを。
「……ヨ……ヨーク」
 初音ちゃんが呟いた。
「……ほ……星々を渡る鬼たちの箱船」
 俺が呟いた。
「……ダリエリの声が届いたんだ。……真なるレザムからの迎えが来たんだ……」
 初音ちゃんは光が消えていった、向こうの山の方を見つめながら呟いた。

 涼やかな秋の夜風が、草葉を鳴らして吹き抜けた。
 川の水音に混じり、虫の音が響く。
 真円を描く月が、柔らかな光を照らしている。
 そんな中、俺のポケットの中にあった親父のお守りが、再び青白い輝きを放ち始めた。
 それは、俺たち…鬼の力を受け継ぐ者の、戦いの幕開けを告げるかのようだった。

「お兄ちゃん、早く知らせないと!! お姉ちゃんたちに知らせないと!!」
 俺は初音ちゃんの声で我に返った。
 そうだ、早くこのことを知らせなくては!!
 鬼の力に対抗できる者は、同じ力を持つ俺たちだけなのだから……。
 俺は初音ちゃんを背中におぶったまま、柏木家に向けて走った。

 柏木家に帰ると、俺たちはすぐに今までの経緯を説明した。
 前世の記憶を取り戻しつつあった楓ちゃんは真っ先に俺たちの話を信じてくれた。
 千鶴さんと梓も、俺と初音ちゃん、楓ちゃんの説得で話を信じてくれた。
 俺たちは取り敢えず、着陸したヨークの様子を見に行くことにした。

「待ってください……」
 楓ちゃんが突然そう言った。
 俺たちが出掛けようとした矢先だった。
 楓ちゃんは家の周囲を見回してから、
「取り囲まれています」
 そう断言した。
 昨日までの俺なら、突然そんなことを言われても信じられなかっただろう。
 だが、今の俺は楓ちゃんの言葉を疑うことなど考えてもいなかった。
 俺は楓ちゃんにはそれが解ると知っていた。

 俺たちは迂闊に動けなくなった。
 我々の所在は確認され、敵の監視下にある。
 敵は星の海を渡る力を持っている。
 当然、我々の想像もつかないような強力な武器を持っているだろう。
 そのことを考えると、正面からかかっていくのは危険だと思えた。
 俺たちはこの状況を打開する方法はないかと話し合った。

 それまで黙っていた初音ちゃんが口を開いた。
「私、試してみる。私の力で何とかできるかもしれないから……」
 そう言って微笑みながら、初音ちゃんはヨークが着陸した山の方を向いた。
 初音ちゃんは両手を胸の前で組んで目を閉じた。
 次に聞こえたのは、あの洞窟でも聞いた不思議な言葉だった。
「……レラ……ゼ……セド……ガダラ……ゼ……エルゼテア……ヨーク……」

 暫くすると、山の向こうから空中に浮かぶ、大きな輝く球体が現れた。
 星々を渡る鬼たちの箱船、ヨークだった。
 ヨークはそのまま上昇し、あっという間に我々の視界から消え去った。


 俺は呆気にとられていた。
「ここを取り囲んでいた人たちもいなくなりました」
 楓ちゃんのその言葉の意味もしばらく理解できなかった。
「よかった……。うまくいったみたい……」
 初音ちゃんは小さな声でそれだけ言った後、そのまま意識を失い倒れてしまった。
 俺は慌てて初音ちゃんの元へ駆け寄って、その体を抱き上げた。
 初音ちゃんの表情は穏やかで、呼吸もしっかりしていた。
 だが、俺がいくら呼びかけても目を覚まさなかった。
「大丈夫です、耕一さん。初音は少し力を使いすぎたんです。暫く休めば元気になります」
「楓ちゃん……」
「初音は疲れているんです。ゆっくり休ませてあげましょう」

 俺たちは初音ちゃんを寝かせてから居間に集まった。
 ヨークは去って当面の危機は去った。
 しかし、俺や千鶴さん、梓にはその事情がさっぱり解らなかった。
 楓ちゃんならそのことを解っている筈だ。
 そう思った俺は楓ちゃんに問い掛けた。
「私にも正確なところはわからないのですが……」
 楓ちゃんはそう前置きして話し始めた。
「初音は、あのヨークに母星に帰るよう命令したのだと思います。この家を取り囲んでいた人も、多分あのヨークが転送機を使って回収し、一緒に連れて行ったと思います」
 楓ちゃんはそこで言葉を切った。
「問題は、あのヨークが母星に帰った後です」
 この星のことをエルクゥに知られてしまったのだ。
 奴らは再びやって来るだろう。
 俺は多数のヨークがこの隆山に向かってくる光景を想像した。
 我々の想像もつかないような強力な武器を持っているエルクゥたち。
 俺たちは奴らと戦って勝てるのか?
「耕一さん」
 俺は千鶴さんの声で我に帰った。
「今日はもう休みましょう」


「……ん」
 微睡みの中、誰かが俺を呼んでいた。
「……ちゃん」
 俺を呼びながら、ゆさゆさと身体を揺すっている。
「……お兄ちゃん」
 耳もとで呼びかける声が聞こえる。
 ガバッ!
 その声の主がわかった瞬間、俺は勢いよく布団から上半身を跳ね起こした。
「きゃっ!」
 瞼を開けて最初に視界に入ったのは、驚いた顔をした初音ちゃんの姿だった。
「ごめん、驚かせちゃったみたいだな。ところで……」
「うん、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんなさい」
「……なに言ってるんだよ。昨日みんなが助かったのは初音ちゃんのおかげじゃないか」
 俺は初音ちゃんを抱き寄せた。
「あの……、お兄ちゃん……。朝ご飯が出来てるから……、一緒に食べようと思って……」
 初音ちゃんの言葉を無視して、俺は彼女を強く抱きしめた。
 昨日、突然意識を失い倒れてしまった初音ちゃん。
 俺が何度呼びかけても、目を覚まさなかった初音ちゃん。
 今でもその光景を思い出すと胸が張り裂けそうだった。

 その日は朝食の後、昨日のヨークについて話し合った。
 初音ちゃんは、あのヨークが母星に帰るまでは何も起こらないと断言した。
 そして、『そういうことなら続きは今晩にしましょう』という千鶴さんの一言で、初音ちゃんたちはいつも通り学校や会社へ向かった。


 その夜、初音ちゃんから昨夜の出来事の詳しい説明を聞いた。
 要約すると、初音ちゃんの持つヨークを操る力を使って、あのヨークに母星に戻るよう命令を与えたということだった。地上に降りていた乗組員を転送機を使って回収し、母星に戻るまでは通信などによる外部との連絡も取れないようにするという命令も合わせて与えてあった。しかも、それらの命令は一般の乗組員が変更できないよう、エルクゥの皇族のみに許された特別な命令で行ったということだった。

 だが、驚いたのはその後の話だった。
「あのヨークにお願いしたことがあるの」
 それは500年前の出来事をヨークから母なる星レザムのエルクゥに伝えることだった。
「最後に、今の私たちのことを説明したの。そして、私たちはこの星で人間と共に生きていくから、そのままそっとしておいてほしいと伝えてってお願いしたの。あのヨークは、必ず伝えるって約束してくれた……」
「…………」
「解かってる……。500年前と同じように、人間と共存するという意見は聞き入れてもらえないかもしれない。でも、私たちが五百年前からこの星で人間と共に暮らしてきた、そのことを無駄にしないためにも、私たちの決意だけでも伝えておきたかったの」

 人間とエルクゥが共存するということ。
 初音ちゃんは500年前に姉たちが命を懸けて唱えた共存の可能性を、今も守ろうとしていた。
 初音ちゃんの優しさは、500年前も、今も、変わっていなかった。
 それに比べてこの俺は……。
 500年前は愛する者を殺された恨みから、彼女の望んだものを自らの手で壊した。
 そして、今も戦うことばかりを考えていた。
 共存の可能性など考えていなかった。

「お兄ちゃん、どうしたの」
 初音ちゃんが俺を心配そうに見つめていた。
「……ごめんなさい。勝手にこんなことしちゃって」
「いや、初音ちゃんは何も謝るようなことなんてしてないよ。ただ、初音ちゃんは優しいいい子だなって思ってたんだよ」
「……そ、そんなことないよ」
 初音ちゃんは真っ赤になって俯いてしまった。

 その夜の話し合いで、この件に関しては暫く様子を見ることに決まった。
 俺もしばらくは大学に戻らず、この隆山に留まることにした。


 あの日俺は過去の記憶を取り戻した。そして、あの日以降、俺は鬼の力をも急速に取り戻していった。だが、その力は諸刃の刃だった。力の制御に失敗したならば、俺は本能に従い獲物を狩る鬼になってしまうからだ。

 初めて力を解放したときは、俺は鬼の本能に負けそうになった。必死で力を制御しようとした俺の脳裏に浮かんだもの、それは初音ちゃんの笑顔だった。この力は獲物を狩るためにあるのではなく、大切なものを守るためにあるのだ。今度こそあの笑顔を守ってみせる、そう決意した瞬間、俺は力を制御することができた。それからの俺は二度と鬼の本能に負けることはなかった。


 そして、あのヨークが去ってから一ヶ月が過ぎた。

 その日、俺は昼過ぎまで外出していた。
 屋敷の前まで戻った時、玄関先をうろうろする男を見つけた。
 不審に思った俺はその男に声をかけた。
「どうかしましたか?」
 その男は振り返ると、俺をじろりと見た。
 その男は俺より少し年上といった感じの青年だった。
「あなたはこの家の方ですか?」
「ええ、まあ……。正確には親戚の者なんですけど」
「いや〜、助かりました。準備を整えてこちらに来たのは良いが、誰もいないようなので困っていたんですよ」
「はあ……」
「このまま誰も来なかったらどうしようかと思ってたんですよ。いや〜、運が良かったなあ〜」
「あの……」
「はい、何でしょう?」
「あなたはどういった用件でこちらへ?」
「そういえば、そのことをまだ話してませんでしたか。いや、なに、ちょっとした調査なんですよ、私がここに来た理由は」
「調査……、ですか?」
「ええ、そうです。一月前にこちらに伺ったものが、何もできずに帰ってきたもので、今回私が来ることになったんです」
「え、一月前……」
 その男はにやりと笑うと、それまで隠していた力を俺に見せた。
「私の正体が解かりましたか」
 俺は頷いた。それを確認した男は、力を隠すと笑みを浮かべた。
「では、ヨークの場所に案内してもらえませんか?」
「案内しても良いが、その前に質問がある。ここへ何の用で来たのだ? 俺たちををどうするつもりだ?」
「そのことですか。答えても良いですが、ここでは詳しい話は出来ないでしょう」
 男はあたりを見回した。
 このあたりは人通りが多いということもないが、まったく人気がないわけでもない。
「先にあの場所へ案内してもらえませんか。そのあたりなら話もできるでしょう、そこで説明しますよ」
 確かに、裏山のあたりなら人目につく心配はない。何をするにしても、うってつけだ。
「私はそれを調べないと帰れないんですよ。そんな訳なので、お願いしますよ」
 男は両手を合わせ拝むようなしぐさまでした。
「…………」
「どうも私は信用されていないようですね」
 男は苦笑した。
「こんなところであなたと戦う気はありませんよ」
「そこへ案内したら、説明してくれるんだな」
「ええ、もちろんですよ。それを説明することも、私がここに来た理由の一つですから」
「解かった、案内しよう」
 俺はその男と共に裏山に向かった。

「この先だ」
 俺はあの洞窟の入り口があったあたりを指差した。
「この先というと……」
「この山の中に埋まっていたんだ」
「あ、そうなんですか。道理でここの人たちに見つからなかったわけだ」
 男はため息をついた。
「ヨークの場所へ案内したんだ、約束通り説明してもらおうか」
「解かりました。まず最初に言っておきますが、我々はこの星の住民を襲うつもりはありません。次に、我が皇族の四姉妹の方々についてですが、このままこの星で暮らしてもらうことになります」
 俺はほっとした。
 つまりは、今まで通り暮らしていけるということだ。
 共存の可能性について考えていなかった訳ではないが、正直なところ戦いになる可能性が高いと思っていた。
 だが、男の次の言葉に俺は愕然とした。
「しかし、問題はあなたのことなんですよ」
「…………」
「あなたは大勢の同胞を殺した」
 目の前にいる男は、もはやさっきまでのように笑っていなかった。
 それどころか、鬼の力を解放しようとしていた。
「で、俺を殺しに来たわけか……」
「少し違いますね。あなたは私と戦ってもらいます」
「どういうことだ?」
「強いものが弱いものを狩る、それは当然のことです。あなたが私に勝ち、その強さを証明できるなら、過去の出来事は不問に付しましょう」
「俺が負けたなら、どうするのだ」
「あなたが死ぬだけです。それだけですよ」
「つまり、他の人には手を出さないということなのか?」
「そういうことです」
「もう一度聞く。他の人には手を出さないんだな」
「そうですよ。さあ、何をぐずぐずしているのです。戦う気がないのですか」
 俺は鬼の力を解放し、その問いに答えた。それを見て、あの男も鬼の力を解放した。
「俺はここで死ぬわけにはいかないんだ。悪いが勝たせてもらうぞ」
 見る見るうちに二人の足元の地面が陥没していった。
「では、始めましょうか」
 この言葉を合図に、鬼対鬼の戦いが始まった。


 ボキッ!!
 俺の体が地面に叩きつけられると同時に、嫌な音が響いた。
 奴は俺の攻撃をかわすだけでなく、その勢いを利用して俺を投げ飛ばした。しかも、腕の骨を折るというおまけ付きでだ。
 俺の右腕は肘の辺りから不自然な方向に折れて曲がっていた。
 俺は歯を食いしばって痛みに耐え、立ち上がった。

 力では俺のほうが上だった。
 だが、どんな攻撃も相手にあたらなければ意味がなかった。
 逆に奴の攻撃は、確実に俺の力を削いでいった。
 このままでは負ける。
 それは俺が鬼の力を得てから、初めて感じた死の予感だった。
 だが、俺はここで死ぬわけにはいかない。
 俺を待っている人の元へ戻らなければいけないんだ。
 その想いが俺の力の源だった。

 一計を案じた俺は、立ちあがると低く飛んで奴に向かった。
 俺は激痛に耐えながら、肘の折れた右腕を振り回し、奴の頭を狙った。
 奴は予想外の攻撃に戸惑いながらも、それを片腕で阻止した。
 だが、そのことが奴に隙を作った。
 次の瞬間、渾身の力を込めた俺の蹴りが、奴の腹に命中した。
 奴はそのまま山の斜面まで吹き飛ばされた。
 俺は最後の一撃を放つため、奴に向かって飛んだ。
 そして、この戦いを終わらせるため、全ての力を込めて左腕から必殺の一撃を放った。


「これで俺の勝ちだ」
「どうして止めを刺さないんです」
 奴の頭のすぐ横に俺の爪が突き刺さっていた。
「あんたにだっているだろう、帰りを待っている人が」
「そういうことですか……」
「あんたは俺の強さを知りたいといった。これで良いだろう、俺の勝だ。この勝負は終わりだ」
「いや、引き分けですよ。良く見てください」
 奴の視線の先をたどると、俺の胸に向けられた奴の爪が目に入った。
 奴が本気なら俺の心臓は止まっていたというわけか……。
「引き分けならどうだというんだ」
「別にどうもしませんよ。ただの引き分けです」
「では、俺をどうするつもりだ?」
「ああ、そのことですか。……すいませんでしたね」
「どういうことだ?」
「あれは嘘なんです。あなたが強そうだったので、一度本気で戦ってみたいと思いまして」
 俺は絶句した。
「強いものを見ると、戦いたいと思うのが我が種族の悪い癖なんですよ。気にしないでください」
「俺は……、俺はそんなことのために殺されかけたのか……」
「あなたはちゃんと生きてるじゃないですか」
「それは結果として、たまたまそうなっただけじゃないのか!!」
「何を言ってるんですか。あなたが私を殺すつもりがないのに、私があなたを殺すとでも」
「気付いてたのか……」
「あなたは確かに全力で戦っていた。でも、殺気がなかった。私を殺そうとする激しい意思、それが感じられなかった。そういうことです」

「ところで、この腕をどけてもらえませんか」
 俺は奴の頭のすぐ横に刺さっていた爪を引き抜いた。
「しばらく休みませんか」
 奴はそう言うと、鬼の姿から人の姿に戻った。
 俺も斜面に横になり、人の姿に戻った。
「あなたの強さは予想以上でした。力では私を上回ってさえいた。だが、あなたには経験が足りなかった。だから、私はあなたとあそこまで戦えたんです。しかし、腕を折ったときは、勝ったと思ったのですが……」
「そういえば、あなたの右腕大丈夫なんですか?」
「急に痛み出した気がする」
「あははは……。結構きついですねえ」
「腕試しで人の腕を折る奴に、そんなことを言われる覚えはない」
「ちょっと待ってください」
 奴は小声で何事かを呟いた。
 しばらくすると身近に足音が聞こえた。
 足音のした方を見ると、一人の女性が立っていた。
「殿下、ご用命の物を持ってまいりました」
「ああ、済まないね」
「本当にそう思ってらっしゃるのですか?」
「まあ、そう怒らないでくださいよ」
 その女性はしかたがないという風に溜息をついた。
「まず、こちらの人の手当てを頼むよ」
「その前に、何か着て頂けませんか。そのままでは困りますので……」
 その女性は持っていた鞄の中から、二人分の衣服を取り出すと後ろを向いた。
「ああ、これは失礼。親しき中にも礼儀ありと言いますからね」
 その男はそう言ってから、慌てて服を着た。
 俺も女性の前で裸でいるわけにもいかないと思い、服を着た。
 ただ、右腕の折れた俺は、上着を着ることができず、上半身は裸のままだった。

「そろそろ、こちらの人の手当てを頼みますよ」
 あの男の呼びかけに応じて、その女性が俺の傍らに来た。
 間近で改めて見るその女性の姿は美しく、俺は見とれてしまった。
 まず、最初は何やら得体の知れない測定機のようなもので、骨折箇所のあたりを調べていた。
「おかしな折れ方はしていませんので、このままでも数日すれば完治します。痛み止めを打っておきましょうか?」
 その女性に見とれていた俺は、返事が遅れてしまった。
「あなたがあまりにも美しいので見とれていたのですよ」
 いつのまにか俺の後ろに来たあの男が、俺の声色を真似てそんなことを言った。
「殿下は黙っていてください。話しがややこしくなります」
 その女性はぴしゃりと言った。
「で、痛み止めはどうしましょうか?」
「ええ……、あの……、お、お願いします」
 その女性は鞄から別の器具を取り出すと、俺の腕に押し当てた。
 ちくりとしたと思ったら、見る見る痛みが消えていった。
 その後、服を着るのも手伝ってもらった。
「ありがとうございます」
「いえ、あなたが怪我をされたのはこちらの落ち度ですから」
 そう言ってから、その女性はあの男を睨んだ。
「殿下、これでよろしいでしょうか。私はそろそろ船に戻りたいのですが」
「あれ、もう戻るんですか。もう少しゆっくりしていけばどうですか?」
「ご遠慮いたします。私は殿下と違いまして、仕事が残っておりますので」
「そうですか。残念ですが、仕方ないですね」
「では、失礼します」
 その女性の姿が揺らめいたかと思うと、次の瞬間には目の前から消え去っていた。


「じゃあ、行きましょうか」
「え、何処へ……」
「決まってるじゃないですか、あの家へですよ。帰らなくて良いんですか」
 あたりは既に薄暗くなっていた。
 確かにそろそろ帰ったほうが良い時間だった。
「いや、そういうわけじゃないが……」
「私もリネットさんたちに説明しなきゃならないことがあるんですが」
 確かにそのとおりだった。
「……解かった。ただし、変なことはするなよ」
「私がそんな男に見えますか」
「そう見えるから言っているんだろうが!!」
「まあまあ、そう怒らないでくださいよ」
「さっきの人が船へ帰ると言ったのが解かる気がする……」
 俺は溜息をついた。
「さあ、早く行きましょう」
 あの男は既に先に立って歩き始めていた。

 俺は家へ向かって歩きながら、気になっていたことを聞いた。
「さっき、殿下と呼ばれていたが、いったいどういうことだ」
「ああ、私は一応皇位継承権第三位の皇子なんですよ。前回のように船ごと送り返されては困りますので、今回は私が来たのですよ」
「皇子か……」
 とてもそうは見えないな……。
「そう緊張しなくても良いですよ。気楽にいきましょう」
 誰も緊張などしていない!!
 そう叫びたいのをぐっと我慢して、俺は再び溜息をついた。


 俺たちが家に帰った時には、既に初音ちゃんたちは家に帰っていた。
 最初に、俺の腕の怪我についてひと悶着あったのだが、何とかごまかした。
 俺は初音ちゃんたちにあいつを紹介した。
 あいつは簡単な自己紹介の後、俺たちがこのままこの星で暮らせると説明した。
「あなたたちは私の話をどう思っています」
 あいつは説明を終えた後、そう問いかけた。
「どういう意味だ」
「では、我々がこの星の住民を襲わない理由をなんだと思います」
「我々がこの星にいるからじゃないのか」
「いいえ、違います。我々は星々を渡り獲物を狩るという生活を棄てたのですよ」
「え……」
 俺は驚いた。俺の知るエルクゥはその様な生活を送る種族ではなかった。
「説明した方が良いようですね」
 あいつはそう前置きして話を始めた。

 エルクゥはおよそ300年前に連合と呼ばれる星間国家連合と戦争を開始した。
 原因は連合が植民を開始したばかりの惑星をエルクゥたちが襲ったことだった。
 最初は優勢だったエルクゥも、連合が次々と繰り出してくる増援部隊に苦戦を強いられた。
 そして、連合がこれ以上戦争を続けるなら、惑星すら一撃で破壊できる兵器を使用すると通告してきたことにより、戦争は終わった。
 母星を破壊されることを恐れたエルクゥは連合と講和し、連合を構成する国家のひとつとなった。
 しかし、大きな問題があった。
 それは、以前のような星々を渡り獲物を狩る生活が出来なくなったことだった。
 連合を構成する国家となった以上、連合に属する他の国家を理由もなく襲うことは出来なかった。
 また、連合を構成する星間国家には守るべき規則があり、その制約のため連合に属していない星といえども無闇に襲うことも出来なかった。
 だが、これまで戦いの中で生きてきたエルクゥたちには、戦いのない生活など耐えられなかった。
 その結果、多くのエルクゥたちが傭兵として他の国家で働くようになった。
 連合に属していない国家との戦争や内乱の鎮圧に傭兵は必要とされていたのだ。
 現在では、エルクゥは傭兵として高い評価を受けるようになった。

「いろいろありましたが、我々は今も戦いの中に生きています」
 あいつはそう言って話を締めくくった。

「さて、堅苦しい話はこれくらいにして、もっと楽しい話をしましょうか」
 あいつはそう言うと、にこりと笑った。
 だが、俺たちが何から話そうか迷っているとき、
 ぐぅ〜
 という音が静まりかえった居間に鳴り響いた。
「おや、耕一君はお腹か減っているようですね」
「ち、違いますよ。俺じゃないですよ」
 俺は初音ちゃんたちに説明した後、あいつを睨んだ。
「今のはおまえの腹の音だろうが!!」
「耕一君、いくら恥ずかしいとはいえ、人のせいにすることはないでしょう」
「こら、しらを切るな!!」
 二人のそんなやりとりを初音ちゃんたちは呆れ顔で眺めていた。

 そんなやりとりを見て緊張が解けたのか、その後は打ち解けて話すことができた。
 結局、あいつは夕食を食べていっただけでなく、一晩泊まっていくことになった。


「もう一度あなたと勝負してみたかったのですが、それがかなえられないのが残念です」
 翌朝、あいつは船に戻る前に俺に言った。
「連合には未発達の文明への干渉の禁止という規則があるので、我々が再びこの星を訪れるのはずいぶん先のことになるでしょう。今回の訪問は特例として認められたものなのです」
「そうなのか……」
「何時の日か私の子孫とあなたの子孫が会うという日も来るでしょう。それまで勝負はおあずけです」
「ああ、そうだな」
 俺はあいつと握手した。

「じゃ、失礼します。皆さんもお元気で」
 あいつは最後にそう挨拶してから船に戻っていった。

 こうして、夏の終わりにあの洞窟で始まった事件は終わりを告げ、俺たちは元の生活に戻った。
 退屈だが、平和な元の生活へ……。

 <終>

 このSSは初音エンディング後の話です。
 初音エンディング後の話で人が死なない話を書きたかったことがこの話を書こうと思った理由です。エルクゥたちが来て戦争になったとしたら、たとえ柏木一族は生き残るとしても大勢の人が死ぬことになりそうなので、戦争をしない話にしてみました。既に同様の話があったらすいません(Webにあるのでしたら教えてください)。
 読んでもらったら解るとおり、「スタートレック」(私はNGしか見てないのですが)を参考に書いてみました(とういか、そのままか(汗))。「星界の紋章・戦旗」も参考にしました。
 初音がヨークに向かってお願いしているシーンは、「あなたに力を……」というシーンを思い浮かべながら書きました(笑)
 話の中で書いたエルクゥたちが戦争に負けるという点については、いくつか理由を考えました。まず、生物として強くても、勝てない相手もいるだろうということ(科学技術の差)。戦闘には強くても、それだけでは戦争に勝てないのではないかということ(戦術上の勝利と作戦・戦略上の勝利との違い)。狩猟生活で略奪を主体にしているなら、輸送や補給は大丈夫なのかということ(兵站の軽視)。そう言ったことから場合によっては負けることもあると思いこういう話にしました。
 惑星を一撃で破壊できる兵器は「宇宙戦艦ヤマト」とか「超人ロック」に登場していたので、そういう兵器もありかなと思って書きました(しかし、そんなものを使ったら他の惑星も影響をうけて大変なことにならないのでしょうか)。
 しかし、今回の話はよそから拝借してきたものばかりだ〜。こんなのでいいのだろうか(汗)。