終わりそして始まり 投稿者: MA
私は闇の中を走っていた。
遠くに見える我が家を目指し走っていた。

ようやくたどり着いた居間に奴はいた。
楓の体には奴の爪が突き刺さっていた。
奴はこちらを振り返るとにやりと笑った。
奴は楓の体から爪を引き抜くと、初音に向かって振り下ろした。
「やめろー!!」

私は目を覚ました。
いつもと同じだった。
安宿の薄暗い部屋。
壁にもたれ膝を抱いてうずくまっていた。
傍らには一振りの剣。
全身にびっしょりと汗をかいていた。

どうしてだろう。
決まってあの場面で目を覚ます。
現実には私が家に帰ったときにはすべてが終わった後だったのに。
どうしてあんな場面を夢に見るのだろう。


「終わりそして始まり」


あの日はかおりが行方不明になったことで帰宅が遅くなってしまった。
「ただいま」
普段ならその声に応える筈のものが何もなかった。
不審に思い居間に向かった私が見たもの。
それは殺戮の現場。
一面の血の海。

その中で千鶴姉、楓、初音、耕一が殺されていた。


警察の事情聴取が終わったとき、ひとつの話を聞いた。
楓と初音は犯されていたと。
犯人は千鶴姉と耕一を殺し、二人を犯した。
そして、私が帰ってくる前に二人を殺し何処かへと去った。


葬儀の翌日千鶴姉あてに手紙が届いた。
それは千鶴姉からの手紙だった。
「梓、楓、初音
 あなたたちがこの手紙を読んでいるなら私はもう生きていないと思います」
手紙はこの言葉から始まっていた。
私たち柏木一族にかかわる鬼の力の秘密、その力を制御できなかった父や叔父の死の真相。
そして、耕一が力を制御出来なければ、自分の命と引き換えにしても止めてみせるという決意。
それらが淡々と綴られていた。
「梓、楓、初音
 あなたたちを残して先に逝ってしまう私を許してください」
手紙はこの言葉で終わっていた。
手紙を読み終えたとき、私は泣いていた。
あの千鶴姉がどれだけのものを背負っていたのか、私はなにも知らなかった。
そして、残された私が成すべき事も解った。

千鶴姉達を殺した犯人は鬼の力を持っている。
そうでなければ、あの千鶴姉が殺されるわけがない。
そして、奴は今もどこかで人を殺し続けている。
私は高校を退学し奴を追うことを決めた。


その決意を墓前に報告に行った際に、住職から手渡されたものがあった。
それが今も傍らにあるこの剣だった。
次郎衛門が最後の鬼討伐で使用した剣。
そして次郎衛門の血を引く者でなければ使いこなすことのできない剣ということだそうだ。
「あなたが再びここを訪れる日を待っていますよ」
住職のその声に送られ、私は故郷を後にした。


あれから三年が経った。


私は奴を追って見知らぬ街に来ていた。
最近この街では不可解な連続猟奇殺人事件が起こっていた。
奴の仕業に違いなかった。


私はシャワーを浴び汗を洗い流すと、屋上にあがった。
闇の中で目を閉じ精神を集中させ奴の気配を探ろうとした。

どのくらいの時間そうしていたのだろう。
再び目を開いたときあたりは明るくなろうとしていた。
「今日も駄目だったか」
私が部屋に戻ろうとしたとき、奴の声が伝わってきた。

私は奴の指定した場所に向かっていた。
人気のない山の中、ここなら存分に闘う事が出来る。
広場のようになった場所で奴は待っていた。
すでに鬼の姿となっていた奴はにやりと笑った。
「決着をつけようか」
私は剣を構えると奴に向かっていった。

戦いは一方的なものとなっていた。
私の攻撃は奴の体に傷一つつけることさえ出来なかった。
頼みの綱だった剣も奴には通用しなかった。
鬼の爪がすべてを弾き返しのだ。
それに対して奴の爪は確実に私を傷つけていった。
そして、一瞬の隙をついての一撃。
それをまともに食らった私は数十メートル吹き飛ばされた。
鬼の力のため即死は免れたものの、もはや指先ひとつ動かすことすら出来そうになかった。

奴が近づいてきた。
止めを刺すつもりだろう。
「なんとたわいない。
 おまえの姉はもっと楽しませてくれたぞ。
 もっとも妹たちは別の方法で楽しませてもらったがな」
奴の言葉とともにその時の情景が伝わってきた。

ドクン・・・、ドクン・・・。
私の中で何かが動き始めた。
暗くどろどろとした何かが。

憎い。
私の大切なものすべてを奪った奴が憎い。
殺してやる。
私の大切なものすべてを奪った奴を殺してやる。
殺戮の衝動が全身を駆け巡った。

心には憎しみだけがあった。

私はゆっくりと立ち上がった。
「ほう、まだ動けるとはな」
奴は油断なく身構えた。

私は剣を拾い上げ、構えた。
「おまえは何のために剣を振るうのだ」
その言葉は私が構えていた剣から伝わってきた。
「奴を殺すため。
 私の大切なものすべてを奪った奴を殺すため」
「おまえはそのために何もかも捨てて奴を追うことにしたのか?」
いや、違う。
私は・・・、私は・・・。
「私は大切な人を奪われる悲しみ、
 あの悲しみを繰り返させない、
 そのために私は戦っているんだ」
心から憎しみは消えていた。

「そうだ、その悲しみを止めることができるのはおまえだけだ。
 今こそ真の力を思い出すがよい。
 おまえなら奴を倒すことができる」
私はその声に不思議な懐かしさを感じていた。
「あんた、だれなんだい」
「我が名はアズエル。
 もう一人のおまえだよ」
その声とともに私の中に500年前の記憶がよみがえった。
そして、記憶とともに力もよみがえっていた。

私は剣を構えなおすと、両手から剣に鬼の力を送り込んだ。
その力を受け剣が輝き始めた。
剣は月光のような美しい光を放った。
だが、私はその光は触れたものすべてを破壊する光だと知っていた。
私は500年前もこの剣を使っていた。

「これで終わりにするよ」
私は跳躍し奴の頭上を取った。
そこから奴の頭をめがけ一気に剣を振り下ろした。
奴は咄嗟にその一撃を爪を使い受け止めようとした。
だが、それは無駄な事だった。
私の剣は奴の爪を易々と切り裂き、体を両断した。


奴を倒して力尽きた私は、草むらで大の字になっていた。
りーり、りーり、りーり、りーり・・・。
聞えてくるのは虫の音だけだった。


終わった。
これですべてが終わった。
そう感じた瞬間むなしさがこみ上げてきた。
あの日から奴を倒すことだけを考えて生きてきた。
そして、それは達成された。
だが、千鶴姉、楓、初音、耕一、みんなはもういない。
私は一人だった。
これからどうしたらいいんだい。

「おまえは十分に義務を果たした。
 未来のために生きるんだ。
 おまえにはそうする権利と義務がある」
アズエルの声が聞こえた。
わかってる。でも、みんなはもういないんだ。
「あきらめるな。
 この血が絶えぬ限り、
 いつかまためぐり会える日がくる。
 私がおまえになったようにな」

「わかったよ・・・」
いつの日か千鶴姉、楓、初音、耕一、そして私、再びみんなで暮らすことができる日を信じて生きていこう。
「再びめぐり会える日を・・・
 未来を信じて・・・」
私は立ち上がり、街へと戻るための第一歩を踏み出した。

<終>