結末選択式SS 梓編 投稿者: MA
俺の予想通り、次の一撃で決着はついた。柳川は俺の攻撃を腕をつかって防御しようとしていた。だが、それは無駄なあがきだった。俺の爪は柳川の腕を叩き折ってから、柳川の胸を貫いていた。俺が柳川の胸から爪を引き抜くと、鮮血があたりを真っ赤に染めた。柳川は暫くそのままの姿勢で立っていたが、ぐらりと体を傾けると、その場に倒れた。狩猟者であるもう一人の自分は、柳川の命の炎、その最後の輝きを味わっていた。
「耕一、終わったんだね」
そこへ梓のほっとした様な声が聞こえた。
「くくく・・・、終わってなどいない。狩りの時間はこれからだ」
俺の心に奴の声が聞こえた。俺はその声を聞いてうろたえた。そして、奴に問いかけた。
「まさか、これからも人を殺し続けるつもりか」
「そうだ、これからは狩りの時間だ。狩るか、狩られるかのな」
「やめろ、やめるんだ。俺の望んだのはこんな事ではない!」
俺はそう叫んでいた。だが、奴は俺の声に耳を貸すことなど無かった。奴は梓たちの方に向き直ると、ゆっくりとそちらに向かって歩き始めた。奴は次に梓とかおりちゃんを殺そうとしていた。俺は持てる力を振り絞り、体の自由を取り戻そうとした。そうしながら、梓に呼び掛けた。
「梓、お前だけでも逃げろ。俺は柳川と同じ殺戮を求める狩猟者となってしまった。俺がお前を殺そうとする前に逃げてくれ。お前の力なら逃げられるはずだ。頼む、お前だけでも逃げてくれ!」
声は出なかったもののその言葉は梓に届いていた。だが、梓は首を横に振っていた。
「だめだ、かおりを置いて逃げるわけにはいかない。あたしは守らなきゃならないんだ。自分の大切な人を。かおりと、そして耕一、あんたも・・・」
そう言うと、梓はゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
「やめろ、やめてくれ、梓。もう良いんだ俺のことは。お前だけでも逃げてくれ」
俺のその言葉を聞くと、梓は少し悲しそうな顔をみせた。
「言ったろう、あたしの大切な人を守りたいって。耕一、あんたのことずっと好きだったんだ。それなのにこんな風に別れるなんていやだ。こんな風に別れてあたしだけ生き残ってもしょうがないじゃないか。鬼の力になんか負けるなよ、耕一。あの時だって鬼の力を抑えたじゃないか。あたしは耕一を信じてる。だから、逃げたりはしない」
俺にその言葉とともに梓の強い意志が伝わってきた。だか、その時奴は目前に迫った梓に向けて鬼の爪を振り降ろそうとしていた。俺は最後の力を振り絞り奴の動きを止めようとした。だが、俺の力では奴の動きを止めることができなかった。
振り降ろされた鬼の爪は梓の体を袈裟掛けに切り裂いていた。梓の体から飛び散った鮮血が俺の全身にかかった。その瞬間、俺はあの水門での出来事を思い出していた。あの時も梓は妹たちをかばって、俺の前に立っていた。梓、普段は乱暴そうに見えるけど、ほんとは優しい奴だった。俺はあの時は力を制御できた。だが、今度は梓を殺してしまった。俺は自分の力を呪った。大切な人を守りたい、そう思っていたくせに、鬼の力に飲み込まれ、守るべき大切な人を殺してしまった自分。俺は泣いていた。梓は俺のことをあんなに思ってくれたのに、俺は何もできなかった。俺は泣いた。俺には泣くことしかできなかった。

気が付くと俺は人の姿に戻っていた。そして、もう一人の自分、狩猟者は消え去っていた。どうやら、俺は鬼の力を制御できるようになったようだ。だが、俺は泣き続けた。今更そんなことができるようになっても仕方なかった。俺は取り返しのつかないことをしてしまった。もう梓はこの世にいない。俺はその場に倒れていた梓を抱きよせると、再び泣いた。その時、梓の声が聞こえた。耳に聞こえる言葉ではなく、直接心に届く言葉だった。
「耕一、もう泣かないで。あたしは大丈夫だから」
俺はその声を聞いて、慌てて梓の胸に耳をあてた。心臓の鼓動が聞こえた。それは弱々しかったが、確かに聞こえた。俺は梓の手を握り、心の中で呼び掛けた。目を閉じ、精神を集中させると、何度も何度も呼び掛けた。
「耕一、大丈夫だった」
俺の耳に梓の言葉が飛び込んできた。俺は目を開くと梓を見つめた。梓は俺の方を見て微笑んでいた。
「馬鹿、お前の方が大怪我してるのに、何言ってんだ」
俺がそう言うと、梓は少し笑った。
「あたしの体の傷はすぐに癒るよ。なんたって、鬼の力があるからね。耕一が必死に抵抗したおかげで、爪が急所を外れたんだよ。そうでなきゃ、いくらあたしの体が丈夫でも死んでるよ」
梓のその言葉に俺は呆然となった。俺は何も奴の行動を止める事ができなかったと思っていたからだ。そうすると、梓を助けたいという想いが鬼の力に勝ったのか。
「それより、耕一の心の傷が心配だったんだ。さっき耕一に抱かれたとき耕一の心が分かったんだ。それで、心配になったから、あたしは大丈夫って言ったんだ」
俺が鬼の力に負けそうになったとき、梓は俺が好きだ、別れたくないと言ってくれた。そして、俺の梓を想う心が鬼の力を上回り、その力を克服した。俺は今になって、自分の気持ちに気付いた。
俺は梓を抱きよせキスをした。長いキスの後、俺は梓に告白した。
「梓、俺はおまえが好きだ。ずっと一緒にいてくれ」
梓は頬を赤らめながら頷いた。俺は傷が癒るまでそのまま梓を抱きしめていようと思った。

<梓編 終>