とおしい 投稿者:Kouji 投稿日:8月7日(水)03時30分


 ……聞きたいんですか?
 でも、もう寝ないと……

 ……いえ、そういうわけでは……

 ……はい、大丈夫です。
 本当に良いんですか?

 ……私は……少し苦しいです……
 あの頃を思い出すのは……少しつらいです……

 ……でも……今だから……
 少し……聞いてくれますか?





     『とおしい』



 中学生に上がる前に、高熱を出したことが有るんです。
 あなたが倒れた出来事よりも後のことです。

 ……そうです、水門でのあの日より3年あとでした。
 3年という歳月の理由はわかりません……
 もしかしたらそれまで待っていたのかも……

 ……成長なのか、時期なのか……
 それはわかりません。
 その熱は3日くらい40度を越え、解熱剤も効かなかったようです。
 私もよく覚えていないんですが。
 でも、それからでした。

 ……はい。そうです。
 最初ははっきりしない意識でした。
 まるで夢のように……
 おそらく女の方が血を抑えやすい事と関係有ったのでしょう。
 熱が引いてから、身体のほうはすぐに楽になっていきました……

 ……ええ、それは柏木の血が目覚めたのと同じ。
 ですから、どちらが先では無かったんです。
 その時熱にうなされていた私は、
 「やめて、出てこないで」
 そんな事をずっと言っていたそうです。

 ……ううん、大丈夫ですから。
 続きを……聞いてください。

 ……ありがとうございます。

 ……熱が治まったすぐ後、ひどく混乱していた私は、
 食欲も無く、長い間部屋から出ようともせず……
 寝たら夢を見る……それが怖くて不眠症にもなりました。

 ……もちろん皆心配してくれていました。
 初音は優しい子だから、頻繁に部屋にやってきてくれましたし、
 千鶴姉さんや梓姉さんも……
 でも、両親も叔父さんも原因は柏木の血の事だと思っていたようで、
 私は初めてそのことに対して説明を聞かされました。
 お祖父さんの事や雨月山に伝わる話の真相を。
 女の方が血を抑えやすい事も……
 でも、全て知っている事でした。
 私の中にはもっとはっきりとした記憶が有ったから……
 夢だと思っていた事が、現実だった……
 それを知った事がショックでした。
 それに、父さんと叔父さんを悩ませていた事が。

 ……記憶のこと……なぜか皆に説明できなかった……
 鬼の血のことを聞くうちに何かが違うと……
 皆が知らない事……
 私の記憶は、もっと深い所に有るようで……
 この事は誰にも伝えない方が良いのではないかと……

 ……私の力がきっかけだったのか、それとも別のことなのか……
 まもなくのことです。
 千鶴姉さんが力に目覚めたのは。
 とはいっても、姉さんはうっすらと気づいていたようです。
 父さんと母さんのことをずっと見てきたから。
 私ほどに取り乱す事は無く、
 それどころか私を心配し、気遣ってくれました。

 ……はい。
 昔からあんな感じですから。
 そんな姉さんが羨ましかった……

 ……知っています。
 姉さんも苦しんでいた事……
 でも私には出来なかった……強くないから……





 ……実は、
 その頃、あなたのアパートに行ったことあるんですよ。

 ……はい、もちろんです。
 両親や姉さんたちには言っていません。
 あの頃の私には遠すぎると、許されるとは思わなかったから。
 あなたにも同じ血が流れているから
 それに、ほんとにすぐ帰るつもりでした。
 ただ一目会わせてあげたいと……
 あなたが彼だと気づいていましたから……
 でも、水門での事、強く呼びかける声の事……
 近づくにつれ、聞きたい事は増えていくばかり。
 呼び鈴の前でどれくらい立っていたか……

 ……ええ、あなたは留守でした。

 ……ごめんなさい……
 そうです……
 叔母さんは少し驚いた顔をしましたが私を部屋に上げてくれました。
 力のことも知っていたのに……

 ……少し話をした後、鶴来屋に電話を入れ迎えを呼んでくれて……
 両親には怒られましたけど……

 ……ええ、それも少し……
 ごめんなさい……

 ……叔母さんは強い人でした。
 あなたのように……
 あなたに会えなかったのは、結果的に良かったのかもしれません。
 あの時の私は……



 ……はい……知っていますよね……
 中学校の時の……

 何もかも忘れる方が楽だった……
 なのに……あの人たちは……

 ……そうです。
 鬼の力です……
 悪いとは……今では少し……



 それからです。
 梓姉さんや初音と距離をおいたのは……
 初音はそれでも一緒に居ることが多かったですが……
 両親や叔父さんに言われたからではなく。

 ……理由はあなたの時と同じだったかもしれないし……
 距離をとることが……
 それが良かったと思ったから……

 ……確かに千鶴姉さんは知っています……
 だけどそれじゃ二人に悪いと思って……
 私の勝手なことです。
 その時の、母さんのつらそうな顔……

 ……でも無駄でした。
 私が少し落ち着いてきた頃、
 父さんと母さんが自殺したんです……
 あの朝、千鶴姉さんだけが二人が帰ってこないことを知って……

 ……私、どうしていいのか分からず……
 たぶん泣いたと思います……
 叔父さんがそばに居てくれなかったら、私たち……

 ……その時だったと思います。
 梓姉さんと初音も……






 私、あなたを好きになってよかったんでしょうか?

 ……好きです……でも……
 今だから……思うんです……
 もしかしたら、ただ好きにならされただけ……
 さっきも言いましたが、あなたが彼だとすぐに気づいていました。
 だから、いつから……どこに惹かれたのか……
 そういう感じが無いんです……

 ……嘘じゃないです!
 ずっと前から……好きでした……
 でも……でも……



 私のことを好きと……言えます?

 ごめんなさい……



 私、怖かった……
 私が誰なのか……
 心に押しつぶされそうで……
 人を好きになるって、こういうことなのかって、
 わからなくて……
 でも、早く伝えたくて……
 だけど柏木の血が、父さんも叔父さんもやめろって……
 もう居ないのに……ずっと声が聞こえて……
 相談したいのに……もうどこにも居なくて……

 あれ……涙が……

 ……ごめんなさい……
 ごめん……なさい……






 ……ありがとうございます……
 そう……ですね。
 たとえ……きっかけがどうであっても……
 愛して……います……






 ……あ……はい……
 い、いいです……少しなら……
 私も……

 ……もう……あっ……







                           ――そして夜が更ける