『夕焼け 〜さよなら〜』 投稿者:Kouji 投稿日:5月7日(日)01時59分

「……藤田……くん……」
 浩之は目の前が真っ暗になるのを感じた。
 些細な悪戯だったはずだ。
 なのになぜ……

 なぜ?
 悪いのは自分じゃないかと……
 誰にとって些細だったのだと……
 浩之は少し戸惑いがちに扉を開けた。
 その向こうにいるはずの少女が笑顔でいればいるほど、胸が痛むのを痛感した。
「……ごめんな……あかり……」







          ※


 少女は夕焼けが嫌いだった。
 いつごろからだろう。まだ小さいころからだろうか、それとも最近になってからだろうか、
 少女はその時間が嫌いだった。





      『夕焼け  〜さよなら〜』



 ウィンドウショッピングとでもいうのか、ガラスの向こうにドレスを着たマネキンが2体。
 少年にとって、どちらも似たようなものだ。
「ね、浩之ちゃんは? 浩之ちゃんはどっちの方が好きかな?」
 真白なパーティドレスの値段は見るに恐ろしい。
「どっちでも似たようなものだろ?」
「そうだね。でも、浩之ちゃんの好きなのはどっち?」
 笑顔でドレスを眺めている少女は神岸あかり。少年は藤田浩之という。
 「浩之ちゃん」
 あかりはいつだって浩之の事をそう呼んだ。昔から……ずっと。
 それがあかりを意識した浩之にとって、よけいに恥ずかしく、むず痒くなる事だった。
 自然とそうなっていった二人の関係に浩之は照れ以上の何かを感じている。
 今だってそうだ。
 町の往来でだって平気で呼ぶ。ずっと、今までだってずっとそう呼ばれてきたはずなのに、
あかりを意識した浩之にとって、むず痒くなる事だった。
「どっちかというと、こっちだな」
 派手なドレスの方を指さした。
「私には派手じゃないかな?」
 そう言いながらもうれしそうに笑う。
「ね、浩之ちゃん。似合うかな?」
「……なぁ、その「浩之ちゃん」ってのどうにかならないか?」
 不快なわけではないが、何度も言うように恥ずかしいのだ。
 今年で高校も卒業するというのに、もう何年もこうだ。
 あかりに言わせると「浩之ちゃんは浩之ちゃんだよ」ということだが、ここらではっきり
しておかないと死ぬまでそう言われるに違いないと思い込んでいた。
 以前にも「中学に入ったらやめるよ」「高校に入ったら言えないよ」など、何度か聞いて
きた。
 ただ、今でも言わなくならないのは浩之も本気で否定しないからだ。
「だって、浩之ちゃんは浩之ちゃんだよ」
 いつもどおりの言葉をにっこり笑って言う。
 そんなあかりに、浩之は些細な悪戯を思いついた。
 が、実行するのは止めておいた。
 今日は何週間か前にあかりとの約束をさぼった時の、振り替えデートの日だったから。
 夕方の約束の時間まではあかりの言う事を聞くためのデートだったからだ。

 だから、
 夕暮れ時、あかりは浩之に「さよなら」と別れた。
 その時からその悪戯を実行する事にした。


          ※


「浩之ちゃん! 遅刻しちゃうよ」
 いつもの時間に迎えに来るあかり。
 が、この時間に用意が出来ていれば遅刻など絶対にしない時間だ。
 ま、いつもの浩之ならまだ寝ている時間だから、あかりはそんなことを言ったのだが……
「おはよう、神岸さん」
 あかりは驚いていた。
 学生服を着(当たり前だが)手には鞄をしっかり持った浩之が玄関から現れた事に。
「きょ、今日は早いね、浩之ちゃん」
 驚いてはいたものの、これでゆっくり学校に行けると思ったあかりだが、まだ浩之のおか
しさに気づいていなかった。
「今日は走らなくてすみそうだね」
 あかりは笑顔でほっと胸をなで下ろす。
 だが、浩之はまじめな顔でゆっくりと歩き出した。
 瞬間遅れたあかりがあわてて小走りに横に並ぶ。
「ねぇ、浩之ちゃん。今日は何かあるのかな?」
「なん……どうしてですか?」
 浩之はすました顔を前に向けている。あかりを振り返ろうともしない。
「え? だって、浩之ちゃんがこんな時間に起きてるなんて」
 言って、くすっと笑う。
「浩之ちゃんだってたまには早く起きるよね」
「日直だからね……急がないと」
「あ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
 いつもの時間ならともかく、まだ余裕がある。ゆっくり話ながら行こうと思っているあか
りだったが、浩之は足を速めた。
「神岸さんは日直じゃないから、後からゆっくり来なよ」
 違和感はあった。が、そこで初めて気がついた。
 浩之は笑っていたがいつもと違う。それでもあかりは足を速めた浩之に追いつこうと、小
走りについていく。
 話す言葉もなく、学校にはすぐ着いてしまった。
「それじゃあ、神岸さん」
 校門のところでそう言った。クラスは同じだし、いつもなら一緒に行くのだが、どうも様
子がおかしい。下駄箱で上履きに履き替えると一人先に行こうとした。あかりがその背中に
声をかける。
「わ、私。な、なにか気にさわることしたの?」
 浩之の背中にかけられた声は震えている。
「もしかして……私が浩之ちゃんって……」
 だが浩之は答えない。何も言わず校舎の中へと行ってしまった。
「……浩之ちゃ……ん……」
 あかりは消え入りそうな雰囲気で俯いた。
 結局、授業中も学校が終わってからも浩之に話しかけようとはしなかった。


          ※


 次の日、浩之は笑って悪戯であった事を話そうと思っていたが、朝、その機会は無かった。
 笑って話そうと思っていたのは、自分でも少し胸が痛んだからだが……
 あかりは迎えに来ず、時間が過ぎていた。
 浩之は少し憮然として、学校へと行く。もちろん完全に遅刻している時間だ。
 だが、学校にもあかりはいなかった。
 風邪ということで学校を休んでいた。
 それはその日だけでなく……次の日も同じ朝を迎えた。
 学校で志保と出会うなり怒鳴られるまで、浩之には些細な悪戯だったから……だからあか
りがどんな気持ちで学校を休んでいるか知りもしなかった。
「あんたバッカじゃないの! ハンッ! 人の気持ちを考えた事あるの!?」
 志保は、昨日のうちにあかりの見舞いに行っていたのだが、その時のあかりの様子がおか
しかったことに気づいている。
 その理由を浩之と話していてはっきりと理解した。
 怒鳴りつけるなり浩之を校門から押し出した。
「お、おい! これから授業だぞ! さぼれって……」
「あんた……」
 志保の目は真剣だった。
「さっさと謝りに行きなさい! デリバリーなし!」
「……それを言うなら、デリカシーだよ」
 隣で話を聞いていた雅史だが、その顔は笑っていない。
「な、何でもいいけど! 謝ってこないと絶交よ!」


          ※


「あれ? 浩之くん学校は?」
 あかりではなく、その母親が少し驚いた顔で応対に出てきた。
 浩之は一瞬戸惑ったが、少し神妙な顔で言う。
「すいません、あかりいますか?」
 いるに決まっているのになんだかそう聞いてしまった。
 浩之は軽く挨拶と言い訳をして上がらせてもらった。
 キシッ……
 懐かしい階段の音と、久しく来ていなかった家の中はさほど変わっていないように思えた。
 足音を気にしているのか、そこに近づくにつれ歩みがゆっくりになる。
「浩之君。ちょっと出てくるから、あかりのことよろしくね」
 下からあかりの母親が声をかけるが浩之にそれに答える余裕はなかった。
 程なくしてドアの閉まる音を鍵のかかる音が聞こえた。
 浩之は緊張しているのか、手のひらの汗を自分のズボンで拭う。
 その場所にたどり着くまで、どれほどの時間がたったのだろう。
 それでも、いつまでもたどり着かないはずはない。
 小さく息を吸い込むと、ドアをおそるおそるノックする。
「お、俺だ」
 二度、三度。小さな音だが、中にいる者に聞こえないわけがなかった。
「……藤田……くん…………」
 かすかにそう聞こえたような気がした。
 目の前が真っ暗になる。
 ためらいと後悔が押し寄せたが、こうしていても埒があかない。ここに来た理由は分かっ
ているはずだと自分に言い聞かせる。
「……はいるぞあかり」
 浩之はそう声を掛けてノブを彼には考えられないほどゆっくりとまわした。
「……あかり?」
 小さな、おびえた声で……目を赤く染めたあかりがいた。
 浩之はただ、後悔するしかなかった。
 その少女が笑顔であったから……
 浩之は酷く胸を痛めて後悔していた。
「……ごめんな……あかり……」
「あ、ううん。か、風邪はもうだいぶ良くなったから……お見舞いありがとうね。ひ……」
 あかりは俯いてしまった。
 肩が震えた。泣いているのだろう。
 浩之に声もなく、静かな時間が流れる。
 だが、あげた顔は笑顔だった。
「……藤田…くんは学校に行かないと」
 浩之は思わずあかりを抱きしめていた。
「バカやろう……」
 言葉は小さく、抱きしめる力は強かった。


          ※





          ※


「もう、帰るな……」
 そんな時間だった。窓の外は夕焼け空だろう。射し込む光が朱を帯びている。
 下ではあかりの母親が二人に気を利かせて、見舞いに来た志保達を帰している。
 あかりは立ち上がる浩之に声をかけた。
「浩之ちゃんは笑うかもしれないけど……小さいころ今のような夕方の時間が嫌いだったん
だ……」
 小犬のような視線を浩之からはずすと、赤く染まる窓の向こうを目を細めて眺めた。
「明日学校に来なかったらどうしようかとか、いなくなったらどうしようかとか……うん。
バカだよね……」
「……ああ、バカだ」
 くすっと笑うあかり。
「……浩之ちゃんの呼び方を変えたら……いなくなっちゃいそうで……そんなわけないのに
ね……」
 振り向いたあかりの笑顔に目をそらしたくなったが、浩之は真っ直ぐに見つめ返した。
 あかりがはにかんで瞳を閉じるまで。
「だからだよ……毎朝浩之ちゃんを迎えに行ってたのは……」
「いい迷惑だ」
「ごめんね……」
「でも、俺は朝が苦手だから……明日からも迎えに来い」
「でも一昨日は起きられたじゃない」
「あれだってだな、結構大変だったんだぞ。早くに寝て…………あかり、ごめんな」
「……私ね、思ったんだ……私が浩之ちゃんのことを浩之ちゃんって呼ばなかった時のこと
をね。そうしたらなんだかとってもおかしいんだよ」
 笑顔の顔に涙の粒が浮かんでいる。
「……とってもね、変なんだよ……私じゃないみたいで……とっても変なんだよ」
 ポロポロと涙が流れ落ちるあかりを浩之はきつく抱きしめた。
「もういいから……」
 もういいから、もういいからと何度も繰り返した。
 カーテンの隙間から射し込む、夕焼けの赤い陽が、二人を細く照らした。



          ※


「なあ、あかり」
 あかりは「どうしたの?」と言わんばかりに首を傾げた。
 もう泣いてはいなかったが、赤く腫れた目だ。浩之はその瞼に軽くキスした。
「え? 浩之ちゃん……」
 慌てて頬を染める。
 その様子がおかしかったのか、浩之は声を出して笑った。
 笑いをおさめ、笑顔のままで言う。
 その言葉に、あかりも微笑んで頷いた。


「明日も、明後日も……ずっと迎えに来いよ」







               「またな」


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はじめまして(かな?)
本家の方では……
いや、多くは語るまい(笑)

懐かしい名前や新しい方がいっぱい活躍してるのですね(^^
(ほとんど新しい人か・・・)


どうも書きかけの小説があったから緊急で取り繕いました……
久しぶりで、忘れてる事もあったから荒い荒い(^^;;
(中盤で ※と※の間が何もないのはわざとです!)
(け、けして面倒だったからではないです・・・)
(親もいないし・・・ね)


ということで、なにとぞよろしくお願いします(^^