庭の園石が大きく音をたてて崩れる。
梓は叫んだ。
叫び…いや、獣の咆哮に近いものだ。
近所の事などかまっていられない。
最悪、自分一人が家を出たらすむ事だと、決意していたのに……
「もっと怒れ! お前の姉も妹も! もう死んだのだからな! 怒って力を見せてみろ!」
男のようなモノは穴の開いた左胸を強調するように両手を広げて挑発した。
ただ、その男のようなモノは少し疑問に思っていた。小さな少女のような姿をした相棒がいまだここに現れない事を、少しばかり不思議に思っていたが、その高揚感の前には無意味だった。
痕 − RING a RING ! −
《中編 −梓・初音の章−》
梓は人間とは思えない膂力を発揮し、そいつの頭を叩き潰す。
初音も同じようにする。
背中を合わせて、互いをかばうようにしてはいるが、さすがに息が上がっている。
「だめだよ梓お姉ちゃん! もうきりがないよ!」
ハァハァと息を乱しながら背中を預けている姉に叫ぶ。
しかし、そんな事は梓にも分かっていた。
何十匹目かの獣の頭をつぶす。
しかし、そいつらは決して数が減る事はなかった。
二人して催眠術にかかってしまった事に初音は気づいていたが、姉が納得しない限りそれを続ける事しか出来なかった。
初音は知っているからだ。催眠術でも人を殺せる事を。
それに、さっきの男のようなモノの姿が見えない。
おそらくこの獣たちの中に紛れているのだろう。二人が催眠術だと、抗う事を止めた時に襲うために……
どこかしら自分たちとは違う事に気づいていた。
狩る時の高揚感は同じだろうが、その手段が自分たちとは少し違うのではないかと思っていた。
まだ夜は始まったばかりだ。
柏木の、エルクゥたちの永遠の一夜はまだ始まったばかりだった。
初音は一人、意を決していた。
この不毛な行動を終わらせる為に、自分がなすべき事をしようとしていた。
「お姉ちゃん! この騒動が終わったら、皆でどこか遊びに行こうね!」
梓は背中から掛けられた声に驚いて振り返る。
まるで、初音がしようとしている事を知っていたように……
ただ、少し遅かった。
梓の伸ばした指先は、初音の腕をかすめていた。
獣たちは消えた。
初音の思惑通りに……
まっすぐ獣たちへと走っていった初音の思惑通りに……
ただ、ぐったりとした初音の腕をもったモノがかわりに立っている。
「初音ぇ!!!」
梓の叫びに答えるようにニヤリと笑ったそいつは、軽く放り投げた。まるでゴミでも扱うかのように……
庭の園石が大きく音をたてて崩れる。
梓は叫んだ。
叫び…いや、獣の咆哮に近いものだ。
近所の事などかまっていられない。
最悪、自分一人が家を出たらすむ事だと、決意していたのに……
「もっと怒れ! お前の姉も妹も! もう死んだのだからな! 怒って力を見せてみろ!」
梓は叫んだ。
山が震えるほどに、その咆哮はすべてを震撼させるものだったが……
その男のようなモノはより一層の笑みを浮かべるだけだった。
そのころ、一人の警察官が付近の住民の奇妙な通報を受けて柏木邸に向かっていた。
「一体何を梃子摺ることがある?」
警察官はそれこそ奇妙な独り言を呟くと、山から下りてきたばかりの身を柏木邸に向けていた。
だれもいない山の中。開けた場所だった。
都会では見られないほどの星が綺麗に輝いていた。
楓は愛しい人の胸に軽く抱きしめられる。
決して忘れたくない感触に、涙があふれそうになるが、堪えて、微笑みかける。
一瞬でもいい……
もう、思いは遂げられたのだから……
「解放してください……」
一瞬、爆発的な力を感じた千鶴も、梓も、その後には何も感じられなかった。時間にして共に十数分ほど前の事だが、酷く心配だった。
だから、エルクゥたちの気をこっちに向ける必要があった。
それには彼らを上回った力を出すのが一番早い。
もはやそれが出来るのは楓と耕一しかいなかった……
奇妙なニュース速報がTVで流れ出したのは、ちょうどそのころだった。
過激派とも、変質者だとも言ってはいるが、その正体を掴めてはいなかった。
ただ、町で殺人がおこなわれている事を伝えていた……
まもなく速報ではなく、番組をすべて切り替えられるほどになるまで、それは他人事だった……
(続く)