『向日葵』 投稿者: Kouji




 マルチはにっこりと笑う。
 彼女の太陽に挟まれて、いつまでも幸せそうに笑った。




    向
    日
    葵  〜ひまわり〜



「遅いぞあかり!」
 浩之は腕にした時計から視線をあげた。待ち人が来たからだが、その視線が明らかに変化した。
 イラツキの視線から、ゲンナリした視線に……
 その原因である女性はちょっとふくれっつらになって浩之に近づいた。
「なによ! 文句あるの!?」
 浩之とは半年ぶりに会う志保は、忙しい身であるはずなのだが……
 あかりよりもおしゃれで、そこが浩之にはさらに気に入らなかったのだろうか。
 浩之はあかりの腕を取ると小声で文句を言った。
「今日がどんな日か知ってるだろう! よりにもよってなんでこんな奴を……」
「……聞こえてるわよ」
 こめかみの辺りをひくつかせた志保は浩之に食って掛かるが、浩之も引かない。
「わざと聞こえるように言ったんだよ! てめぇだって知ってるんだろ!」
「知ってるわよ! だから来たんじゃない!」
 あかりが間に入って止めないと騒ぎはもっと大きくなっていただろう。
「浩之ちゃん、いいから行こ。ほら、志保も」
 そう言って浩之と志保の腕を取る。
 歩き出す三人。
 不思議なことに目的地に近づくにつれ、いつもの三人に戻っていった。
 馬鹿なことを言い合い、他愛も無いことで喜び、笑い、些細なことで傷ついていたあのころに。
「せっかくだから雅史も誘う?」
 志保は笑ってそんな事を言う。
「そうだな、せっかくだしみんな誘うか」
 浩之の言葉に頷くあかり。でも、やっぱり小さく首を振った。みんないるよと、首を振った。
「それより……それじゃまじゃない?」
 浩之の手に持つそれを半笑いで眺めた。
 浩之はあかりに目配せし、ふたりで小さく笑う。
 いつもの三人の後ろ姿だった。
 ただ、精一杯着飾った姿が妙に違和感を感じさせた。



  『えっと、はい』
  『どうしたのこれ? くれるの?』
  『俺たちにか?』
  『はい。……いりませんか?』
  『ううん、いるよ。ありがとうね』
  『でもな、ヒマワリをなんで三本もなんだ?』
  『……浩之さんとあかりさんとわたしです』
  『おし! かざるぞあかり!』
  『うん! 浩之ちゃん。マルチも手伝ってね』
  『はい!』



 そこにはみんないた。
 雅史も芹香も、レミィもみんな。
 それぞれに精一杯着飾って手には花束を持っている。
 花束だけではない。
 贈り物の包みを持っている者もいる。
 三人が現れると自然に輪が出来た。
 中心にいるのは浩之とあかりだ。
 いつものように明るく笑うふたりだ。
 今回ばかりは志保も輪の一員として収まっている。
「……やっぱりみんな来たな」
「当然でしょ」
 人一倍大きな包みを持っているのは綾香だ。
 両手でさえ持ち切れるか、そんな大きさの包みだ。
 その横で芹香が小さく頷いている。ささやかだが、センスのいい花束を抱えて。
 みんな頷いている。
 琴音も葵も、智子もみんな。
 ちょっと微笑んで……
「じゃあ行くか」
 ほんの少し先の、海と空が一望できる場所へ。
 向日葵に囲まれた小さな碑のところへ。



  『向日葵って知ってるか?』
  『はい。知ってます。キク科の一年生植物で……』
  『じゃあ、その花が太陽に向かって回転することも知ってるか?』
  『知ってるよ』
  『……あかりには聞いてないぞ』
  『そうなんですか?』
  『そうなんだよ』
  『じゃあ、マルチにとっての太陽は浩之ちゃんだね』
  『そうか?』
  『はい。そういうことなら、浩之さんとあかりさんがわたしの太陽です』



 浩之は跪いて碑についた土を払った。
 その横にあかりが座り、手にした小さな箱を碑の側に添えた。
 しかし、その場で浩之がそれを取り上げた。
「あっ……浩之ちゃん?」
 包みをやぶり、中身をだし、再び元の場所に置いた。
「……ああ、そうだね」
 あかりはその箱の蓋をあけた。
 ……
 思い出したようにネジを巻くと流れ出したメロディー。
 懐かしい匂いがするオルゴールだった。
 いや、実際に懐かしい曲だった。
「結構、探したんだよ」
 あかりは誰に話すでもなく呟いた。
 ちょっとだけ俯いていたが、上げた顔は笑顔だった。
 それが約束だったから。
「……そろそろいいかな?」
 綾香が手にした包みを破り、待っていた。
 大きなぬいぐるみだ。
 浩之が碑の後ろの芝生にビニールシートをひくと、その上に置いた。
 十分後にはその碑は花と宝物に包まれていた。
「あれ? 志保は?」
 果物を碑に添えながら雅史は訊ねた。
 もう志保で最後だったからだ。いや、もう一人いるのだが……
 志保はにっと笑うと、懐からマイクを取り出した。
「じゃん!」
 ここで、呆れ組みと盛り上がり組みに別れることになりそうだった……



  『なあ……マルチって向日葵みたいだな』
  『え? あ、そうだね』
  『えっと? どうしてですか?』
  『んー』
  『元気だから……かな』
  『はい! 元気が取り柄ですから』
  『ね、ね、浩之ちゃん。私は?』
  『……ドクダミ?』
  『ドクダミ? えーっ!! 花じゃないよぅ』
  『ばか、花もあるだろ!』
  『えー、でも……』



 そして最後に浩之がそれを添えた。
 三本の向日葵だ。

 この向日葵畑の向日葵ではない。
 正確に言えば、この向日葵畑のもととなった所から持ってきたものだ。
 浩之の家の庭から……
 いつかしら咲いていた向日葵。
 懐かしい匂いのする向日葵だった。

「約束は守ってやるぞ。絶対誰にも破らせないから、心配するなよ」

 浩之は笑顔で囁いた。
 あかりを自分の横に呼ぶと、同じようにしゃがませた。
「ほれ」
 あかりに何かを促す。
 あかりはその小さな碑を撫でると、同じように笑った。
「見ててね、ずっと……これからのみんなを……わたしと浩之ちゃんを……あなたの妹たちを」

 三人で誓った約束は、今やみんなの約束だった。
 最初、決して破らないと決めたのは二人だったけど、今やみんなが破ることの無い約束だった。
 すっと、二人の後ろに集まったみんなが、決して破ることのない約束だった。




  『ずっと笑ってろよ。向日葵のように……』




 そしてあかりはオルゴールの蓋を閉じた。





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