『Dear SONG,Dear HEART』 4th track 投稿者: Kouji



  『Dear SONG,Dear HEART』


「あれ? 理奈ちゃんも来てたんだ」
 その理奈の様子を不思議に思う。
「……風邪ひいちゃうよ」
 いくらか乾いたとはいえ、髪も服も相当に濡れていたのだからわからないわけが無い。どれくらい此処にいるのかわからないが、早く帰るべきだと心配そうな目をしている。
 その、心配そうにする由綺に理奈は大丈夫だとにっこり笑った。
 いくぶんぎこちない笑顔だったが、それを由綺にわかれというのは無理なことだった。
 それでも少し心配そうに笑うと、冬弥の方を振り返った。
「あのね、冬弥くん。今まで言えなかったけど、来月からツアーなんだ……」
 ちょっと嬉しそうな、ちょっと寂しそうな表情だった。
「……関東のほうばっかりだけど……その間冬弥くんに会えなくなるね……」
 冬弥は由綺の言葉を無視するわけではなかったが、ちょっと複雑そうに理奈の方を見た。
 由綺はその視線の先を見て、
「あ、そうだ。弥生さん、理奈ちゃんを送っていってあげて」
 由綺の後から入ってきた女性に声をかけた。
 弥生はわずかな間ののち、静かに頷いた。それぐらいならかまいませんと言うような顔で。
 しかし、理奈は首を振った。
「この人に送ってもらうからいいわ……」
 そこで由綺は初めて浩之たちに気を向けた。


「……」
「えっと……こんばんわ……」
「……」
 芹香はこくっと頷いた。
「あ、あの……森川由綺といいます」
「……」
 もう一度、こくりと頷く芹香。
 由綺は困った顔を冬弥に向けると、冬弥はちょっと苦笑いで首を振った。
 あかりがたまらず声をかける。
「こんばんわ。あの、神岸あかりです」
 くちんっ
「えっと、理奈さんは芹香さんが送ってくれますから……」
 くちっ
「大丈夫ですよ」
 浩之も冬弥も理奈も彰も、「あんたのが心配や」と心の中で突っ込みを入れた。


「それじゃ、私たちは先に帰るね」
 冬弥たちに軽く挨拶した。
 その帰ろうとする理奈たちに由綺が呼びかけた。
「あ、理奈ちゃん。英二さんが話があるからいつでも帰ってこいって……何かあったの? 英二さん心配してたよ」
 一瞬、理奈が立ち止まった。
「今、英二さんも新しい曲で大変そうだから、あんまり心配かけないでね」
「ゆ、由綺!」
 冬弥は慌てて止めようとしたが……
「理奈ちゃんの為に頑張ってるんだから……」


「…………私のため?」
 理奈の目から完全に笑いが消えた。冷ややかな目に冬弥とあかりがはっと息を呑んだ。
「理奈さん! 帰ろ!」
 あかりがあわてて割ってはいる。
 しかし、浩之は少し興味のあるようすだが、口出しはしないでいた。
 芹香も同様に静かに見守っている。
 あくまで二人の問題だと思ってか……芹香はおそらく天然だからだろうが……
 理奈はその場で少し寂しそうな瞳を由綺に向けた。
「……兄さんは私のことなんとも思ってないはずよ」
 ……
「それは違うよ」
 冬弥だった。断言したわけではないが、彼女の兄がそんな人物ではないと信じていたから。違う、信じていたかったからだ。由綺を預ける立場の人だから。
 そんな冬弥にも同じ視線を送る。
「あなたは兄さんの何を知っているの? どれだけ……」
 言葉に詰まる冬弥。由綺とあかりは困った顔で二人を交互に見た。
 理奈は俯いて小さく謝った。
「……ごめんなさい……冬弥くんには関係ないのにね……」
 泣きそうな笑い顔だった。
 そのまま由綺とは視線をあわせず、重い鐘の音を鳴らした……




   『Dear SONG』


「……」
 車の中、芹香が隣りに座る理奈の方を向く。
 それを見て、理奈をはさむように芹香と反対側に座るあかりは小さく微笑んだ。少しぎこちなく、少し複雑な微笑みだった。
「芹香さんの家に行きませんか、だって……どうします? えっ? わたしも? どうしよっか、浩之ちゃん」
 助手席に座る浩之はそれに賛成した。
 来栖川家には風呂も、二人にあう着替えも選ぶほどある。
 それに、久しぶりに会いたい女の子もいたからだ。
「……」
「……えっと、よかったら泊まっていきませんか、だって?」
 芹香は真剣なのか何を考えているのかわからない瞳で理奈を見つめている。
 何かを理解したのか、理奈は小さく頷いた。
 「兄のいる家に帰る」今日はそんな事は出来そうにない。
 自分の脆さを痛感していた。心の弱さを疎ましく思っていた。
 でも、
「……」
 芹香がにこっと笑う。
 あかりも、助手席にある浩之の横顔も……
 ふと眺めた窓の外は、流れる雫と雨音だけの世界だった。ただのありふれた世界だった。
 小さく笑うと、明日の朝は普段の自分に戻ろうと決意した。



 由綺はひどく落ち込んでいた。
 コンサートを出来る喜びも忘れるくらいに、ひどく落ち込んでいた。
 泣き出しそうに、小さく震えている。
「由綺さん。あなたに責任はありません」
 冬弥にはひどく機械的に聞こえる慰めだった。
 それでも……
 声をかけられる強さが、冬弥にはうらやましかった。
 英二を恨むことしか出来ない冬弥には、ひどくうらやましかった。




   『Dear HEART』


 理奈が少し興味のある目でその少女を眺めていた。
 幸せそうに浩之に頭を撫でられているその少女を……



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