『Dear SONG,Dear HEART』
「芹香さん。どうしてここに?」
浩之は少し恥ずかしそうに芹香の手を頭から除けた。
「…………」
「えっ? 俺たちが困ってるって聞いて?」
こくんと頷く芹香に、さすがに誰からとは聞けなかった。
「もしかして、来栖川…芹香さん!?」
カウンターの中から声がかかる。
意外にも彰は少女の名を知っていた。
こくっと頷く芹香。
「彰、この人知ってるのか?」
「う、うん。ほら、僕がよく読んでるミステリーの本にたまに載ってるんだ」
「……あ、あれにか?」
「うん」
彰は思わずカウンターから飛び出して、芹香に握手を求めた。
「……」
芹香が握手してやると、彰は感動した。
どうやらものすごくファンらしい。目の前にどんな芸能人が来ても、これほどの反応はしないだろう。
冬弥はそんな彰を珍しそうに眺めていた。
同時に、いったいどんな人なんだと疑問が浮かんだ。はっきり言ってきれいな人だと思った。ただ、何度か内容を見た事あるが、あの雑誌に乗ってる人だから何かあるのだろうかとも思った。
『あっ!』
ふいに浩之とあかりが声を上げた。
思わず顔を見合わせると、今度はマスターの方を振り向いた。
『セバスチャン(さん)』
冬弥も、理奈も、彰も、芹香の後から入ってきた人物に目を見張った。
なるほど、確かによく似ている。
まるでマスターをそのまま年取らせたような男だった。
「何だよ、まだまだ現役か?」
浩之はどこか嬉しそうに男の胸を叩く。
『喝〜〜つ!!』
マスターとは大違いの大声だ。
思わず全員が耳をふさいだ。あっ、芹香とマスターは別だが。
「このセバスチャンあと十年は現役ですぞ!」
そういうセバスチャンも懐かしい遊び相手にあったような表情だった。
《エコーズ》のマスターとは親戚らしい。
そういえば彰がそれらしいことを言っていたのを冬弥は思い出していた。
「えっ? ということは……来栖川グループの?」
「あの来栖川の!?」
理奈も少し目を見張る。
いまや『HMXシリーズ』と銘打たれたメイドロボットシリーズのシェアは世界最大を誇っている。まさに大企業だった。
このぽーっとした人が?
芹香の代わりにセバスチャンが胸を張って答えた。
冬弥も理奈も珍しいものを見るような目で見た。これといった嫌悪感はなかったが、気恥ずかしさに芹香はちょっと身を捩った。
人気アイドルと同じくらい、めったに会える機会のない大企業の令嬢だ。
話題をそらすように、芹香は浩之の方を向く。
「…………」
「えっ? ああ、そうだな」
「そうさせてもらおっか。ね、浩之ちゃん」
こくっと頷く芹香。
「それでしたら」
とセバスチャンは先に店を出た。
理奈はそれに待ったを入れた。
「その人……なにも、話してないじゃない……」
芹香はちょっと首をかしげ、ふるふると首を振る。
浩之やあかり、もちろんセバスチャンも芹香のことを知っていた。
付き合いも長いので、何が言いたいかは、わかるようになっていた。
たしかに、初対面の人間に理解させるのは難しいと思った浩之は、ちょっとの間芹香の通訳をすることにした。
「えっと……雨の中、大変だから車で送ってくれるって、で、じいさんは先に車に……そうだ、理奈ちゃんもいいかな? 送っていってあげられる?」
途中から芹香への言葉に変わっていた。
こくんと頷く。
理奈は、なぜわかるのか不思議に思ったが、冬弥と彰は不思議と納得していた。ま、似たような人が近くにいたから。
浩之は今度は理奈に問う。
「そうさせてもらったらどうかな?」
あかりも、精神的につらい時に風邪をひくのはもっとつらいと思ってそれをすすめた。
理奈は少し考えた上で、そうさせてもらうことにした。
なにより、今は森川由綺に会いたくなかったから、つらくあたってしまいそうだったからだ。
冬弥の前でそんな自分を見せたくなかったからだ。
しかし、少しばかり遅かった。
「……」
「誰か来るって?」
芹香が頷き、ドアを指差す。
それと同時に、雨音に車のエンジン音がかさなってくる。
その音は徐々に大きくなり、エコーズの前でブレーキ音に変わった。
扉が開かれる。
理奈は思わず目をそらした……
http://www3.osk.3web.ne.jp/~mituji/