『さあ始まりました! ラジオでトゥーハートー! あなたの心に直通よ! ……え、まあ司会はわたくし……』
DJの妙に明るい声が飛び込んでくる。まあ、落ち込んだ俺にはちょうどいいかもな……
ラジオなんて久しぶりにつけた気がする。マナちゃんの影響でもあるんだが、FMではなくAMを聞いてるのは由綺からおすすめの番組があるからと知らされたからだ。
しかも昨日になって約束の日に来られないと知らされた後だから、聞くしかないだろう……
ま、でも確かにこのDJ上手いよな。
由綺もこれぐらい喋れたら歌手じゃなく女優でもやっていけるかな……ま、あの演技じゃ無理か……
あの時以来お互いを信じられるようになったから、心配はないけど、やっぱり寂しいかな。でもしょうがない。
『由綺さんです!』
そう、由綺も仕事なんだから……えっ?
『私より年下だから由綺ちゃんでいいよね?』
『はい』
確かにラジオから聞こえてきたのは由綺の声だった。
それで、この番組を…
でも、今日に由綺の声を聞けるのは嬉しいな。
『この間の音楽祭は惜しかったわね』
『でも、理奈さんに負けたのなら悔いはありません』
『全然?』
『えっ、あ、あの、ちょっとは、……で、でも、やっぱり……』
ああ、もう。もっと落ち着いて喋れよ。でも、由綺らしいよな。
落ち込んでたはずなのに、こういったちょっとしたことがとても救いになるもんだ。由綺もそれがわかって言ったんだろうか。
最初のジングル。
提供のあと、メロディーにかぶるように声が続いた。
『ここで曲を一曲。緒方英二プロデュース、そして、理奈ちゃんとの共同作品で話題を呼んだCDから「WHITE ALBUM」』
何度も聴いた曲だ。意識しなくても町を歩くと流れている。この曲を聴くと、なんだか嬉しくも、寂しくもなる。
自分だけの由綺とか、偶像(アイドル)としての由綺とか、いろんな事を考えてしまう。
そういうのもひっくるめて、俺たちは一緒にいられると誓ったんだから、もっと自分を信じないと……
いつのまにか曲が終わり、二人のトークが流れている。
由綺は自分から喋る方じゃないから、DJの質問に答えたり、DJの高校時代の悪友や、親友の女の子などの昔話につきあって相槌をうつくらいだった。
『由綺ちゃん、最後に一言お願い』
『あ、じゃあ、冬弥くん聞いてますか? お誕生日おめでとう。今度会いたいな』
なっ!
『……由綺ちゃん?』
「あ、あのなー!」
は、はずかしーじゃねえか!
彰とはるかにもこの番組の事を言ったんだぞ、俺は!
「まずいな……彰はともかく、はるかは聞いてないだろうな……」
恥ずかしさと、気まずさと、ちょっとの嬉しさでラジオに向かって独り言を言ってしまう。そんな時ってないか?
ラジオからDJの笑い声が聞こえてくる。
どうして笑われたんだかわからずにとまどってる由綺の姿が、容易に想像つくよ……
『冬弥くんって? もしかして恋人?』
『えっ、あ、あの、その……』
『なんか、あかりを思い出すくらいのあわてぶりね』
『あ、あの……』
由綺の声にジングルがかぶる。
おそらく弥生さんだな。
あの、機会みたいな顔がどれだけ呆れているか、ちょっと見たい気もするが……
『誕生日おめでとう』……か
忙しい由綺からのプレゼントとして受け取っておくか……
「冬弥、誕生日おめでとう」
あのなー
「いいか、はるか! お前で四人目だぞ!」
今日、どれだけ休もうと思ったか……
まず、駅で偶然会ったマナちゃんにバカにされ(なんでAM聞いてたのか? それはDJのファンだからだそうだ)
そして、彰だろ。妙に気をまわした話し方だと思ったら、ラジオを美咲さんに教えたそうだ。(しかも、由綺が出ることを知っていたみたいだ。新聞に書いてあったんだから、そりゃ知ってるわな。それで他の奴にも……)
で、美咲さんもだ。
これで、俺で遊ぶのが好きなはるかに知られたとあったら、しばらくは学校休むしかないじゃないか……
「だって、昨日会えなかったから」
「なに?」
「昨日、誕生日でしょ?」
はるかは何を言っているのか不思議そうな顔で見てくる。もしかして聴いてないのか?
「なあ、昨日ラジオ……」
「うん。聴いてたよ」
がー!
「あはは」
「あはは、じゃない!」
「でも、みんな知ってるよ」
そのとおりで、なぜか普段話さないようなやつまで俺の誕生日を知っていやがった……
「ごめんね、冬弥くん」
由綺と会えたのが誕生日が過ぎて、実に四日がたってからだった。
会えなくても電話はかかってくる日のほうが多いから文句はないし。由綺だってそんな中で頑張っているんだから。何度もそう言ってるんだが、会話のほとんどは「ごめん」で始まる。
それも由綺らしいといえばそうなんだが……
「なに謝ることがあるの?」
出来るだけ優しく言う。
「……だって、この間……」
「いいから! ……ごめん。ここじゃなんだから……」
俺は後ろで白々としているギャラリーをにらむと、由綺を連れて校舎をでた。
キャンバスのすみの落ち着いた、小さなベンチに並んで座る。由綺がこっちを向くと自然に顔が近づく距離だ。でも、由綺は俯いたままこっちを見ない。そんなにひどいことしてないはずなのに、ひどく気にしてるようだ。
「別にそんな気にするほどの事してないじゃない?」
「だって、はるかから、冬弥くんがからかわれてるって聞いて……」
……誰からだって!?
その名前は、おそらくこの世の中で最も俺をからかってるやつの名前だ!
「ま、はるかの言ってることは気にするなって。あいつがどれだけ俺や彰をおもちゃにするのが好きか知ってるだろ? だから気にするなよ」
「……」
「それに、誕生日に由綺の声聞けて、俺は嬉しかったんだぜ」
「……うん」
「素敵な誕生日プレゼントだったよ」
うーん、この台詞だけは顔をひきつらせて喋ってしまったが……
「それは、ちょっと恥ずかしかったけど、由綺には嘘つかないって決めたから、だから……」
「……うん」
「もう決めただろ? 二人とも……誓ったから、気にするなよ」
「うん!」
やっと、ほっとした様子で顔を上げてくれた。久しぶりに見た由綺の笑顔だった。その顔が、目の前にある。
その距離が、あまりにも自然な距離で、
だから俺たちは……
校舎の方から曲が流れてきた。
「あっ、WHITE ALBUM……」
「そうだね……」
「美咲さんかな?」
「わからないよ。もしかしたらはるかかも……」
顔を見合わせて、小さく笑った。