あかりの場合 『海』 投稿者:Kouji
「まだそんなの持ってたのか?」
 浩之はあかりが見せたそれを呆れながら見た。
「うん」
 あかりは嬉しそうにそれをポケットにしまった。
「そんなもんポケットに入れてる女子高生はいないぞ。せめてカバンにしまえ、カバンに」
「だって、嬉しかったんだもん」
 あかりはホントに嬉しそうな顔で浩之を見た。浩之はあかりの頭をくしゃくしゃっとかき回した。
「そんなんで喜ぶなんて安上がりな女だな」

 それは小さな、小さな石だった。
 角が取れて丸くなった。少し赤い石だった。
 ただの石だったが、あかりにはとても特別な物だった。



「おい! 今から海に行くぞ」
 中学三年の夏。
 一学期の終わりの日だった。
 終業式が終わると浩之はあかりと雅史、それに志保に声をかけた。
「はあ? いったい何よ急に?」
 志保は呆れたような口調で言った。
「これから海に行こうぜって言ったんだ」
「これからって、すぐかい?」
 雅史は志保のように呆れるようなことはしなかった。ここが長いこと浩之とつきあってきた
違いだろう。
「ま、もちろん家に帰って水着は持ってこないとダメだけどな」
「でも浩之ちゃん。先生が呼んでたよ」
 あかりはまじめに水を差すが、浩之は気にしなかった。
「いいんだよ。それより行くのか行かないのか?」
「僕は行ってもいいよ。今日はサッカー部も休みだし」
「私もいいよ」
 とあかりと雅史はOKをだしたが、一人志保だけが断った。
「あたしはパスね。友達と約束があるから」
「そういうことならしょうがないな。あかりに雅史、12時に駅前な」
 それだけ言うと先生から逃げるように校門を出た。

「そっちじゃねぇ、こっちだ」
 公共の更衣室で着替えた後、浩之が二人を連れていったのは海水浴場から離れた人気の
ない岩場の方だった。
 岩場といってもそうゴツゴツしてなく、波で丸くなった岩だ。腰をかけるのにはちょうどいい具合だった。
「ホントにここで泳ぐの? 浩之ちゃん……」
「ここなら自由に泳げるからな」
 確かにそうなのだが、あかりはちょっと不安になっていた。こんなとこで泳いでもし岩にでも
当たったら危険だと言いたいのだ。
 それには雅史も同感だった。
 気にせず泳いでいるのは浩之だけで、他の二人は心配そうにそれを見ている。
 遠くには海水浴場に来てる客が見える。だれもこっちに気づいていないようだった。
「何だよ、泳がないのか?」
 浩之が二人をさそう。
 最初におれたのは雅史だった。
「そうだね、泳ぐよ」
 そういうと岩場から飛び込んだ。
 ザバッと水しぶきがあがる。思ったよりは深くなかった。立って肩までで足がつく。これなら
あかりでも海面に顔が出るだろう。
 そう言ってさそうが少し渋っているようだ。
 浩之がもう一度さそうと、腹をくくったのか立ち上がった。のだが……
 ズルッ
 ゴチッ
 まさにそんな音が似合いそうな転び方だった。
 いくら鈍いあかりでもとっさに手をついたが、転んだ拍子に手と足をすりむいた。特に膝からは
少し血が出ていた。
「大丈夫か!?」
 浩之と雅史は慌てて岩場に登ろうとしたが上手くいかない。仕方なしに少し離れた所からあがった。
「おい、大丈夫か」
「うん大丈夫だよ」
 言葉の通りあかりの傷はひどくなかった。とは言え、血がにじみ痛そうではあった。
「でも海に入るのはやめておいた方がいいね」
 あかりは持って来た荷物からハンカチを出した。傷に当て、雅史の言葉にちょっと悲しそうにうなずいた。
浩之がそんなあかりに問いかける。
「どうする? もう帰るか?」
「えっ……ううん、私はちょっと休んでるから二人は泳いでて」
 あかりはそう言うと、岩の上に座った。
 二人に気を使っているのはあきらかだった。浩之は、そんなあかりをもどかしく思ったことがあった。
 昔からこいつは人に気を使いすぎるんだよ、と。
 結局あと30分位泳いだら帰ることにし、浩之は思いついた悪戯をするべく海に飛び込んだ。

「えっ!! 浩之ちゃん!!」
 あかりは思わず叫んでいた。
 あかりの視線の先には浩之がいた。海面でもがいてる浩之が。
 泳ぎは一番上手い浩之だ。もしかしたら足でもつったのかもと心配になった。急いで雅史をさがすが
遠くの方に影が見える。
「雅史ちゃん!」
 叫んだが雅史はその様子に気づいていなかった。それに遠すぎる。
 あかりは怪我をしてるのも忘れて海に飛び込んだ。

「バカァ! 浩之ちゃんのバカァ!」
 あかりは泣いていた。
 浩之のもとまで泳ぎ、おぼれていたのは演技だと知り、安心したのか涙があふれてきた。
それに思い出したかのように足が痛くなってきた。
 そのころには雅史も様子がおかしいのに気づいてやってきた。怪我をしてるはずのあかりが岩場に
ではなく、浩之の所にいたのだから不思議に思った。
「どうしたの? 何かあったの?」
 浩之がばつの悪そうな顔をしていると、あかりが元気のない声で答える。
「なんでもないよ。もう帰ろ、いいでしょ雅史ちゃんも浩之ちゃんも」
「うん。僕はいいよ」
「二人は先に上がっててくれ。すぐ行くから」
 浩之はそういうと少し沖に泳いで行った。

「ねえあかりちゃん、何があったの?」
 岸に上がってあかりを座らせる。
 そうは言っても雅史には大体見当がついていた。おおかた浩之が何かしたんだろうって事くらいは。
でも自分の口からは言わない。あかりや浩之が何も無いって言うなら、それが雅史にとっての真実だった。
「別になんでもないよ」
 思った通りの答えだったが雅史は何も言わなかった。
 その時海から浩之があがってきた。
 ここまで羽織ってきた自分の上着を手に取ると、あかりに手を差し伸べた。
「あかり、帰るぞ」
 あかりが手をとって立ち上がると、その体を背にうつした。
「きゃっ!」
「雅史、あかりの荷物を持って先に行っててくれ」
 浩之はあかりを背負ったまま歩き出した。
 雅史は笑顔で二人の荷物を手に持った。
 あかりは一人とまどっていたが、浩之は気にせず歩く。
「……浩之ちゃん……」
「足……痛いんだろ?」
 ハンカチは海に入ったときはずれて流れてしまっていた。
「さっきは悪かったな……」
 小さく、あかりにだけ聞こえるように呟いた。あかりも浩之の背中で小さく首を振る。
 もういいよ…と言うように。
「でも、ホントに心配したんだから……」
 ちょっと怒ったような、ちょっと笑っているようなそんな口調で呟いた。
「でな……これ」
 そう言って上着のポケットからハンカチを取り出した。
 さっき流されたあかりのハンカチだった。
 浩之がさっき沖に泳いでいったのは、これを取りに行ったのだ。
 あかりがそれを受け取ると、ハンカチだけではないことに気がついた。

「これ?」
 ハンカチにくるまれる様に入っていたのは小さな石だった。
 角の取れた丸く小さな石。
 少し赤みがかった綺麗な石だった。
「さっき見つけたんだ。お前にやるよ」
「えっ……ありがとう、浩之ちゃん」
「要らないんならすぐ捨てろよ」
「えっ……ううん、要るよ。ありがとうね」
 あかりは嬉しそうにその石を眺めた。それを背中に感じながら浩之は小さく呟いた。
「……なんだかあかりって感じの色だったからな………」



「ねえ、浩之ちゃん。また海に行きたいね」
 あかりがポケットの中のそれを確かめて言った。
「そうだな……久しぶりに行くか。二人っきりで」
「えっ……浩之ちゃん………」
 あかりは真っ赤になった。
「冗談だよ」
 浩之はあかりの頭をぽんと叩くと先に歩き出した。
「もう……」
 いつものようにあかりが着いてくる。

 いつものように……
 おそらくこれからも………


    終わり

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 初投稿です(おそらく最初で最後かな・・・)

 初めてですわ。こんなの書くのって
 今までオリジナル小説の方は書いてたんですが、
 既存の物の小説って・・・難しい
 書いてて楽しかったですけどね

 また気が向いたら書くかもしれません
 それでは、その時まで・・・