ガッツだ坂下! 投稿者:OLH 投稿日:10月15日(日)22時32分
=== ガッツだ坂下! ===

「よう、坂下」
「なに、藤田。あなたが私に声をかけるなんて珍しいわね」
 土曜の放課後、教室を出たところで突然声をかけられ後ろを向くと、そこにい
たのは藤田って男子だった。別に特に親しくしてるわけじゃないけど、最近は綾
香や葵とこいつが一緒にいることが多いせいか、話をする機会が少なからずある。
とは言っても、今まで学校でお互いに声をかけることなんてなかったはずだけど。
 でも、だからといって無視する理由もないし、少々いぶかしさは感じたけど返
事をしたら。
「ああ、ちょっとデートにでも誘ってやろうかと思ってさ」
 なんて台詞をさらっと言ってきた。
「デ、デートって……だったら綾香か葵でも誘ったらいいでしょっ」
 その言葉が私をからかってるものだってのは見え見えだったけど……今までそ
んな経験が皆無の私はちょっと声が上ずってしまった。
「葵ちゃんも綾香もトレーニングで忙しいらしいしさ。ほらエクストリームも大
会が近いだろ」
 なんだ、やっぱり私は代役か、なんて考えがちらっと頭をかすめる。
「私だってトレーニングがあるんだけど」
「まあ、そんなこと言わずにさ。たまには息抜きも必要だろ。それにこれから行
くのだってちょっとしたトレーニング代わりにはなると思うぜ」
 奴のその言葉に、私はちょっと興味をひかれた。
「トレーニング代わりになる? いったい何しにいくの?」
「ボーリング。腕の筋肉つけるのにいいと思わねーか?」
「あのねぇ……空手ってのは腕の筋肉だけつけりゃいいってものでもないんだけ
ど」
「そこをなんとかっ! なあ、頼むよ」
「……はいはい」
 その藤田の態度が妙に哀れっぽくてかわいそうなのと、なんだか綾香や葵に勝っ
たような気がして、私は藤田について行く事にした。

  * * * * *

 ガコーン…ガコーン…ガコーン

「……ねえ、藤田」
「ああ? なんだ? 周りがウルサイからよく聞こえねーよ。もっと大きな声で
しゃべってくれ!」
 かなり動きまくって暑いのか、上半身Tシャツ一枚の姿で藤田が答える。
「ボウリングに行くはずじゃなかったのっ!」
「ああっ!? だからしてるだろ、ボーリングっ!!」
 そう。私は今、工事現場で、なんだかよくわからない機械で穴を掘っている。
「……そりゃ確かにこれもボーリングかもしれないけど……でもやっぱり嘘じゃ
ないのっ? こんなのっ?」
「嘘なんか言ってねーよ。それにほら、腕の筋肉だってつくだろ。よかったじゃ
ねーか」
「この、うすらとんちきっ!」
 この肩の震えは機械の振動のせいなのか、それとも怒りからくるものなのか。
「あっはっは、威勢のいいねーちゃんだね。どーだい、学校でたらうちに入らな
いか」
 私と藤田の会話を聞いていたのか、後ろからやたらごつい体つきの女の人が声
をかけてきた。さっき聞いたところでは、この現場の責任者らしい。
「だろ? オレもそう思ってこいつ連れてきたんだ」
「なんだったら学校なんてやめちまって、今すぐにでもうちに来ないかい? あ
んたならすぐにうちに馴染めると思うぜ」
「……結構ですっ!!」

 ……なんで私はこんな所に来てしまったんだろうと思いながら。
 だったらこんなことしてないで、とっとと帰ればいいじゃないかと思いながら。
 それでもまじめに仕事をしている律儀な性格の自分が、今は無性に恨めしかっ
た。