=== ガッツだ坂下! === 「よう、坂下」 「なに、藤田。あなたが私に声をかけるなんて珍しいわね」 土曜の放課後、教室を出たところで突然声をかけられ後ろを向くと、そこにい たのは藤田って男子だった。別に特に親しくしてるわけじゃないけど、最近は綾 香や葵とこいつが一緒にいることが多いせいか、話をする機会が少なからずある。 とは言っても、今まで学校でお互いに声をかけることなんてなかったはずだけど。 でも、だからといって無視する理由もないし、少々いぶかしさは感じたけど返 事をしたら。 「ああ、ちょっとデートにでも誘ってやろうかと思ってさ」 なんて台詞をさらっと言ってきた。 「デ、デートって……だったら綾香か葵でも誘ったらいいでしょっ」 その言葉が私をからかってるものだってのは見え見えだったけど……今までそ んな経験が皆無の私はちょっと声が上ずってしまった。 「葵ちゃんも綾香もトレーニングで忙しいらしいしさ。ほらエクストリームも大 会が近いだろ」 なんだ、やっぱり私は代役か、なんて考えがちらっと頭をかすめる。 「私だってトレーニングがあるんだけど」 「まあ、そんなこと言わずにさ。たまには息抜きも必要だろ。それにこれから行 くのだってちょっとしたトレーニング代わりにはなると思うぜ」 奴のその言葉に、私はちょっと興味をひかれた。 「トレーニング代わりになる? いったい何しにいくの?」 「ボーリング。腕の筋肉つけるのにいいと思わねーか?」 「あのねぇ……空手ってのは腕の筋肉だけつけりゃいいってものでもないんだけ ど」 「そこをなんとかっ! なあ、頼むよ」 「……はいはい」 その藤田の態度が妙に哀れっぽくてかわいそうなのと、なんだか綾香や葵に勝っ たような気がして、私は藤田について行く事にした。 * * * * * ガコーン…ガコーン…ガコーン 「……ねえ、藤田」 「ああ? なんだ? 周りがウルサイからよく聞こえねーよ。もっと大きな声で しゃべってくれ!」 かなり動きまくって暑いのか、上半身Tシャツ一枚の姿で藤田が答える。 「ボウリングに行くはずじゃなかったのっ!」 「ああっ!? だからしてるだろ、ボーリングっ!!」 そう。私は今、工事現場で、なんだかよくわからない機械で穴を掘っている。 「……そりゃ確かにこれもボーリングかもしれないけど……でもやっぱり嘘じゃ ないのっ? こんなのっ?」 「嘘なんか言ってねーよ。それにほら、腕の筋肉だってつくだろ。よかったじゃ ねーか」 「この、うすらとんちきっ!」 この肩の震えは機械の振動のせいなのか、それとも怒りからくるものなのか。 「あっはっは、威勢のいいねーちゃんだね。どーだい、学校でたらうちに入らな いか」 私と藤田の会話を聞いていたのか、後ろからやたらごつい体つきの女の人が声 をかけてきた。さっき聞いたところでは、この現場の責任者らしい。 「だろ? オレもそう思ってこいつ連れてきたんだ」 「なんだったら学校なんてやめちまって、今すぐにでもうちに来ないかい? あ んたならすぐにうちに馴染めると思うぜ」 「……結構ですっ!!」 ……なんで私はこんな所に来てしまったんだろうと思いながら。 だったらこんなことしてないで、とっとと帰ればいいじゃないかと思いながら。 それでもまじめに仕事をしている律儀な性格の自分が、今は無性に恨めしかっ た。