「お昼寝」 投稿者:OLH
琴音ちゃんの話です。(でも浩之の一人称)
ネタばれを含む可能性があるので、これが嫌な人は飛ばして下さい。



=== お昼寝 ===

 男が鼻歌を歌いながら明日の準備をしてるとこなんて、傍目にはキモチワルイ事
だってのはわかってる。んだけど、やっぱり浮かれちゃうんだよな。
 なんせ明日は琴音ちゃんとの初デートっ!
 中間テストも無事(かどうかはもう少し経たないとわからないけど)終わり、オ
レたちは久しぶりの休日を楽しむため、一緒に遊園地に行く約束をしたのだっ! 
これが浮かれずにいられよーかっ、てなもんだ。
 例の噂もほぼ静まり、だんだん明るくなってきた琴音ちゃんは、最近、男子生徒
の中で注目の的になりつつある。その琴音ちゃんを明日は独り占めできるのだから、
どーだ、てめーら、うらやましかろー、と会う人会う人にふれまわりたかったぐら
い嬉しくてしかたないのだ。鼻歌ぐらい歌って当然であろう。

 とはいえ、男の身仕度なんて着ていく服と財布さえありゃそんなに困る事はない。
後は時間に遅れないようにするための時計とハンカチ、ティッシュぐらいあればい
い。そんなものは明日起きてから準備したって十分なんだけど、実は興奮して寝ら
れなくて、だもんだからこーして準備に勤しんでるわけだ。
 ちなみに弁当に関しては琴音ちゃんが腕によりをかけて用意してくれるとの事で、
オレは何も心配する必要が無い。

 でも。しかし。さすがに。
 これで20回目のチェックともなるといいかげん自分に突っ込み入れたくなる。
まったく、そんな事より早く寝なきゃいけないだろうに、と。
 いや、そんな事はわかってるんだけど、寝られないんだからしょうがない。
 でもってオレは、こんな事は小学校の遠足以来だよなぁ、とか考えつつ21回目
のチェックに入ったのだった。

 結局オレが眠りについたのは、日も昇ろうかという6時前だった。


 ちなみに持ってく物のチェック回数は3桁を越えていた事だけ告白しておく。

---

 翌日、というか当日。
 お約束どーり、オレは寝坊した。

 しかし、これを予想した訳でもないが、待ち合わせ時間を遅めに設定しておいた
おかげで、オレはなんとかぎりぎり待ち合わせ時間に間に合う事ができた。
 でもやっぱり、琴音ちゃんを待たせてしまったのは失敗だよなぁ。こーゆー時は、
男の方が先にいて待っててやらなきゃ。

 なのに、琴音ちゃんはそんな事はまったく気にもせず

「藤田さん、おはようございます」

 と、きらきらした笑顔でオレに挨拶してくれたのだった。
『ああ、こんな事ならはりきって待ち合わせ時間の2時間も前に目覚ましをセット
するんじゃなかった。どーせここまで20分もかからずに着けるんだし』
などと変な後悔をしたが、せっかくのきらきら笑顔に水をさすのもなんなので、

「よっ、おはよっ!」

 とオレは明るく装って返事をした。うう、罪悪感、感じまくり。

---

 遊園地について、最初に乗ったのはジェットコースターだった。なにせ、この手
の人気アトラクションは、早めに乗っておかないと何時間も待たされる事になりか
ねない。
 琴音ちゃんは結構こういったスリル系のものが好きらしく、きゃぁきゃぁ言いな
がらも楽しそうに笑っていた。オレも当然この手のやつは好きなので一緒に楽しん
でいたのだが、寝不足がたたって軽く酔ってしまった。

 次に乗ったのはループコースターだった。
 琴音ちゃんはこれも楽しんでいたが、オレは酔いを増してしまった。

 その次に乗ったのはナイトメアという室内型のジェットコースターだった。
 琴音ちゃんは当然これも楽しんでいたが、オレはさらに酔いを増してしまった。

 でもって今乗ってきた海賊船。これが完全にもくろみ違いだった。
 所詮ブランコのでかいやつと思っていたら、これが脳味噌を徹底的にかき回して
くれて、もうオレは完全にグロッキーになってしまった。まったく、寝不足じゃな
きゃ、こんな事でこんなにへろへろにならないんだけどなぁ。

「えっと、それじゃ、次は…」
「たんま、琴音ちゃん」
「はい、なんですか?」
「次はもう少しおとなし目のやつにしよう」
「あの、藤田さん。もう、お疲れですか?」
「ああ。正直、ちっと辛い」
「あの、お身体の具合でも悪いんですか?」
「いや、オレも年だから、ちょっと若いもんにはついてけないなぁ、と」

 情けない言い訳をするオレ。それに対し

「そんな、1つしか違わないじゃないですか」

 とか言いながらも琴音ちゃんは

「じゃあ、あれなんかどうです?」

 とオレを気遣って言ってくれた。

 彼女が指したのは観覧車だった。
 やっぱり観覧車ってのは夕方になってからロマンティックな雰囲気で乗りたいと
ころなのだが、いかんせん身体が激しい乗り物を拒絶するので、オレは琴音ちゃん
の提案を受け入れる事にした。

---

 当然ながら観覧車にはすぐに乗る事ができた。

「わぁ。あっちの方、あれ学校じゃないですか?」
「ああ、そうみたいだな」

 嬉しそうにはしゃぐ琴音ちゃんを見ていたら、何かとってもいとおしくなって
しまった。やっぱり2人きりの空間ってのは、そういう気分になりやすいものら
しい。

「ほら、あんなに遠くの建物まで見えますよ」
「ああ、本当だな」

 我ながら返事が上の空になっているのがよくわかる。

「うわぁ、山がきれい……」

 オレは一心に外の景色を眺める琴音ちゃんの頬に手をやった。

「えっ?」

 そして、そのまま琴音ちゃんに顔を近づけると、オレは軽く触れるだけのキスを
してしまった。

「あっ」

 琴音ちゃんは真っ赤になってうつむいてしまった。
 オレも自分のした事に驚いて、その後はずっと外の景色を見るばかりだった。

---

 観覧車から降りた後、オレたちはお互いに気恥ずかしくて相手の方を見る事がで
きなかった。

「あ、あの……そろそろ、お昼にしませんか?」
「あ、ああ。ちょっと早いけど、そうしよーか」

 ちょっとぎくしゃくした会話の後、オレたち2人は弁当を広げられる場所を探し
て歩きはじめた。ちらっと見ると、琴音ちゃんは両手でバスケットを持ち、少しう
つむいた感じで歩いていた。

 ええーい、ここまできたらっ。

 オレは勇気を振り絞って琴音ちゃんの肩に手を…手を……かけ……か…け……
 ……ふぅ。 わんす、もあ、とらい。
 オレは勇気を振り絞って琴音ちゃんの肩に手を…かけ……た。(ぃよっし!)
 ぴくっ、として立ち止まり、オレの方を見る琴音ちゃん。

 数瞬の間。

 ふっと潤んだような瞳になって、琴音ちゃんはわずかにオレに身体を預けるよう
にした。
 そして、2人はそのままゆっくり歩きはじめた。
 オレはこのままの時が永遠に続いたら、と思った。

---

 ほんのわずかな至福の時間で、オレたちは昼飯を食べるのによさそうなベンチを
発見してしまった。わずかにこの遊園地を設計した奴を呪ったが、まあ、いい。琴
音ちゃんと並んで食事するというのも、また別の幸福である。

 さすがにベンチに座った直後は、また会話が固くなってしまったが、琴音ちゃん
お手製のサンドイッチを半分ほど平らげるうちにはいつもの調子に戻る事ができた。

「うん、すげーうまいよ。これ、琴音ちゃんが1人で作ったの?」
「…はい。ママは、わたしの事を避けてますから……」

 やべっ。考え無しの発言をしてしまったみたいだ。まさか、この会話の流れで、
そっちの方に考えが行くとはっ。これは無理矢理にでも話の流れを変えねばなるま
い。ここから話を変えるとなると、おもいっきりベタだが、これしかあるまい。
 と、ここまでわずか0.05秒で考えるとオレはこう言った。

「そうか、これなら琴音ちゃん、すぐにでもお嫁にいけるね」
「お嫁さん、ですか?」

 そして琴音ちゃんは、ちょっと首をかしげて、やわらかい微笑みを浮かべると

「ありがとうございます」

 と言った。
 うーむ。かなり察しのいい琴音ちゃんの事だ。きっとオレの愚かな考えなど、お
見通しなんだろう。しかし、ここはそれを承知の上で話を切り替えねばならない。
 ここまでわずか1ミリ秒で考えて、オレはさらに言った。

「あの、オレさ、今、一人暮らしだろ。家庭料理なんて滅多に無くてさ。だから今
度うちに飯、作りに来てくれないかな〜〜なんて…」
「はい、いいですよ」

 にっこり微笑んで、そう答える琴音ちゃん。

「え? ほんと? やったーー」

 なんかものすごく偶然だけど、また一つ、嬉しい約束をしてしまった。

---

 楽しい昼食も終わり、オレたちは次のアトラクションを求めて歩き始めた。


 昼飯後、最初のアトラクションはゴーカートに乗った。
 2人で競争したのだが、結果はオレの惨敗だった。体重差とかもあるかもしれな
いが、これは絶対エンジンの差に決まってる。思えばこの車を指定した係員のにー
ちゃんが、琴音ちゃんの事をやたらちらちら見ていた気がする。きっとこれはオレ
に恥をかかせようという陰謀に違いない。

「なんか、わたしの車の方が調子が良かったみたいですね」

 ほーら見ろ。琴音ちゃんはちゃんとわかってる。お前のそんな姑息な陰謀なぞ通
用するものか。
 オレが係員のにーちゃんの方を見て、そんな事を考えていると、

「どうかしました?」

 と、琴音ちゃんが尋ねてきた。

「いや、なんでもない」
「じゃ、早く次に行きません?」
「うん、今度は何がいい?」
「ええと、そうですね…」

 なんとか、ごまかせたかな?


 次に乗ったのはメリーゴーランドだった。
 正直、乗るまでは恥ずかしかったが、琴音ちゃんと並んで馬に乗れば、そこは2
人の別世界。何かきらきらした幻影の世界を楽しんでしまった。

「なんか夢がかなっちゃったって感じです」

 メリーゴーランドから降りると、うっとりした表情で琴音ちゃんがそう言った。

「夢?」
「はい。やっぱり大好きな人とメリーゴーランドに乗るって、女の子の夢、みたい
なところがありますから」
「ふーん、そんなもんなの?」
「ええ」

 ま、琴音ちゃんが喜んでくれたんだし、いっか。


 その次に向かったのはお化け屋敷だった。

 実はオレは、琴音ちゃんが本当はお化けが苦手らしいという情報を手に入れてい
た。自分が超能力なんてものを持っているせいか、幽霊の類も信じているらしく、
当然お化け屋敷も苦手にしているらしい。もっとも、この情報、出所が出所なもん
だから、はたしてどこまで信用していいのかは不明だ。
 しかし、それを抜きにしても彼女とお化け屋敷に入るってのは男の永遠のロマン
なわけで、実は俺はこれを最大の楽しみとしていたとこもある。

 というわけで、今、目の前にそのロマンの対象があるのだった。

「そ、それじゃ、入りましょうか」

 こころなしか恐がっているように見える琴音ちゃんを連れ、オレはロマンに向け
て最初の一歩を踏み出した。

---

    うけけけけけけ
    きゃーーーーー

 安っぽい効果音の響く中、オレたちは順路に従って歩みを進めていた。
 がたんっ! という音と共に落ち武者の死体がオレたちの前に出てきた。

「きゃーーーっ!」 どがったーん!

 琴音ちゃんの悲鳴とともにその横にあった石燈籠が大きな音を立てて倒れた。
 オレはそれにはびっくりしてしまったが、何とか平静を保って抱きついてくる琴
音ちゃんを受け止めた。

「ほら、作り物だから大丈夫だって」
「は、はい」

 そしてさらに先に進もうとした瞬間、今度は反対側から、ろくろ首が出てきた。

「きゃーーーっ!」 ばきっ!

 今度はろくろ首の根元が折れてオレたちの方に倒れかかってきた。
 さすがにこれには慌てたが、なんとか声をあげずに済み、琴音ちゃんを抱えるよ
うにしてそれを避ける事ができた。

「うーん、最近のお化け屋敷って凝ってるんだね」
「は、はい」

 などと言いながらオレたちは先に進んだ。

 次に出てきたのはオーソドックスな幽霊だった。

「うらぁ〜めしぃ〜やぁぁ〜〜〜」
「きゃーーーっ!」 ずだんっ! 「うきゃぁー」

 何かに足を取られたかのようにコケた幽霊(おそらくバイト)が悲鳴をあげた。
それにつられて琴音ちゃんも

「きゃーーーっ! きゃーーーっ! きゃーーーっ!」

 と悲鳴をあげ続け、

どべきっ! がしゃんっ! ぐわっしゃっ!

 まわりで立て続けにいろんな物が壊れはじめた。
 一瞬ぼけっとしてしまったが、ここにいたって何が起きているのか理解したオレ
は、慌てて琴音ちゃんを抱きかかえるようにすると出口に向かって走りはじめた。

「きゃーーーっ! きゃーーーっ! きゃーーーっ!」
げしゃっ! ぼきっ! どしゃっ!

 なんか予想外の事態に館内がパニック状態になりはじめてる気がしたが、それを
無視してオレたちは外に飛び出した。そしてそのまま一目散に走り出した。

---

 自然広場と名付けられた芝生の広場まで来て、ようやくオレたちは立ち止まった。
そしてお互いに顔を見合わせ吹き出してしまった。
 笑いの発作が一段落ついてからオレは琴音ちゃんにさっきの事を確認してみた。

「あれって、やっぱり琴音ちゃんなの?」
「そうみたいです……」

 ちょっと恥ずかしそうに答える琴音ちゃん。

「でも確か力のコントロールできるようになったんだよね?」
「ええ、そうなんですけど……」

 少し言いよどんでいたが、琴音ちゃんはオレの方をまっすぐ見ると話を続けた。

「実は今日、少し体調が悪くて、コントロールが甘くなっているみたいなんです」
「え? 体調が悪いって、大丈夫なの?」

 心配して聞くオレに琴音ちゃんは恥ずかしそうに答えた。

「あ、はい。そんなたいした事じゃなくて、ただの寝不足ですから。昨日の晩、今
日の事をずっと考えていて寝られなかったんです」

 その答えを聞いてオレは少し苦笑してしまった。

「そんな、笑わないで下さい」

 ちょっと悲しそうな顔になって言う琴音ちゃんにオレは言った。

「ごめんごめん。いや、オレも同じだったからさ」
「え?」
「実はオレも今日の事考えると寝られなくてさ、寝不足なんだ」
「あ、だからジェットコースターとかで気分悪くなっちゃったんですね」

 そう言うと琴音ちゃんは、ほっとした顔つきになった。
 そして2人で見つめあって、また笑いだしてしまった。

 2回目の笑いの発作が収まると、琴音ちゃんは急に眠たそうになった。

「すみません、藤田さん。わたし…」
「ああ、いいよ。わかってる」

 ただでさえ寝不足の所に、あれだけ力を暴走させたんじゃ眠たくなってもしかた
ない。オレは上着を芝生に敷くと、その横に寝っころがった。

「あの?」
「どうせならさ、一緒に昼寝しようぜ。オレもどうせ寝不足だし」
「でも……」
「ほら、こっち来てさ」

 琴音ちゃんは少し恥ずかしがっていたが、すぐにオレの隣で横になった。

「それでは、藤田さん。おやすみなさい」

 そういうと横向きに少し丸くなるような格好でこっちを向きながら、オレの腕を
枕にして琴音ちゃんはすぐにかわいい寝息をたてはじめた。
 そんな琴音ちゃんを見てオレは幸せいっぱいな気持ちになった。

「ふわぁーーぁ」

 そして欠伸を1つあげると、オレもすぐに眠りに落ちた。

---

 ぽかぽかとした陽射し。
 そよそよと吹く風。
 うららかな午後のひととき。

 オレたちは一緒の夢を見た。

=== 了 ===



別に方針転換したわけじゃありませんが、ほのぼの(というかラブコメか?)です。
実のところ、こーいった身をよじきっちゃうよーな話を読んだり書いたりするのも
好きなんですね。ダークな話の件が無くても、いつかは出てた話です。


基本的に今回の話は、力を暴走させて眠りに落ちる琴音ちゃんと一緒に昼寝する、
というだけのものです。
が、この話、随分前から暖めていて、「夢の〜」を終わらせてからの方がよさそー
だったんで密かに育ててたら、おとーさんはそんなおっきな子に育てたつもりはあ
りませんっ、てなぐらい大きくなっちゃいました。当初の予想ではこの半分ぐらい
の大きさのはずだったんですが。
なんとか、ほんわかな雰囲気を作ろうとしてエピソードを追加していったら、この
始末。どうせなら他の話のためにとっといた方が良かったかも。


読み直していて気付いた事。
ご飯を作りに行く約束をするシーン、これってもしかして琴音ちゃんはここまで計
算して最初に母親の事を持ち出したんではなかろうか……
琴音ちゃんって実は結構切れる小悪魔ではないかという気が時々するし。
しかし、うーむ。まさか自分の書いたもので、そんな疑いを持ってしまうなんて。
恐るべし、琴音ちゃん。
これはぜひ、皆さんの意見を聞いてみたいとこですね。


で、次はギャグに走る予定なんですが、資料がそろわなくて完成してません。
最悪、それさえもネタにするかもしれないけど。
とういわけで、どなたか4番「飛行機」と5番「紅一点」と10番「きこり」のマ
シーン名がわかる人、教えて下さい。「紅一点」は「プッシーキャット」らしいん
だけど、さすがに自信持てなくて。(さて、何を書こうとしてるでしょう(笑))

では。



=== おまけ ===

しくしくしく

「どうしたんだよ、ネーチャン」
「今日ね、遊園地のアルバイトでまたコケちゃったの。そしたらなんかいろんな物
が壊れちゃって、わたしのせいだから、もう来なくていいって言われちゃったの」
「気にすんなよ。誰だって失敗する事はあるんだから」
「うう、わたしってば、どうしてこんなにコケるのかしら」

ちゃんちゃん

=== 了 ===