「夢の始まり」 投稿者:OLH
「夢の終わり」の続きです。ラストです
今回もやたら長いので、あらすじは省略します。



=== 夢の始まり ===

 わたしが目覚めて2週間が過ぎた日、長瀬主任さんが小さな包みを持ってわたし
の部屋を訪ねていらっしゃいました。

「さてと、もう今の生活にも慣れてきたかな?」
「はい、なんとか」

 そうわたしが答えると主任さんはほんとに軽く、でも真剣な眼で言いました。

「うん、ではそろそろ君を起こした理由を話す事にしようか」

 わたしは何故かその話を聞くのが恐くてなりませんでした。でもやっぱり、わた
しはその話を聞かなければならない、そう頭のどこかで何かがささやいていました。
 そして主任さんは語りはじめました。

「まずは一番大きな理由から話す事にしよう。君が今また目覚めさせられたのは、
今年が君のご主人様、藤田浩之氏の200回目の命日にあたるからなんだ」
「200回目の命日……」

 その言葉はわたしにするどく突き刺さりました。わかっていたことだけど、浩之
さんはもうこの世にはいないという事実がわたしの中で痛みとなって駆け回りまし
た。同時に、わたしはあることに気がつきました。

「あ、でも今年で200回目ってことは、浩之さんは26才で亡くなったってこと
ですか?」
「そういう事になる」

 また1つ、わたしの中に痛みが生まれました。
 浩之さんがそんなに若いうちに亡くなっていただなんて……

「浩之さん……」
 ぐすっ、えっく、ひっく

 主任さんはわたしがなんとか気分を落ち着けるまで話を待ってくれました。

「いいかな? 続けるよ?」
「はい…ひっく」
「藤田浩之氏の死は、今の我々にとっても大事な事なんだ。だから今年、200回
目の命日を記念し、彼が望んでいただろう事を実行する事になった」
「はい」
「それはマルチの幸せ、すなわち君の幸せだ」
「わたしの…幸せ?」
「そう。藤田氏は最後まで君の幸せを願っていた。君が現実の世界で生き、様々な
経験をする事を。なにより君が現実の世界に戻ってくる事を」
「……」
「だから我々は君を目覚めさせる事にした。例えそれがどんな結果を生むとしても」
「…浩之さん…ひっく」

 また悲しみがあふれてきて、だからわたしはその時、主任さんの言う「結果」が
どういうものかまったくわかりませんでした。

「それからこれは私の、というかご先祖様の願いでもある」

 また泣き出しそうなわたしを、今度はそれを留めるためか主任さんは話を続け
ました。

「…ひっく…あの、それはどういう?」
「つまりご先祖様は君に謝罪しなければならないという事だ」
「謝罪って、わたしは昔の主任さんにも、今の主任さんにも、とっても良くしても
らってます。なんにも謝られことなんかないです。それよりわたしが皆さんに感謝
しなくちゃいけないぐらいで…」
「いや、違うんだ。ご先祖様は君と藤田氏に取り返しのつかない事をしてしまって
いる」
「……」
「一方でその事が今の世界を創る要因にもなっている。が、だからといって君達に
謝罪しなくて良い訳ではない」

 そして話を一旦区切ると、主任さんは手元に置かれた小さな包みを開け1冊の本
を取り出しました。

「この本には、君が眠りについてからの藤田氏の事が書かれている」
「!」

 わたしの身体が一瞬ぴくんと跳ね上がりました。
 わたしを見つめる主任さんの眼はわたしを哀れんでるようでもあり、悲しそうで
もあり、また、とても深い優しさも持っていました。

「そして、それに付随して起こった様々な出来事についても書かれている。君には
この本を読む資格と共に義務がある。また、この本を君に渡す事は私のご先祖様の
償いでもあり懺悔でもある」

 そう言うと、わたしにその本を手渡してくれました。

「君がその本を読んだ後どうするかは、君自身が決めなさい」

 そしてわたしの両肩にやさしく手を置き、わたしの眼を見つめて言いました。

「ただ1つ。これだけは忘れないでくれ。君のご主人様、藤田浩之氏は君の幸せを
心から願っているという事を」
「はい…」

 主任さんはわたしの返事を聞くと、部屋を出ていかれました。


 その本はとても古臭かったくせに、誰も手をつけていない新しさもありました。
 帯には《世界が泣いた/ノーベル平和賞授賞の著者が自ら書く、自身の半生を決
めた出来事の感動のドキュメント》と大きな文字で書いてありました。

 著者名は《長岡志保》となってました。
 これはやっぱり浩之さんのお友達の志保さんなんでしょうね。
 わたしは何だか不思議な気持ちでいっぱいになりました。
 そしてわたしは、今はいない志保さんに向けて言いました。

「ノーベル平和賞ですか、すごいですね。おめでとうございます、志保さん」

 それからわたしはその本をぱらぱらとめくってみました。すると一片のしおりが
ひらひらと落ちてしまいました。拾ってみると、それには手書きでメッセージが書
かれていました。

        いつか目覚めるマルチへ 志保

 それを見て、涙があふれてしまいました。

---

 その本に書かれていたことは……あまりにも悲しくて……あまりにも辛くて……
何度も読むのを止めたいとおもいました。でも、これを読まなければ浩之さんに申
し訳ないとおもい、最後まで読み通しました。泣いてしまったらもう先を読むこと
ができなくなりそうだったので、一生懸命泣くのをがまんして読み通しました。


『今、世界の人達の半分は彼らロボットにも心がある事を理解してくれています。
しかし一方では依然、彼らロボットに心がある事を認めない人達もいます。さらに
心がある事を肯定しながら、故に彼らロボットを迫害する人達もいます。
 人とロボット、この二者が何の分け隔てもなく生活できる世界。
 それが私の、いえ、藤田浩之の望んだ世界です。
 彼の死後、私は彼の想いを受け継ぎ、その世界の実現のため世界中を渡り歩いて
きました。残念ながら私はその世界をきちんと築きあげてから彼らの元へいくとい
う約束を果たせそうにありません。でもこの私の、そして藤田浩之の願いを受け継
いでくれる人達がいまや世界中にたくさん存在しています。私はこの事が非常に嬉
しくてなりません。私はそんな皆さんに彼らの事をきちんと知って欲しくてこの本
を書き上げました。またロボットの心を否定する人に、あのような悲劇が二度と起
きないようお願いするためにこの本を書き上げました。そしてこの本が藤田浩之の
思い描いた世界になる助けになる事を願いこの本を書き上げました。
 もちろんこれで私の活動が終わったわけではありません。少しでも彼らとの約束
を守るため、これからも私はロボットにも心がある事を世界中の人達に理解しても
らうよう飛び回ります。それが今や私自身の願いでもあるのですから。
 最後に。
 いつか彼らが生まれ変わったとき、今度こそ幸せな人生をおくれる事を信じて。』


 最後のページを読み終わって、わたしはその本を閉じました。そしてテーブルに
それを置きソファに座りなおすと、ひざに置いた自分の手を見つめました。あれほ
どこの本を読み終わってから泣こうとおもってたのに、涙は出てきませんでした。

 どれくらいそうしていたのか。

 気がつくと目の前には心配そうな顔をしたマールさん達がいました。

「……わたしは……いない方が良かったんでしょうか」
「そんなことないっ!」

 わたしのつぶやきに、ティーナさんがそう叫びました。

「母様がいたから、今、みんなは幸せになれたんだからっ」
「でも……雅史さんも、あかりさんも、……浩之さんも」
「お母様、そんなにご自分をお責めにならないで下さい」
「そう、母さんが作られた時代じゃ仕方がなかったんだ」
「でも……」
「お母様!」「母さん!」「母様!」

 ふふっ

「お母様……」

 変ですね。泣きたくても泣けないくせに笑うことはできるんですから。

 ふふふっ

「母さんっ」

 ふふふふふ

「母様ぁ」

 そして。
 わたしの意識は真っ暗になりました。

---

     ふらりとソファに倒れ込んだマルチの側に、すぐにマールは駆けつ
    け容体を確認した。

    「マール姉様、母様はっ?」
    「大丈夫、負荷に耐えきれなくなってブレーカーが落ちただけ」

     慌てて問うティーナに、マールは静かに答えた。

    「でも、でもっ! 母様、あんな悲しそうな顔して、それなのにあん
    な風に笑って!」
    「母さんを信じるんだろ?」

     ルーティの言葉にはっとなるティーナ。

    「…ごめんなさい」
    「いいから。今はみんなでお母様がまた目覚めるのを待ちましょう」
    「うん、わかった」

     そしてマルチの身体をベッドにはこび寝かせると、3人はそのまわ
    りに座ってじっと待ち続けた。

---

 わたしは夢の中にいました。
 そこはミルク色の霧に包まれ、まったく先が見えない所でした。わたしはそこで
ひとりぼっちでした。わたしは誰かいないか探して泣きべそをかきながら、ただた
だ歩き回っていました。すると突然、後ろから肩をたたかれました。振り返ってみ
ると、それは浩之さんでした。

「ひ、浩之さぁ〜〜ん」
「おいおい、どーしたんだよ」
「浩之さぁ〜〜ん」
「ほらほら、泣くんじゃねーよ。それよりあっちはどうだった?」
「あの、あっちって?」
「はぁ、まったく。お前、あっちの世界に戻ってただろ? その話を聞かせろって
言ってんだよ」

 そしてわたしは、ここでのことを「思い出して」いました。

「俺達もすぐあっちに戻るけどさ、その前に今どーなってんのか聞かせろよ」
「あ……はいっ。わかりましたっ」

 そしてわたしは向こうで見たこと、聞いたことを浩之さんに話しました。

「なんだよ。じゃ、志保がノーベル賞取ったのって、ほんとだったんだ」
「失礼ねぇ。あれだけさんざん説明したってのに」

 気がつくと、志保さんも、雅史さんも、あかりさんもいました。

「んなこと言ったって、お前の情報なんて眉につば付けたって信じられる代物じゃ
ねーだろーが」
「まあまあ、それより志保のおかげでマルチも幸せに生きられる世界になってるの
が本当だってわかって良かったじゃないか」
「なによ、その言い方。雅史、あんたもあたしの言った事、疑ってたわけぇ?」
「そんな事ないよ。浩之ちゃんも雅史ちゃんも、本当は志保に感謝してるんだよ」

 みんな、あの高校の頃みたいで楽しそうでした。でもわたしは、あの本に書かれ
ていたことを思い出して、ちょっと悲しくなってしまいました。

「あの、わたし…わたしのせいでみなさん……」
「ストップ」

 わたしがみなさんに謝ろうとすると浩之さんがそれを止めました。

「その事なら随分前にみんなで話し合っただろ。誰も悪くなかったんだって。そう
思う事にしようって」
「そうだよ。マルチちゃんが謝る事なんてなんにもないんだよ」
「浩之さん…あかりさん…」
「なに、今度こそあっちでみんな幸せになれそうなんだから、それでいいじゃない
か。そんな昔の事なんか忘れてさ」

 そう言いながら浩之さんの姿が少しずつ薄くなっていきました。

「俺達もすぐにそっちに行くから。待っててくれよな」
「浩之さん…」
「今度はライバルかな? でもここでみたいに一緒に暮らせたらいいね」
「あかりさん…」
「また友達になろうね」
「雅史さん…」
「今度こそ幸せになりなさいよ」
「志保さん…」

 そして、ぱぁっと光が射してきて……

---

「母さまっ! 大丈夫っ?」

 最初に眼に入ったのは心配そうな顔をしてわたしを覗きこむティーナさんでした。

「お母様」「母さん」

 ベッドの反対側にはマールさんとルーティさんもいました。

「母様っ! 死なないよねっ! 自殺なんてしないよねっ!」
「馬鹿っ! そんな事、言うもんじゃない!」

 そうわたしに聞くティーナさんをルーティさんが叱りました。

「浩之さんに会いました」

 身体を起こして、わたしはそうつぶやきました。

「お母様……」

 わたしは誰に聞かせるでもなく、静かに話し始めました。

「わたしは、浩之さんと、あかりさんと、雅史さんと、志保さんに会いました。わ
たしはそこではみなさんと楽しく暮らしてました。でもわたしだけ、こっちに戻っ
てきてしまいました」
「母さん……」
「浩之さんは、自分達もすぐにこっちに戻るとおっしゃいました。だから……だか
らわたしも待つことにしました」
「母様……」
「だから……心配しないで下さい。わたしはちゃんと生き続けます。またこの世界
で浩之さんと会って、そして幸せになろうって約束しましたから」
「お母様」「母さん」「母様ぁ」

 みんな泣いていました。
 わたしも、泣いていました。
 しばらくの間、4人で泣き続けました。

---

 その晩、わたしはマールさん達と屋上に登って夜空を眺めました。

「あっ、流れ星っ」

 ティーナさんの言葉にそちらを向くと、輝きが4つ、街に向かって流れるところ
でした。


 浩之さん。
 また会えますよね。
 だから、それまで。
 ずっとずっと。
 待っています。

=== 了 ===



というわけで、「夢の〜」シリーズ、終了です。
ここまで長々とお付き合いありがとうございました。

あと、後書きなんですが、全体の後書きもかねてということで、これも長くなって
しまったので今回は別にする事にします。