「夢の終わり」 投稿者:OLH
「夢の外側」の続きです。
今回はやたら長いので、あらすじは省略します。



=== 夢の終わり ===

 ブゥーン

『start boot-up process』

 わたしの中で聞きなれたメッセージが聞こえてきます。

『system monitor check... OK』

 もうすぐわたしは夢から覚めます。

『all system boot-up complete. wake up HMX-12』

 ゆっくりまぶたを開きます。
 そして見えてきたものは、いつもの真っ白な天井……ではありませんでした。

「起きたかい」

 そう聞いてきたのは長瀬主任さん……のようでした。
 でも、なんかちょっと違うような?

「はい。あ、あの…」
「身体の具合はどうかな?」

 やっぱり記憶にある主任さんの声と少し違います……

「あ、あの…」
「ん? どこか調子の悪いとこがある?」

 ちょっと真剣な顔つきになって主任さんが言いました。
 でも、その顔つきもわたしの記憶とそっくりなんだけど……違うんです……

「あ、あの…」
「ほら、具合が悪いとこがあるなら話してみなさい」

 ううっ、わたし、センサーが故障しちゃったんでしょうか?

「その…」
「遠慮しないで」

 それとも、もっといろんなとこ、全部壊れちゃったんでしょうか?

「主任さんの…」
「私の?」

 わたしはスクラップにされちゃうんでしょうか?

「主任さんのお顔が変なんですぅ〜〜〜」
「プッ」「ククククッ」「クスクスクス」

 突然後ろから笑い声が聞こえてきました。
 ふり返ると長いきれいな緑色の髪の女の人が3人立っていました。

「ああ、どういう風に変なんだ?」

 それを無視して、ちょっと傷ついた表情の主任さんがわたしに尋ねました。

「あの、わたしの覚えてる主任さんのお顔となんか違うんです。それに声も」

 わたしがまた主任さんの方に向き直って答えると

「ああ、OKOK。だったら正常だよ。今が何年か確認してごらん」
「何年って、西暦何年とかですか? ええと……」

 わたしは内蔵時計を調べました。

「ええと……今は……西暦1907年……ええっ! 1907年!? 時計がこんななんて、
やっぱりわたし壊れちゃったんですか!?」
「違う違う。ちょっと待って。確認するから」

 そう言うと主任さんはぶつぶつ独り言を言いながら、わたしにつながったパソコ
ンを何やら調べ始めました。

「ああ、やっぱりそうだ。年の有効桁数が2桁しかない。まったくご先祖さんも何
考えてこんな設計してんだか。2000年問題も間近だったろうに。こりゃきっと確信
犯だな」
「あ、あの…」
「あ、ああ。だいじょぶ、だいじょぶ。マルチは壊れてないよ」
「ええっ! じゃあ、わたし、わたし、もしかして……タイムスリップしちゃった
んですか〜!?」

 後ろで大爆笑が起こりました。

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 結局わたしは故障したわけでもタイムスリップしたわけでもありませんでした。
 いえ、もしかしたらある意味タイムスリップしていたのかもしれません。
 未来の世界に……

 とにかく、主任さんのお話では、今は西暦2207年で主任さんは主任さんの何代か
後の主任さんなんだそうです。
 わたしはそんなに眠っていたのかとびっくりしましたが、その後に聞いたことは
もっとびっくりすることでした。

「という訳で、君は故障していない事をわかってくれたかな?」
「はいっ。わかりましたっ」

 わたしは自分が故障していないと知って、ほっとしました。
 どうやらスクラップにされずに済みそうです。

「さて、それじゃ次に彼女達の紹介といこうか」

 そう言うと主任さんはさっきの女の人達の方を指しました。

「彼女達は開発ナンバーHMX−712、通称マルティーナ。君の娘だ」
「えっ? あの、娘って?」

 わたしがびっくりしてその女の人達を見ると、その人達は順番に前に出て自己紹
介をはじめました。

「おはようございます、お母様。私はあなたの娘のマールと申します。先程は笑っ
てしまい申し訳ございませんでした」
「はじめまして、母さん。あたしはルーティ」
「ボク、ティーナ。よろしくね、母様」

 わたしがびっくりして返事もしないで口をぱくぱくしてると、主任さんがさらに
説明してくれました。

「彼女達は君のプログラムを元に作られたメイドロボなんだ」
「わたしを元に…ですか?」
「そう。君のプログラムや記憶データを元に新たな要素を加えて作られた、すなわ
ち君から生まれた娘なんだ」
「わたしの…娘……」
「今回、君を目覚めさせるにあたって、君のサポートをする事になった」
「はぁ、そうなんですか」
「よろしくお願いいたします」

 マールさんが、ちょっとぼけっとしてしまったわたしに挨拶してくれました。

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします〜」

 話も最後の方になって、わたしには1つの疑問が浮かんできました。

「あの、ところで……」
「ん? なんだい?」
「あの、わたしはなぜ今頃になって起こされたんですか? ほんとなら永遠に眠っ
てなければいけないはずじゃ……」
「ああ、その事に関して、今は説明できないんだ。なるべく気にしないようにして
なさい」
「……はい」

 主任さんはさり気なく、ほんとに大したことがないといった感じで答えました。
でもその中に何か重いものを感じてしまい、わたしはそれ以上聞くことができませ
んでした。

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    「さて、と」

     用意された部屋にマルチを案内するようティーナに言いつけ2人が
    出ていくと、長瀬は渋い顔になって残りの2人に話し掛けた。

    「わかってるだろうが、これから暫くの間、君達の仕事はマルチの監
    視になる」
    「はい」
    「わかっています」

     短く答える2人に長瀬は話を続けた。

    「正直、また彼女が「自殺」してしまう可能性はかなり高いと思って
    いる。だが今の世界を知ってもらう事、そして何より君達の存在が彼
    女が生きる力になるとも考えている」
    「……」
    「……」
    「とにかく君達はこれから彼女の監視と共に、今の世界に慣れるよう
    手伝ってやって欲しい」
    「当然です」
    「私達のお母様なんですよ?」
    「うん、そうだな」

     長瀬はたばこを取り出し口にくわえると両手を頭の後ろで組んで上
    を向き、そのまま火もつけずに天井を見続けた。

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 ティーナさんに案内された部屋で少し雑談をしていると、少し遅れてマールさん
とルーティさんがやってきました。そしてマールさんがわたしに言いました。

「お母様、少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。かまわないです」

 うう、なんか『お母様』なんて呼ばれるの、恥ずかしいです。

「先程の話にもありましたが、これから暫くの間、お母様に今の状況に慣れていた
だくため私達が共に行動いたします。ご迷惑かもしれませんが、ご了承の程、お願
いいたします」
「そんな、迷惑だなんて。こちらこそ、よろしくお願いします〜」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。それで早速なんですが、お母様に
は現在の世界について、幾つか知っていただきたい事があるのです。先ずは、それ
をご説明させていただきたいのですが」
「あ、そうですね。ぜひお願いします〜」

 そしてマールさん達が教えてくれたのは、今では大半の人がロボットに心がある
事を認め仲良く暮らしていること、中には人間の方と結婚したロボットもいるとい
うこと、でもまだ一部ではそれを認めない人もいること、などでした。

「とにかく母さんが作られた時代とは、その点が大きく変わっている。逆を言えば、
技術的な進歩はあるにしても、その他の生活習慣なんかはそう変わっていない」
「はぁ、そうなんですか〜。だったら、それほど苦労しないで済みそうですね」

 ルーティさんの言葉にわたしはちょっとほっとしました。

「今日は後はゆっくりお休みいただいて、明日から少しずつ外にも出ていただく予
定になっています。生活習慣は変わらないにしても、きっと色々驚かれる事が多い
と思います」
「はい、楽しみです〜」

 優しく微笑みながら言うマールさんの言葉で、わたしは何かわくわくしてしまい
ました。

「あの、母様……」
「はい、なんでしょう、ティーナさん?」
「あの、今日、その、一緒に寝ていい?」

 ちょっと恥ずかしそうな顔でティーナさんはそう聞いてきました。
 何かあったかい感じがして、嬉しくなって、だからわたしはこう答えました。

「もちろん、いいですよ」

 それを聞いていたマールさんとルーティさんが、なにかうらやましそうな顔をし
た気がしたので

「マールさんとルーティさんもいっしょに寝ませんか?」

 わたしはそう聞いてみました。

「お母様が宜しければ…」
「うん…」

 2人はそう答えました。


 「娘」達に囲まれて、手をつないで。
 その晩、わたしはとっても幸せでした。

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 そして翌日から、わたしは3人に連れられていろいろな所に行き、いろいろなも
のを見たり聞いたりしました。そして人間の皆さんとわたし達ロボットがほんとに
仲良く暮らしてることを実感することができました。
 またそういった中でマールさん達の事も、いっぱい知ることができました。


 マールさんはすごく落ち着いた人でなんでもできて、とてもわたしの「娘」だな
んて信じられません。下手をするとわたしの方がマールさんのできの悪い娘みたい
です。でもマールさんはわたしのことを「母」としてとても敬ってくれます。それ
がちょっとこそばゆかったので、もっとお友達みたいな感じで話してくれないかお
願いしたら

「お母様はお母様ですから。そんな事はできません」

 と断られてしまいました。マールさんは意外に頑固なところもあるみたいです。


 ルーティさんは話し方がぶっきらぼうで、最初は恐い人なのかと思ってしまいま
した。でもすぐに、ほんとは照れ屋さんで、とっても優しい人だっていうのがわか
りました。この前もわたしが迷子になりそうだった時、一番最初にわたしを見つけ
てくれたのはルーティさんでした。

「こんな所で迷子になるなんて。もう、こんな馬鹿らしい事であたし達に迷惑かけ
ないで」

 そう言うルーティさんの眼は言葉とは裏腹に優しさに満ちていました。


 ティーナさんは自分のことを「ボク」なんて呼んでまるで男の子みたいです。で
もそれが元気いっぱいのティーナさんにはとっても似合ってます。わたしがそのこ
とを言うとティーナさんは

「あは。母様にほめられちゃった」

 と、ぴょんぴょん飛び回りながらとっても喜んでくれました。


 それはとても楽しい日々でした。
 でもなにかの拍子で1人になると、わたしは浩之さんやわたしを作った主任さん
達がもう亡くなっていて2度と会うことができないのを思い出し、さびしい気持ち
になってしまうのを止められませんでした。

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    「いよいよ、明日だそうよ」
    「今度こそ「自殺」しないようにきちんと見張らなくちゃ」
    「そんなことないっ」

     それまで黙っていたティーナが声を張り上げた。

    「母様は自殺なんかしないもん!」

     対照的に落ち着いた声でルーティが言った。

    「しかし、前の例もある」

     それに反論するティーナ。

    「前の時は急に浩之さんの亡くなった原因を聞かされて、その上乱暴
    されたからだもん。それに」
    「それに?」
    「今度の母様はちゃんと「オリジナル」だから大丈夫だもん!」
    「そうね。確かに前の時はお母様の妹の身体だったわ」
    「確かに心は身体の影響を受ける。量産型として機能を削られた身体
    じゃ、母さんの心も弱くなってたかもしれない」
    「それに母様の心を受け継いだボク達だって大丈夫だったじゃない!」
    「確かに私達はあの事をすべて知っても、ちゃんと立ち直る事ができ
    たわ。でもそれは」
    「あたし達の身体が母さんより強く作られてるから」
    「……そしてなにより、お母様の心のすべてを受け継いでないから、
    でしょうね……」
    「でも、でも…ボクは母様を信じるっ! ボク達が信じないで誰が母
    様を信じられるのっ!」
    「…そうね、そうだったわね。娘の私達が一番お母様を信じなきゃね」
    「そうだな。マール姉、ティーナ。まずはあたし達が母さんを信じな
    くちゃ」
    「そうだよ。それでみんなで母様が幸せになるお手伝いをするんだ」
    「そうね、ティーナ。私達はそのために作られたのだから」

=== 続く ===



予想より大幅に大きくなってしまったので、分割します。
が、続きの前にいくつか。

(初校を)書きおわってから気がついたんだけど、マルチの内蔵時計の2000年問題、
「夢の中から」ではちゃんとクリアしてるんですね。これはオリジナルマルチに関
しては、これをネタにマルチをからかえるっていう長瀬主任(現代)の茶目っけか
らわざとそうなってるということで。

あと、マルティーナ。
すいません。設定、借りました。その上、性格やら何やら完全に別物になってしま
いました。「マルチの心を受け継いだ3人の娘」ってのが非常に気に入っちゃいま
して、じぶんでも書いてみたくて、今回の話に出そうかってアイデアが出て、その
まま突っ走っちゃいました。そのわりには活躍させる事ができてません。
本当にすいません>風見ひなたさん


さて、いよいよ次がラストになります。
はたしてマルチに何が起きるのかっ! (と、あおってみる)