「夢の中なら」 投稿者:OLH
間があいちゃいましたが、「夢の中から」の続きです。
例によって、以前までの話のあらすじを。

「夢の中で」
・物言わぬマルチを人間扱いする浩之は、すっかりまわりから浮いてしまっていた。
 そんなおり、マルチを辱るようなことを言われた浩之は、客を殴ってしまう。
 そのことを聞いたあかりが浩之を「なぐさめ」にくるが、浩之はこれを拒絶する。
 そして、浩之はマルチの笑顔を追い求め…

「夢の中に」
・マルチを追いつづける浩之をなんとか引き戻そうとしたが失敗したことを悔やむ
 あかり。その原因を自分だと思い込み、もう一度浩之に会うことを決意する。
 そして……

「夢の中から」
・浩之の死により雅史の所に引き取られたマルチ。せめて恩返しにと雅史の世話を
 することにしたマルチだったが、いつしか雅史はマルチに辛くあたるようになる。
 そしてマルチは泥酔した雅史に浩之の死の原因を聞かされ、さらに犯されてしま
 う。自分のせいで起こってしまったことから悲しみにくれたマルチは……


で、今回の話は「夢の中から」の裏、雅史からの話になります。



=== 夢の中なら ===

 浩之とそれを追う様にあかりちゃんが逝ってすぐ、僕は浩之の両親からマルチと
浩之宛に来たマルチの起動用DVDを形見分けしてもらった。
 浩之が逝く原因となったロボットなんか見たくないという気持ちと、せめて浩之
が大事にしていたものは残しておきたいという相反する気持ちから、僕にマルチを
託したいと考えたんだそうだ。
 僕も浩之の気持ちを知っていたから、この申し出を受けることにした。

 浩之宛に来たDVDには手紙が同封してあった。
 それはマルチの開発者から浩之にあてたメッセージだった。

 曰く、浩之を「犠牲者」と言ったことを後悔していると。
 曰く、マルチは自分の想い人の似姿であると。
 曰く、あの時のことは恋人を寝取られた男の嫉妬であると。
 曰く、ロボットを人間と同じに扱える浩之がうらやましいと。
 曰く、マルチを頼むと。
 曰く、マルチを幸せにしてやってほしいと。

 僕はこの手紙を読んだ時、浩之を襲った不幸が悲しくてならなかった。

 せめてマルチには幸せになってもらおう。
 その手伝いをするのが僕の浩之にできる最大の供養だ。
 僕はそう心に誓った。

---

 そのDVDから起動したマルチは、あの高校の頃のマルチそのままだった。
 誰よりも優しく、常に他人のことを気遣う、そんなマルチのままだった。
 だから、浩之がもうこの世にいないことを知ったとき、マルチはただ泣くしかで
きないでいた。僕はそんなマルチの頭を撫でてやるしかできなかった。

 この時、僕は密かに決意していた。
 もしマルチが浩之の死の真相を知ってしまったら……
 そうなったらマルチの心がどうなってしまうか……
 浩之の死について、マルチには一切知らせない。知られてはならないと。


 そしてマルチは僕の身の回りの世話をしてくれることになった。
 別にそんなことをしてくれなくても自分のしたいようにしてくれればよかったん
だけど、やっぱり何かしていないと悲しさが増すだけでもあり、マルチにできるこ
とは基本的には家事全般であったわけで、僕は喜んでそれを受け入れることにした。

 最初それは僕にとっても喜ばしいことだった。家事を自分でやる必要がなくなっ
たことで生活にゆとりもできたし、張り合いの様なものもできた。
 そしてなにより家に帰ると誰か待っていてくれるのが嬉しかった。
 だけどいつしか、僕の心に何か歪みが生じていた。

 会社で働くマルチの妹と、僕の家にいる浩之のマルチ。
 まったく同じはずなのに全然違うマルチ。
 僕はそのギャップに段々疲れてたんだろう。

 浩之のマルチはあの頃のように優しくて、けなげで。ほんとは自分が一番つらい
はずなのに落ち込む僕を一生懸命なぐさめたりしてくれて。
 だけど、その優しさが僕にはとても辛かった。
 浩之の哀しい想いを思い出させるから。
 なぜ、あと1日早くこのDVDは届かなかったのか。
 なぜ、あと1日だけでも浩之は思いとどまれなかったのか。
 ほんのわずかタイミングが違えば、浩之は幸せになれたのに。
 考えてもしかたないことだったけど、僕はいつもそう思ってしまう。
 そして、悲しさと辛さと悔しさと、行き場の無い怒りとが、どんどん僕の中に溜
まっていった。

---

 その頃、僕はよく浩之といっしょに行った飲み屋で2人のことをぼんやりと思い
出すのが日課になっていた。
 酒でも飲んでなければやっていられないというのもあったが、なによりマルチと
顔をあわせるのが辛かったからだ。
 マルチはまるで僕に恩返しをするみたいに尽くしてくれた。
 それが本当は浩之のためだということがわかるから僕はよけい辛くなり、マルチ
にあたり散らしてしまう。そしてそのことが僕をよけい落ち込ませ、見事に悪循環
になる。
 こんな状況を少しでも避けるため、僕はなるべく寄り道をしてから家に帰るよう
になっていた。

 浩之はあの頃から心が遠くに行ってしまっていたけれど、それでも僕達との付き
合いは大事にしていてくれた。
 よく、いっしょに飲みにも行ったし、3人で旅行に行ったこともある。
 もっともだからこそ、あかりちゃんはよけい辛い想いをしていたんだけど……

 その日もそんなことを思い出しながら1人で飲んでいると、隣の席からこんな話
が聞こえてきてしまった。

「そういやよぉ、おまえんとこのマルチ、具合はどうだ」
「ああ、例のやつ? いいぜぇ。もう毎日かわいがってるよ」
「まったく好きもんだなぁ、お前も。ま、頑張るのはいいけどよ、この前TVに出
てたような奴みたいにはなるなよ」
「あ? ああ、あの『心中』したってやつ? まさか、そこまではなんねぇよ」
「そうかぁ? お前、結構入れ込むたちだからなぁ」
「よせよ。いくらなんでもロボットなんかに恋愛感情なんか持てるはずねぇだろ」
「ま、ふつう、そうだわな」
「それによ、例の庶務課の娘、なんか最近うまくいきそうでさ。そしたらロボット
なんかいらなくなるって」
「お、あのメガネの娘?」
「そうそう。この前もデートに誘ったらさ……」

 僕はその話を聞きながら怒りにかられていた。
 浩之の想いも知らないくせに。
 浩之がどれだけ苦しんで死を選らんだのか知らないくせに。
 浩之がどれだけ真剣にマルチのことを愛していたか知らないくせに。
 浩之は決して心無い人形を愛してたわけじゃない。
 誰よりも人間らしく、誰よりも優しい心を持った存在を愛したんだ。
 浩之のマルチとお前等のダッチワイフとをいっしょにするなっ!
 そう叫んで殴り倒してやりたかった。
 浩之ならそれができただろう。
 だけど、僕は。
 僕にはただ浴びるように酒を飲むことしかできなかった。


 その日はどうやって家にたどり着いたのか、覚えていない。
 だけど、その後のことは忘れようにも忘れられずにいる。

---

 僕は泥酔してふらふらになりながら、ようやく帰宅した。
 マルチはそのまま廊下でくずれ落ちそうになる僕を部屋まで連れていき、そして
一生懸命介抱してくれようとした。

 いつものように優しいマルチ。
 だけど僕はいつもの僕ではいられなかった。
 暗い情念に包まれ、僕は決して言ってはいけないことを言ってしまった。

「人殺しロボットがよるんじゃないっ!」

 マルチの動きがぴったり止まった。
 それに追い撃ちをかけるように僕は続けた。

「僕の大切な友達を、浩之とあかりを殺したくせにっ!」

 そして僕は今までマルチに知らせまいと努力してきたことをすべて話してしまい、
さらにマルチをなじってしまった。

「泣いて見せろよ! そして浩之とあかりにわびて見せろっ! お前に本当に心が
あるんならなっ!」

 本当はマルチはあまりにも悲しくて動けないでいることを僕は知っていた。
 なのに、完全に動きを止め、何もできないでいるマルチに僕はさらに罵声を浴び
せ続けていた。

「はっ、やっぱりロボットはロボットだな。悲しいなんて感情はないんだろ」

 その時、マルチの眼から微妙に光が無くなったことに、会社のマルチと同じ眼に
なってしまったことに僕は気がついた。

「お み ず を お も ち い た し ま す か」
「はっ、いまさらロボットらしくしてどうするんだよ」

 だから、マルチがまるで感情の入ってない声でそう言ったとき僕はこう言うしか
できなかった。

「お く す り を お も ち い た し ま す か」
「…行け」
「……」
「とっとと、ここから出てけって言ってるんだよっ!!」
「か し こ ま り ま し た。 お や す み な さ い ま せ」

 そしてマルチは僕の部屋から出ていった……


 僕は罪悪感でいっぱいになっていた。
 だけどそれ以上に怒りが僕の中を充たしていた。半ば八つ当たりなのはわかって
いたが、さっき飲み屋で話していた男達への怒りが。あいつらのせいで僕はやって
はいけないことをしてしまったと。
 そして僕は彼らの話していた内容を思い出していた。怒りとさっきのマルチの話
が奇妙に融合してねじ曲がっていった。日頃は心の奥底に潜む欲望と怒りもそれに
加わり、さらに思考がねじ曲がっていった。

 押さえきれない黒い欲望が僕の中を渦巻く。
 こんなことになった原因を汚してやれと。

 気がつくと僕はふらつく足取りで居間に向かっていた。

---

 目の前に悲しみにくれ、立ち尽くすマルチの後ろ姿がある。
 涙をぬぐうことさえせずしゃくりあげる彼女の姿に、僕はさらに暗い情念を増幅
させる。
 彼女にいきなり抱きつく。
 そしていやがる彼女の服をひき千切る。

 犯せ。汚せ。復讐しろ。

 僕の中で何かがささやく。

 マルチを全裸にすると僕は彼女を床に押し倒す。
 唇を奪い、胸を乱暴にもみしだき、身体を舐めまわし、敏感なところを刺激し、
身体から力が抜けるまでマルチのことをもてあそぶ。
 そしてマルチが抵抗しなくなったことを確かめると、いっきに彼女を刺し貫き、
欲望を爆発させる。
 何度も、何度も……

---

 朝、ベッドの中で目を覚ました僕は、サイドテーブルに水差しと薬が置いてある
ことに気がついた。マルチらしい心遣いにちょっと頬をゆるめかけたが、昨日のこ
とを思い出し僕は慌てて身を起こした。そして居間に向かうとマルチの名を呼んだ。

「マルチっ!」

 しかし、いつもなら朝食の準備を終え、そこにいるはずのマルチはいなかった。
 僕は家の中をマルチを探して走りまわった。
 そしてマルチのメンテナンス用パソコンが置いてある物置で、電源を切って停止
しているマルチをようやく見つけだした。
 僕は慌ててマルチを起動した。

 ブゥーン

「このたびはくるすがわでんこうせいほーむめいどろぼっと HM−12マルチ を
おかいあげいただき、まことにありがとうございました。これよりゆーざーとうろ
くをおこないます」

 あたりを見回すと、浩之の形見のDVDが粉々に砕け散っているのがやっと目に
入った。そしてメンテナンス用パソコンのモニターに浮かぶ初期化コマンド。


 マルチがもうこの世にいないという事実を理解できたのは、バックアップディス
クの確認やマルチの再起動を散々やり尽くした後だった。

 それ以上マルチの側にいられなくなった僕は、家を飛び出していた。

---

 僕はふらふらと街を歩いていた。

 後ろから何か叫び声が聞こえた。
 あれ? なんでトラックが目の前にあるんだ?

 ああ、そうか。歩行者信号が赤だったんだ。
 それじゃ轢かれてもしょうがないよな。
 きっと罰があたったんだな。
 浩之との誓いを破ったこと。
 浩之の大事な女性(ひと)を汚してしまったこと。
 なのに、なんでそんなに優しい顔で僕をみるんだい、浩之?
 俺のせいだ? そんなことないさ。浩之はなんにも悪くない。
 あれ、あかりちゃんもいたんだ。幸せそうだね。
 ああ、そうか。今は浩之のそばにいるんだもんね。
 マルチもいるんだね。マルチ、ごめんな。え、わたしが悪い? ご主人様のされ
ることはなんでも受け入れなければならないのに?
 そんなことない。お前のほんとのご主人様は浩之なんだから。
 悪いのは僕なんだよ。ほんとにごめんな。

 ふーん。今は3人で暮らしてるんだ。
 今日からは4人?
 そうか、みんなで僕を迎えに来てくれたんだ。
 これからは4人でいっしょに暮らそう?
 そうだね。僕もうれしいよ。
 やっと、みんな幸せになれるんだもんね。
 うん。じゃあ、行こうか。

=== 了 ===



雅史が前回書いたような事をしたのは、今回の話のような流れのせいです。納得い
ただけたでしょうか。
この話、前回の話と並列に書いてて、マルチと雅史を交互に出していっしょの話に
しようかとも思ってました。が、かなり大きくなりそうだったので分割する事にし
たんですが、おかげで前回の話での雅史の行動がぜんぜん説明できてなかったんで
すね。自分では雅史の行動がわかってるから納得してたんですが、読むほうは雅史
の事情がぜんぜんわからないので謎になってしまったようです。

しかし、今回の話や(特に)前回の話、書いてて自家中毒起こして気分がダークに
なってしまいました。辛かったです。
が、何より辛かったのは反動で話をギャグに持ってきたくなってしまった事です。
たとえば雅史の飲み屋のシーン。
怒りのあまり隣の男達に電柱の影で見守るミサイル少女を投げ付ける雅史、とか。
(美加香さん、応援してます。ぜひいろいろ活躍してください)

まったく、我ながらよくこんな自家中毒するようなダークな話が書けるもんです。
なんででしょうね?

「あ、それはもしかして、好きな娘にはわざといじわるしてしまう不思議な人間の
習性ってやつですね」(マルチ@電撃大王 談)

……否定できないかも。(為念。いぢめたいのはマルチです)



今週は仕事が忙しくって、まだ皆さんのSSをきちんと読めてません。しかも社内
LANの入れ替えなんかがあったせいで、まる1日ぐらいアクセスできなかったし。

実は私は自宅でネットサーフなんぞできる環境を持ってないので、会社にこないと
ここも見られないんです。実際は仕事の合間とか落としたログを Libretto に転送
して晩飯食いながら読むとかしてますが。で、SS書くのもガストでコールドドリ
ンクバー飲みながらだったりするわけです。それが今週は帰りがやたら遅くなった
りしてできなかったんです。しくしく。
ただでさえ感想書いてないのに、たまるばっか。



最後に予告。このシリーズ、後2回の予定です。
が、はたしていつ完了するやら。
それまで我慢して読んでいただくとありがたいです。