あくあ・しゃわぁぁ 投稿者:NoGod
	『あくあ・しゃわぁぁ』


「…しよう…、ど…しよう…」

…脇腹のあたりに冷たいような生暖かいような感触がする。

「…寝る前に…ちゃんとおトイレ行ったのに…」

…少女が消え入るような涙声でつぶやいているのが聞こえる。
オレのよく知っている、声。

「どうしよう…どうしよう…」

オレはゆっくり瞼を開いた。声の主はやはり、葵だった。

・・・

澄み渡った青い空、白い雲、暖かな日差し。今日は最高の日曜日…のはずであった。
だがここ藤田家のある一角には、どんよりとした黒雲がたちこめていた。
我が家のおねしょ現役コンビが、今朝はダブルでやってしまったのだ。
葵とマルチの2人が座布団の上に正座をさせられている。毎晩行われるくじ引きにより
昨夜は葵はオレ、マルチは智子とペアであったのだが、どちらも被害は甚大である。
哀れな被告人たちと向かい合い、裁判官にして原告でもある智子がどっしりと構え、
オレはその脇で茶を啜っていた。

いつの頃からか、我が藤田家において重大な罪を犯した者はこの和室、もとい家庭内
裁判所においてその罪を問われる事となっていた。無論オレやあかりも例外ではない。
厳正な審議の上、家事のお手伝いその他、罪状に相応しい実刑に処される事となる。
ちなみに裁判官は当初はオレの役目であったのだが、「甘すぎる」との理由で罷免
されてしまい、それ以来、智子が歴任している。めったにヘマをやらかさないため、
智子はいまだ被告席に立たされた事のない、家族で唯一の人間だった。

しかしどうやら今回は、穏便に済みそうにはない。たかがおねしょと言いたい所だが、
布団を共用している我が家においては、おやつの盗み食いに匹敵する重罪なのだ。
しかもこの智子まで被害に合わせたとあっては、極刑はまぬがれまい。

・・・

…という訳でただいま極刑、すなわち智子の痛烈なお説教の刑の真っ最中なのだ。
「…葵、ワレ、今いくつや思うてんねん?小学2年やろ!クラスの連中に聞いてみぃ、
いまだに寝小便タレとんのかと、大爆笑間違いなしや!ちったぁ琴音を見習いや!
あの子は幼稚園入る前から尿意を完璧にコントロールしとったで。あんたも自分の
尿道ぐらい、気合でビシッっと締めんかい!それとも今日からまたオムツ履くか?
ブルマーよりお似合いかもしれへんで!…それからマルチ!……まぁ、マルチはまだ
チビッコやさかい、この辺で大目にみたろ。……なんて言うと思ったら大間違いや!」

やれやれ。この調子だとまだしばらくは続きそうだ。時間にしたらまだ3分程度だが、
マシンガンのごとく叩きつけられるあのきっつい関西弁の説教は、される者にとっては
何十倍にも時間が長く感じられることだろう。
だが智子とて、怒っているとはいえ、何も腹いせに妹たちをいじめている訳ではない。
智子なりによかれと思ってやっているのだ。オレやあかりが、ついつい娘達に対して
甘くなりがちなため、まとめ役を厳しく務めてくれる智子には随分と助けられている。
我が家の一癖も二癖もある娘達に、規律を与えているのは間違いなく智子である。
ただ…。智子はとにかく、口が悪すぎる。それに誰に対しても容赦はしない性格だ。
言いたい事を言い切るまでは、智子の説教は止まらない。
ところがマルチは、その智子の説教に、鼻をすすりつつもなんとか持ちこたえて黙って
耳を傾けていた。あの泣き虫マルチが、大した成長ぶりだ。
葵は…声を押し殺して、泣いていた。お説教されて泣いているのではない。葵は強烈な
自己嫌悪に苛まれているのだろう。つい先日「おねしょなんてもう卒業したよ!」と
オレに向かって高らかに宣言していた。そのオレの布団の中でもらしてしまったのだ。
葵は目に悔し涙をいっぱいため、拳を握り締め、唇を噛み、肩を震わせている。
なんとも痛々しい姿だ。

・・・

「…ウチに小便ひっかけるぐらいならまだええわ。ウチは、お気に入りのパジャマを
びっちょびちょにされたかて、いちいちうるさい事は言わへん。ウチは太っ腹なんや。
問題は葵や!よりにもよって藤田家の大黒柱、ウチらみんなの大切なお父ちゃんを
小便まみれにするとは、一体どういう了見しとんねん!?ついこないだ、お父ちゃんに
でかい口叩いとったばっかりやろ!?葵、あんたは、嘘をついたんや。お父ちゃんの
気持ちを裏切ったんや!!」


「うっ、ううっ、お、お父ざん、ごめんなざい、ごめんなざい…ううっ…」

きっ、きっつー…ここまで言うか普通。葵もついに限界に達し、今まで堪えに
堪えていた泣き声をあげてしまった。智子がいくら口が悪いといっても、妹に対して
ここまで毒舌振るう事はなかったはずだ。これじゃいじめてるのと大してかわらん。
…ひょっとして、オレが被害に遭ったってことで余計に怒っているのか…?
とにかく、このまま放っておく訳にはいくまい。オレが止めなければ。

「う、う、うぇ〜〜〜、マルチもごめんなさいですぅ〜〜〜〜、うぇぇ〜〜〜〜〜」

ああ…、連鎖反応でマルチまで泣き崩れてしまった…

「でもまぁ、以前よりかは随分減ったよな。ちゃんと寝る前にトイレ行ってるからな。
今回は、たまたまだろ?昨日の夜は冷え込んだからな〜」
と、軽くフォローを入れてみた。

「この前も『たまたま』だったやね、たしか」
「う…」
「……」
「…なぁ智子、そろそろ勘弁してやったらどうだ?二人とももう十分反省してるだろ」
「…なんや?お父ちゃん。ウチの話はまだ終わっとらんで。泣いたから止めにしいや、
ってか?泣いて終いになるのはガキンチョの喧嘩だけや!ウチかて、自分の妹しばいて
泣かして、楽しい訳あらへんやろ!けどな、締める時にはビシッと締めなあかんのや!
それが、こーやってマルチがベソかいたら、いつも何もかんもうやむやになってまう。
そもそも、お父ちゃんとお母ちゃんの教育姿勢が激甘やから、この子らは尿道までも
たるみきってしまうんや!泣いてまえば何やらかしてもお流れや、といつまでも子供に
思い込ませとると、そのうちいい年こいて甘ったれの、しょーもない大人になって、
ますますまわりに迷惑かけまくりやで。そうなったらもう手遅れや!だからウチが鬼に
なるしかないんやないの。その辺分かっとんの!?」

「ちょ、ちょっと待て智子。もちろんお前の言っている事は正しい。甘いだけじゃあ
人間、ダメになる。たしかにそうだ。でもな、気合でなんとかなることと、ならない
事ってのがあるんだよ。特にこういう生理現象なんかがそうだ。人それぞれに個人差が
あるだけで誰だっておもらし位は経験したはずだ。もちろん父さんも、母さんもだ。
智子、お前だって一度や二度じゃないんだからな」

「なんやねん?そんな赤んぼの頃の粗相の話なんか、知るわけあらへん!」
「…いや、そんなに昔の話じゃなかったはずだ。たしか智子が葵くらいの頃だったか、
家族で風呂に入ってたら、いきなり智子がちびっちゃったんだ(笑)」

いぶかしげに聞いていた智子の顔付きが一変した。どうやら思い出したらしい。

「あ、あれは別にちびった訳やあらへん…あ、違…」
「…そうだった、思い出した。別にちびった訳じゃなかったんだ。智子はその時まで、
お風呂の中でおしっこするのは当たり前だと思ってたんだ(笑)。いやあ、あん時は
みんな大パニックだったなぁ(笑)」
「な…な、何あほな事言ってんねん…みんな嘘や!デタラメや!ええかげんな事を…」
顔を真っ赤にして懸命にオレの発言を否定しようとしている。明らかに動揺していた。

「…智子おねーちゃん?」マルチが唐突に割り込んできた。

「おフロは、おトイレじゃ、ありませんよ〜〜?」

……
……
……
……
……
……

「…ぷっ…ぷぷっ」
しばし沈黙の後、オレと葵は同時に吹き出してしまった。
「ぶわーっはっはっはっはっははははっはっはっはっは…ひゃーっはっはっはっ…」
オレは馬鹿みたいな声を上げながら、畳の上を転げまわって爆笑した。
葵は、お腹をおさえて泣きながら笑っていた。
廊下にいた「傍聴人」たちの間にも、爆笑が巻き起こっていた。
マルチも、なんでみんなが笑うのかよくわからないまま、つられて笑っていた。
「…はははははっはっはっは、…げほっ、げほっ…、あっはっはははははは…」
笑いすぎで咳込んでしまったが、込み上げてくるおかしさはそれでも収まらなかった。

「…なんやねん」

ただ一人沈黙していた智子がぼそっと口をひらいた。

「なんやねん…誰もウチに、したらあかんて教えてくれへんかったからやないの…
 なんやねん…なんやねん…みんなそうやって、ウチを小便タレ言うて笑うとれば
 ええんや…!嫌いや!みんな嫌いや!!お父ちゃんなんか大ッッキライやー!!!
 う、う、うわあぁぁぁぁん…」

なんとあの智子が、わんわんと大声で泣きわめいて部屋を飛び出してしまった。

いかん…。みんなで恥をかきあって丸くおさめようとしたはずが、智子の触れては
いけないトラウマに触れてしまったらしい。こんな事なら、オレ自身の恥ずかしい話
にでもしておくべきだったか…

何と言えば智子は許してくれるだろうか?
…この代償は高くつきそうな気がする…

・・・

かくして浩之パパは、『何でも言うこと聞きます券』を20枚も発行させられ
ようやく許してもらえたそうな。
めでたし、めでたし。

		(完)
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読んでのとおり、浩之とあかりが夫婦で、他のヒロインはみんな、その間に生まれた
娘という設定になっています。どこかで見たような設定?はい、そうかもしれません。
実はコレ、あるHPに寄稿するつもりで書いてたんですが、ずばり「好みじゃない」と
一蹴されたという(苦笑)、私にとっては忌み子たる一作なんです。とはいえこのまま
HDのシミになってしまうのもなんだったので、ここに投稿することにしました。
# そういう訳で、元ネタとはもはや何の関係もありません(シクシク)


↓以下、私信。

アクティブメンバーの方々がこうも立て続けに離れていってしまわれるとは
ちと寂しいです。届かないかもしれませんが、簡単ながらメッセージをば…

>アルルさん
毅然とした態度には頭が下がるばかりです(私なんか駄目社会人だな…)
お仕事頑張ってください。でも、たまには息抜きも必要ですよね。

>健やかさん
今の御時世、就職戦線にも少々厳しいものがあると思いますが、
万全で臨めばきっと良い所が見つかると思います。健闘を祈ります。

>風見 ひなたさん
捜し物はきっとすぐそこにあります。いっぱい拾って戻ってきてください。
赤十字さんも貴方の帰りを待ってますよ。

しんみりモード終わり。禁断症状が出たらまたお会いしましょう^_^


>久々野さん
プロバイダー契約の件は今どうなっているのでしょうか?
カード作るのって結構時間かかるかもしれないので、急場をしのぐ方策として
Q2プロバイダー利用するというのはどうでしょうか。


レスレスです。UMAさん、久々野 彰さん、まさたさん、ハイドラントさん、
無駄口の人さん、風見 ひなたさん、健やかさん、ジン・ジャザムさん。
拙作「トイレの香奈子さん!」への感想どうもありがとうございます!
下品だけどあんまりイヤラしくない作品を目指してこれからも頑張ります(笑)

感想は手が空いてから書きます…ごめんなさい。ああ、未読がこんなに…