一枚の写真 投稿者:JUNSA 投稿日:7月3日(火)16時10分
 プロローグ

「浩之ちゃん、雅史ちゃん、保科さん、見て見て。本場のクマのぬいぐるみだよ」
「ほんとだね、あかりちゃん」
「あかり・・・本場って言っても、なんで普通に買ってこないんだ?」
「ええっと・・・か、かわいいでしょ?」
「あかり・・・」
「神岸さん、あなたそのクマの為にいくら使ったの?」
「・・・に、二千円・・・」
「それに二千円か・・・人間諦めが肝心や・・・」
「おれもぬいぐるみひとつに取る為に、何千円と使ったやつ知ってるけど・・・」
「う・・」
 浩之ちゃんは、何やらニヤニヤしながら保科さんを見ている。
「ぐ、偶然やなぁ。うちもそないなアホ、ひとり知ってる・・・」
 保科さんが、引きつりながらそう言い返すと、浩之ちゃんはそっぽを向いて
 こちらを見てない。
「でも、修学旅行の小遣いっていくらだったけ?」
「うぐぅ・・・」
 落ち込む私に、雅史ちゃんのさわやかな笑顔が眩しかった・・・

 楽しかった修学旅行の思い出。
 だから、この時に感じた胸騒ぎもいつしか忘れてしまった・・・


1.雨の中で・・・

「こら志保、ちょっと待てぇ」
「ばっかじゃない?止まれって言われれば、止まりたくなくなるってもんよ!」
 そういって、志保が教室の後へ走っていく。
 手には、一枚の写真が握られている。
 浩之ちゃんは、それを取り返そうと志保を追っかけていく。

 事の始まりは、私が持ってきた写真だった。
 たまたま教室に来ていた志保達と昨日焼き上がった修学旅行の写真を
 いっしょに見ていた時だった。
「なんだ、写真出来たんだ」
「だめよ、ヒロ。そっちはまだ見てないんだから!」
「お前は、そっちを見てるからいいだろ」
「駄目よ。レディ・ファーストって言葉知らないの?
 ここは、かわいい志保ちゃんにどうぞって譲るところよ」
「おまえは、レディでも、かわいくもないからいいんだよ」
「むっき〜いつもながら礼儀を知らないヤツね!」
「お前に言われたかぁないね」
 志保は、手に持ったアルバムをめくると驚いた様にポカ〜ンとして、にやりと笑った。
「おヒナさまを壊して、その上で寝ているやつには言われたくわないわ!!」
 志保は、見ていたアルバムから一枚の写真を取り出し、
 浩之ちゃんの目の前に突き出した。
 それは、小さい時のひな祭りの時の写真で、甘酒で酔っ払った浩之ちゃんが、
 壊れたひな壇の上で寝ているところだった。
「な、なんで、そんなもんがあるんだよ!」
「浩之ちゃん、ゴメンナサイ。」
「あかり・・・おまえなぁ」
「なんとなく、懐かしくて・・・」
「志保、返せよ!」
「チッチッチ!何言ってるのよ。これはあんたの写真じゃないでしょ。
 あかりがあたしに見せてくれた写真じゃない。だから、お・こ・と・わ・り」
 志保は、写真をヒラヒラさせながら教室の後ろへ逃げて行く。
 そんな志保を、いつもと立場の逆に浩之ちゃんが追いかけていく。
 そんな二人を目で追うと、保科さんが教室の入ってくるのが見えた。


 写真がなくなった事に気づいたのは、家に帰ってからだった。
 昼休みのあと、移動教室などで慌しく、帰りも怒った浩之ちゃんのあとを追うのに
 必死だったから、写真のことまで気が回らなかった。

(罰が当ったのかなぁ・・・)
 修学旅行の写真を整理していて、昔の写真が懐かしくなったのは、本当だった。
 だけど、学校に持っていこうとしたのは、今から思えば、最近浩之ちゃんと仲のいい彼女−保科さんに見せつけたかったからかもしれない・・・
(私と浩之ちゃんは、こんなにも昔からいっしょにいたんだ・・・)
「わたし、いやな子だ・・・」
(修学旅行の時に感じた胸騒ぎって、多分この事だったんだ)

 友達を作ろうとしなかった、保科さんを変えてしまった浩之ちゃん・・・
 浩之ちゃんには打ち解けている、保科さん・・・
 二人にしか判らない会話。

 私の知らないところで、浩之ちゃんが
 私の知らない保科さんと、
 私の知らない事を話している・・・

 私は、知らなかった。
 私は、浩之ちゃんに、恋をしていた事に・・・
 私の、はつ恋・・・

 だから、私は保科さんに、嫉妬していたんだ・・・

 無くしてしまったのは、
 昔の写真だけじゃなかったんだ、
 多分・・・

 窓の外は、いつのまにか雨が振り始めていた。

2.夕焼けの中で・・・

夕焼けも過ぎ、辺りは段々暗くなり始めた公園で、彼女は一人ベンチに座っていた。
「いいんちょ、どうしたの?」
「あぁ、藤田くん」
「ん」
「な、なんでもあらへん」
「なんでも無いってことはないだろ、こんなとこに一人でいるなんて。」
「・・・」
「・・・」
「・・・あ、あのなぁ」
 いいんちょは、しばらく躊躇っていたが、ぽつり、ぽつり話し始めた。

 昨日、俺と志保が取り合っていた写真を、移動教室から帰ってきた時に見つけた事。
 返そうとしたけど、あかりが怒った俺の後を追うように帰ってしまった事。
 今日になって、写真を探しているあかりに声をかけづらくて、返しそびれた事。

「そっか。そう言うのって、タイミングが外れるとなかなか言い出せないよなぁ」
「そやぁ。けど、それだけや、ない・・・」
「?」
「・・・」
「なんだよ、気になるだろ。」
「い、いいたない」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「し、写真、返したくなかったんや」
 顔を真っ赤にして、そっぽを向いているいいんちょ・・・
(か、かわいいぞぉ・・・いいんちょ)
 いいんちょが気に入ったの写真は、何枚かあるうちの一枚。
 小さかった頃の俺とあかりと雅史が、いっしょに映っている写真だった。
 いいんちょは、取り出した写真を俺に見せながら、
「なんやぁ、こんなにかわいのに、なんでこないなったんやろ?」
「・・・」
「うそやぁ、怒らんといてなぁ。ほんとは・・・
 なんで、ここにうちがおらへんのやろってなぁ」
「・・・ああ」
「なんか・・・
 神岸さんが、羨ましくって、少し困らせてやりたかったかもしれへん」
「まさか・・・」
「・・・うち、藤田くんが思ってるほど、ええ子やあらへんて・・・」
「いいや、いいんちょはいい子や、じゃなくて、いい子だよ。」
「・・・?」
「あかりに写真返したくって、ここにいるんだろ?」
「・・・」
「大丈夫だって。あかりも判ってくれるよ。
 俺は、いつだっていいんちょの背中を押してやるからさ」
「・・・ありがと」
「はやく行こうぜ。真っ暗になっちまう。」
「うん」

3.思い出の中で・・・

 夕方遅くに保科さんが、私の家を訪ねてきた。
 玄関先では保科さんが、なんだか言い辛そうだったので、私の部屋に上がってもらった。
「・・・」
「・・・」
 お茶を出すと、お互い気まずそうにしていた。
 突然、
「神岸さん!」
「は、はいっ!」
「これ、神岸さんの写真やろ」
 そう言って、写真を取り出した。
「こ、これ!!あたしの・・・」
 保科さんから写真を受け取って、中を確かめてしまう。
「あぁ、よかった。
 本当にありがとう。保科さん・・・」
「お礼、言われる事、ちゃうねん・・・」
「?」
 それから保科さんは、ほんとうはこの写真を昨日拾った事。
 渡しそびれて、そのままもって帰ってしまった事。
 今日、学校で渡さなかった事を謝ってくれた。

「そんなことないよ。落としたのは、私の不注意だから」
「だけど、ちょっと意地悪やったし・・・」
「・・・届けてくれたのに?」
「教室で、渡しにくくても、帰りに追っかければ、すぐに渡せたはずや」
「・・・」
「だから今思えば、やっぱり意地悪やった」
「・・・どうして?」
「うちな、多分・・・神岸さんが、羨ましかったんや・・・」

 保科さんは、ぽつり、ぽつりと話してくれた。
 引越しする前の生活。
 本当に小さい頃からの幼なじみ。
 チョットした事でのケンカ、そしてまだ仲直りできていない事。

「だから、神岸さん達が小さい時の写真を見たら、見せつけられてる気がして・・・」
 だから、こめんなさい・・・保科さんは、そう言って頭を下げた。
「私こそ、関係無い写真を学校に持っていったから」
「うちの方こそ・・・」
「・・・」
「・・・」
 プッ・・・
 ふたり同時に噴出してしまう。
「これじゃあ、お互い切りが無いね」
「ほんまやなぁ。じゃあ、おあいこってことでええか?」
「うん、わたしはいいよ」

 この後、保科さんとお互いに小さなころの事を、色々話した。
 私が、写真を見せながら、浩之ちゃんや聡史ちゃんとの思い出を話すと
 保科さんは、神戸の幼なじみのことを話してくれた。
 遊びの事や習慣の違いなんかで、ムキになる保科さんは、学校での優等生の彼女じゃなかった。
 楽しくて、話しに夢中になってしまって、気が付くと八時を回ってた。
 食事に誘ったけど、やんわりとことられた。
「今日、遅くなるって言ってなかったから。この次、機会があったら、ご馳走になるわ」
 玄関まで、彼女を送る。
「保科さん、これ」
「なに?」
「開けていいよ」
 保科さんは封筒を渡されると、中の写真を取り出した。
「これ・・・」
 それは多分、保科さんが、気に入ってくれた写真のはずだった。
 小さい頃の私達三人の写真と昨日の騒ぎの原因になった写真。
「それは、写真を拾ってくれたお礼。十枚だったから、一割で一枚」
「・・・」
「もう一枚は、昨日浩之ちゃんにちゃんと処分しろって怒られたから。」
 だから、私が持っているわけにはいかないから、保科さんにもらって欲しいことを伝えた。
 少しのやり取りがあったけど、保科さんは写真を大切にしまって帰っていった。


「その分だと、うまくいったみたいだな」
「ふ、藤田くん!」
 驚いたいいんちょは、すぐにあきれた様に
「暖かくなったといっても、まだ五月や。
 外で待っとたら風邪ひいちゃうやろ」
「大丈夫、ちゃんと着替えてきたよ」
「そないな問題や、あらへん。言ってくれたら、もう少し早く切り上げたのに・・・」
「そうしたら、あかりとちゃんと話せなかっただろ?
 それより、暗くなったから送っていくよ」
「狼に、ならへんやったらな」
「ならへん、ならへん」
「それやったら、つまらんなぁ」
「だっ〜って、ホントはどっちだ?」
「うそや、うそや。怒らんといて。
 ちゃぁんと送っててなぁ」
「・・・最初から、素直にそう言えばいいのに」
「ありがとう、藤田くん。ホンマ、助かったわ」
「そんなに嬉しがるとは・・・」
「送ってくれる事じゃないけど・・・」
 いいんちょうの呟きは、小さくって、よく聞こえなかった。
「あのな藤田くん、うち、もう一度神戸の幼なじみに電話してみるわ。
 やっぱり、小さい頃からの大事な友達だから・・・」
 いろいろ話しながら、二人で歩いて行く。
 まだ冷たい夜風の中、暖かい彼女の手のぬくもりを感じながら・・・



 エピローグ

 これでいいよね、浩之ちゃん。
 今日の保科さんが、本当の彼女なんだね。
 やっぱりお似合いだよ。

 保科さんは、やっぱり浩之ちゃんの事、好きなんだね
 浩之ちゃんも、保科さんのこと好きなんでしょ
 浩之ちゃんのことだもの。ちゃんと判るよ。

 判らなかったのは、本当の自分の気持ち・・・
 ずっと、浩之ちゃんが「すき」だったから。
 このすきが、恋なのに、気づかなかった。

 ごめんね。
 ごめんなさい。
 私のはつ恋。

 ちゃんと伝えられなかったけど、
 もう伝えられないから。

 あしたから
 また幼なじみとして、いられる様に
 今日だけは、少し泣いてあげるから・・・

 今日だけだけど、

 だから、
 おやすみなさい・・・

 FIN 

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