魔王降臨!? (1) 投稿者:JUN 投稿日:9月6日(水)02時39分
         まじかる☆アンティーク + To Heart
              クロスオーバーSS


                                  JUN

             魔王降臨!? (1)



 駅前の商店街の奥まったところ、少し先の十字路の角にある小さな古美術商『五
月雨堂』。
 俺、宮田健太郎は、そこの店長をしている。
 本当なら今ごろ大学生活を満喫しているところだが、本来の店長にして経営者で
ある親父がお袋を連れて海外に骨董旅行へでかけてしまった。
 まったく無責任な親どもだ。
 いや、それだけならまだ許せる。一人暮らしの大学生活というのも、悪くはない。
 こともあろうに親父は、俺に黙って勝手に大学に停学届けを出していた。留守中
の経営を俺にやらせるためだ。俺は大学に掛け合ったが、一旦出した停学届けは取
り消す事ができないと突っぱねられた。
 まったくばかばかしくてやってられない。
 そう思って帰る途中で、俺は自分の運命の星との出会いを果たした。
 魔法使いの少女、スフィーだ。
 魔法世界グエンディーナからやって来たこいつは、魔女の家系のしきたりとして
半年間、こちらの世界に修行に来たらしい。
 それで俺ん家に居座ってしまった。
 最初は俺も驚いたが、運命の星の手違いで死んでしまった俺は、スフィーの魔法
で生き返らせてもらった事実がある。生命維持のためしばらく魔力の供給を受けな
いといけないため、俺はスフィーと一緒に住む羽目になった。
 スフィーの方も俺を死なせてしまった負い目があるためか、それとも同居する時
のマナーとしてか、俺の店を手伝ってくれることになった。
 実際の年齢こそ俺より年上らしいが、魔力の使い過ぎで見た目小学生なスフィー
の溌剌とした元気さは、街角の小さな骨董屋というこの店の雰囲気をすっかり変え
てしまった。
 俺もスフィーがいなかったら、五月雨堂の経営はやってられなかっただろう。
 今では俺とスフィー、そして幼なじみにして喫茶『HONEY BEE』の自称・
看板娘の江藤結花と、スフィーの妹で姉を追ってこの世界にやってきたかわいいウ
ェイトレスのリアンの4人で、毎日をそれなりに楽しく暮らしている。


「ありがとうございました。またいらして下さい」
 ついさっき瀬戸物の壷を購入した客が外へ出ると、この店は再びがらんとした。
 古美術商という商売柄、いない時にはとことん客が居ない。
 スフィーも夕食の買い物に出かけたため、今、店には俺しかいない。
 やはり骨董は趣味にしても高価だから、客層も限定されてしまうのだ。
 と思っていると、店の外に自動車の止まる音が聞こえた。
 ちらりと店の戸口から見えたところによると、黒塗りのロールス・ロイスといっ
たところか。とにかく俺とはあまり縁の無さそうな高級車だ。
 そして店の自動ドアから、一人の女子高生らしい制服を着た女の子が入って来た。
つややかな黒髪をロングヘアーで流した、どこか大人しそうな雰囲気の少女だ。着
ているセーラー服はピンク系統で、この近辺では見かけないデザインだ。
 そしてその後ろから、お付きの執事らしい初老の男性が……って、あれ?
「御免!」
「……って、長瀬さん!?」
「ぬっ、亭主。儂のことを知っておるのか」
 眼光するどい目付きで、俺を睨む長瀬さん(?)。
「あ、えっと。いいえ、すみません。人違いでした」
 ああ驚いた。その執事の人は、俺がいつもお世話になっている長瀬さん──本名・
長瀬源之介さん──に、顔の作りや雰囲気がそっくりだったのだ。例えて言うなら、
登場シーンで流れるBGMの主旋律が全く同じみたいな。しかし、飄々として人を
食った雰囲気のある源之介さんに比べて、こちらの方は人を寄せつけない気迫を備
えている。
「私の知り合いの方とそっくりでしたので、つい」
「ふん、まあいい。しばらく邪魔をするぞ」
 そういうと、執事の人は店の片隅で直立した。
 機嫌を悪くしただろうか。お客さんの中には話しかけられるのを嫌う方も多いし。
 そう思っていたら、先程の少女がなにやらぼそぼそと執事に話しかけている。声
を細めているため、彼女の話し声は聞こえないが。
「ぬ……、そうでしたな。こちらが無理を頼むかも知れない手前、高飛車になるの
はいけませんな。謝っておきましょう」
 執事の方は地で声が大きいらしく、話し声が丸聞こえである。
「先程は失礼した。お気を悪くしないで戴きたい」
 執事はこちらにやってくると、深々と頭を下げた。
「あ、いいえ。こちらこそ人違いで失礼な事を」
「お嬢様がしばらくお邪魔する」
「ごゆっくりご覧になってください」
 そういえば、先程からあの少女は、先程から真剣に店の骨董品を眺めている。
 ふうん、珍しいな。高校生くらいの女の子で、あそこまで骨董品に興味を示すな
んて。
 と思ったら、骨董品に手をかざし始めた。
 目も瞑っている。
 声を殺しているのでこちらには聞こえないが、先程からぶつぶつと何かを喋って
いるようだ。
 なんだ、一体何をしているんだ?
 ものすごく興味があるが、こちらからぶしつけに尋ねるわけにもいかない。
 しかし……なんだかなつみちゃんに気配が似てるな。
 姿形は全然似てないのに。
 やがて彼女は店内の骨董品に一通り手をかざすと、先程の執事の方と話し始めた。
「…………」
「おお、気に入られましたか。それではここで?」
「…………」
「しかし、あちら様も商売がございます。ご迷惑がかかるのでは」
「…………」
「そこまで言うのでしたら承知しました。交渉はしてみましょう」
 何やら気になる話が終わると執事は、こちらにやって来た。後ろには少女もいる。
「御免!」
「はい、商品の方はお決まりでしょうか」
「いや、そうではない。この店の責任者と話がしたいのだが」
「……本来の店長は今、長期旅行にでかけています。その間、私が経営を任されて
いますが」
 そういうと、執事は少し驚いたようだ。どこから見ても大学生の俺が、代理とは
いえ骨董屋をやっているんだからな。
「いや、失礼した。実は無理を承知で頼みたいことがある」
「はい、何でしょう」
「この店を二三日、貸して頂きたい!」
「……はあ?」
 驚いた。いきなり何言い出すんだ。
「無論、ただでとは言わぬ。その分の経営補償はこちらで持つ。この店の空間を貸
して頂きたい」
「ちょ、ちょっと待って下さい。こちらにも経営がありますし、いきなり貸してっ
て言われても。第一、なんでうちの店を借りたいんですか!?」
「ああ、失礼でした。まだ名乗っておりませんでしたな」
 ごほん、とせき払いすると、執事は少女の方を向いて
「こちらは私が使えている来栖川家の令嬢で、芹香お嬢様にございます」
「…………」
「始めまして、ですか。ああ、始めまして……って、来栖川って、もしかしてあの
来栖川財閥の!?」
「いかにも」
 来栖川財閥といえば、電化製品、建設業、商社、銀行、エレクトロニクスと、あ
らゆる産業分野に関連会社を持つ来栖川グループの、その大部分の会社の株式を所
有している全国規模の財閥で、世界的にも有名だ。うちの常連のみどりさんもこの
地方では有名な高倉財閥のお嬢様だが、来栖川財閥とは比べ物にならない。
「…………」
「無理な願いだとは分かっていますがって、おっしゃられましても。大体、どうし
てこの店を借りたいと」
「…………」
「この店は雰囲気が良いって、魔の力に満ちていますって? 一体何の事を……」
 思わぬ言葉を聞いて、緊張が走った。スフィーも確か、この店には魔力に満ちて
いると言っていた。骨董品のような古いものには、魔の力が宿りやすいらしい。
 しかし、こんな世間知らずそうなお嬢様が、どうしてそんなことを知っているん
だ?
「…………」
「はあ、魔法の儀式を行ないたいですから、だってえ?」
 そのものずばりな返事を聞いて声をあげた俺に、芹香さんはこくんとうなずく。
 その時、店の自動ドアが再び開いた。
「なあに、けんたろ。読んだ?」
 そこには買い物から帰って来たスフィーが、きょとんとした表情で立っていた。
 結局俺は、来栖川芹香さんに、一日店内の空間を貸す事になった。
 芹香さんは趣味で、黒魔術の研究と実践を行なっているという。最近この店で販
売された骨董品に奇妙な力が宿っているという噂を聞いて、興味を持ったらしい。
他にも夜中に奇声が聞こえたり、晴れているのに雷が発生したりしていると聞いて、
様子を伺いに来たようだ。この店に入って強い魔力を感じたので、この中で魔法の
儀式を行なえばより強い効果を期待できるかもしれないと思ったのだという。
 もちろん俺は断るつもりだったが、この世界の魔法と聞いてスフィーの方が興味
を持ってしまった。芹香さんが使う魔法を見たいと言い出したのだ。まったく自分
が魔法使いなのは内緒だという自覚があるんだろうか。
 そこで一日だけという条件で店舗を貸すことにした。他にも一日分の経営補償を
行なう事や、店内にある戸棚や商品の持ち出しや運び込みは芹香さんの方で責任を
持つ事などが約束された。
 古美術商という商売は水物だ。何日待っても一品も売れないこともあれば、わず
か一日で百万単位の商売が成り立つ事もある。それでも均せばそれなりの水準と言
うものはあり、芹香さんが提示した金額は一日分の経営保証としては申し分ないも
のだった。


 数日後、金曜日の夕暮れ時に、約束通り芹香さんがやってきた。
 芹香さんにも高校があるし、いろいろと準備も必要らしい。満月の夜に行なう方
が効果が上がるということで、魔法の儀式は夜に行われることになった。
 そのため運び出された骨董品を持ち込み直すのは明日の朝になるが、その日は定
休日であり、経営にあまり差し支えはない。それが儀式を今夜にしたもう一つの理
由であり、俺のギリギリの譲歩案だった。芹香さんにも月齢が満月に近いと言う事
で納得してもらえた。
 戸棚や骨董品の運び出しはすでに、芹香さんの側が手配した業者の人たちが運び
出していた。美術品の扱いには慣れているらしく、その手際の良さには感心させら
れた。
 もちろん俺も暇では無かった。運び出される美術品のリストを作り、その保存状
態を記録する必要がある。いくら向こうで責任を持つと言っても、商品の目録はこ
ちらでも作成しておかなければならない。
 こうして芹香さんを迎える段になったのだが、臨時休業の札が掛けられているは
ずの店内には、俺やスフィーの他にも結花とリアンが待っていた。
 喫茶店の仕事をサボって何やってるんだかという俺の台詞に、結花は
「だって〜、本格的な西洋魔術が見られるなんて楽しいこと、見逃せるはずないじ
ゃない」
 と楽しそうに答えた。半分面白がってるのは明白だ。
 リアンも
「わ、私も同じです。やはりこの世界の魔法には興味ありますし……」
 ともじもじと答えていた。
 夕刻時、ロールス・ロイスが止まった音がしたかと思うと、『本日臨時休業』の
札がかけてある自動ドアから芹香さんと彼女のお付きの執事──純日本人なのにセ
バスチャンという名前らしい──と、もう一人少女が入って来た。
「…………」
「御免!」
「お邪魔しまーす。へえ。これが姉さんの言っていた古美術商ね。本当に町の小さ
なお店屋さんって感じねえ」
 物珍しそうにきょろきょろと見回す少女。芹香さんの妹らしく顔の作りは良く似
て美人系だが、受ける印象は全く違う。芹香さんがたよやかなという感じなら、妹
さんは健康美の印象が強い。
 あれ? それにしてもこの人、どこかで見たような。
「…………」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 芹香さんは簡単な挨拶をした後、儀式の準備に取り掛かるようだ。
「……えっと、そちらは?」
「私は来栖川綾香。姉さんの儀式について来ちゃった」
 ペロと軽く下を出す綾香さん。そのどことなく愛敬がある仕草はやはり見覚えが
ある。
「え、ああ! 綾香さんて、もしかしてあの来栖川綾香さん!? エクストリーム
女子チャンピオンの?」
「あら、私の事知ってるの?」
「そりゃあもう。格闘技は大ファンですから」
 エクストリームは、K−1と並ぶ異種格闘技戦のメジャーな大会だ。K−1が立
ち技最強を競うプロの格闘家の大会であるのに対し、エクストリームは寝技や関節
技も認められており、より総合格闘技に近い。その代わり、大会参加選手はアマチ
ュアが中心で、プロへの登竜門という性格が強い。
 この前の大会で、女子の部優勝を飾ったのが来栖川綾香さんだ。まだ高校生なが
らその華のある戦いぶりには、すでに大勢のファンが付いている。
「いやあ、テレビ画面越しにも素敵だったけど、こうして本物を見るともっと素敵
ですねえ」
「あら、お世辞でも嬉しいわね〜」
 そういう綾香さんは、片手をつり上げてウィンクした。おそらくこの手の話題は
言われ慣れているのだろう。しかし、全然嫌みが無い。
「世辞じゃありませんよ。美人だし、可愛いし、スタイルも良くて愛敬だってある
し」
「はいはい。何でれぇ〜っとしているの」
 結花が話に割り込んで来た。俺が綾香と話し込んでいるのが面白く無いようだ。
「まあ、胸も愛想も無い奴に比べると、綾香さんの方が何百倍も素敵ですよ」
「誰が胸が無いか───!!」
 いきなりの結花のハイキックを、かろうじてかわす。
 それにしても、『愛想』より『胸』の方に反応するとはお約束な奴め。
「あ、アブねえ。誰も結花の事だとは言って無いだろうが」
「ああー、すると私の事を言ってたわけ? ひっどーい」
 突っ込んで来たのはスフィー小学生バージョン。あるはずもない胸を反らして不
満を訴えている。
「こう見えても本当は、ナイスバディだったのよ。胸だっておっきかったんだから」
「お、おい。声が大き過ぎるぞ。第一お前の事だとは──」
 言って無いだろと言おうとして、思いとどまる。ここで結花でもスフィーでもな
いということになれば、次はリアンの番だ。リアンを落ち込ませるようなことは言
いたく無い。
「本当にもう。なんかいいなさいよ、けんたろ!」
「ああ、悪かったよスフィー、結花」
 おざなりだがそう謝った時、綾香さんが結花の方を興味津々といった目付きで眺
めているのに気付いた。結花の方は戸惑っているようだ。
「あ、あのぅ。綾香さん?」
「ふう〜ん。なかなかいい蹴りを持っているじゃない。身体もけっこう鍛えている
ようだし」
「高校まで水泳やってたから。それに蹴りは健太郎がバカな事ばっか言ってくるか
らだし」
「そ〜お〜?」
 そういうとすり足で結花に近づく。
 まるで獲物を狙う獅子のようだ。
 と、いきなりジャブ!
「な……」
 突然の攻撃に慌てる結花だが、右腕でガード。
 さらに仕掛けてくる綾香さんのジャブ連打を、結花はイン・パリーで流す。
 そのまま回転して裏拳を叩きつける結花を、綾香さんはダッキングでかわす。
 そしてそのまま間合いを取った。
「やるわね」
 そう言うと綾香さんは、また一歩近づいてストレートを放つ。
 はずだったが、その間合いを読んだ結花がスウェーで避けた。
 そのままカウンター気味のハイキックを繰り出す。
 結花お得意のノーモーションからの右のハイキックは、正確に綾香さんのテンプ
ルを狙っていた。
 綾香さんは左腕でかろうじてブロックする。
 予備動作なしで技を繰り出せる結花も結花だが、それに反応できる綾香さんも凄
い。
 そのまま綾香さんは不安定になった結花の左の軸足を狙いに、ローキックを放と
うと屈んだ。
 が、結花はその時床に倒れて──いや、床に身体を倒して両手をつけて安定させ、
そのまま残った左足で牽制気味に左のミドルキックを放った。
 今の技、カポエラか?
 結花の奴、いつの間にあんな連続技を?
 というか、どうしてここまで戦える!?
 虚を衝かれた綾香さんが再び間合いを取ると、二人は睨み合った。
 しばらくして──といっても2・3秒だが──、綾香さんは構えを解いた。
「なかなかやるじゃない。うちの後輩でも、ここまで戦える人はそうはいないわよ」
 そりゃそうだろう。結花がほんの十秒あまりとはいえ、エクストリームの女子チ
ャンピオンと互角に戦えるなんて俺も知らなかった。
「ちょっと、一体どういうつもり!?」
 結花も構えを解きながら、抗議の声をあげる。こちらも当然だ。なにしろいきな
り襲われたようなもんだからな。
「結花さんて言ったかしら? うちの後輩にもキックの達人がいるけど、あなたの
ハイキックは彼女にも匹敵するわね」
「そりゃどーも」
 誉められたと言うのに、結花は憮然としている。
 でも綾香さんの評価ももっともだろう。結花のハイキックは、三百年物の妖刀の
怨念すら問答無用で退治した折り紙つきだ。
「ねね、今度のエクストリームに出場しない? あなたならきっといいとこまでい
くわよ」
「結構です!」
 結花がきっぱりと断る。
「本当に出ないの? そこまでのキックを持っていながら? 残念ねえ。思いっき
り戦って見たかったんだけどなあ」
 綾香さんは本当に残念がっているようだ。
 と、綾香さんの態度が固まった。見ると、芹香さんが作業を中断して先程からこ
ちらを見つめているようだ。
「…………」
「騒ぎ過ぎですよって。ごめん、姉さん。ちょっとした茶目っけじゃない」
「…………」
「作業の邪魔ですって。それは、調子にのったのは悪かったけど」
「…………」
「ああ、分かった。分かりました。だから姉さん、お願いだから呪わないで。じっ
としているから」
 そういうと、綾香さんはとほーっと肩を落した。
 ちょっと驚いた。
 あのいかにも大人しそうな芹香さんが快活な綾香さんを黙らせるなんて、この姉
妹の力関係には分からないものがある。
 芹香さんは、店内の中央に作られた空間で魔方陣らしきものを描いていたところ
だ。その脇でストリートファイトをやられたんじゃ、そりゃ迷惑だろう。
「はーあ、まいったなあ。もう少しで姉さん怒らせるところだった」
「あの、芹香さんて、そんなに恐いんですか」
「うーん、恐いと言うより、不気味と言った方が近いかな。普段と全然態度が変わ
らないのに、何故か怒気がビンビン伝わってくるのよ。あの目で何日も見つめられ
ると、命が縮んでしまいそうが気がするの」
 綾香さんはそういうと、小さくぶるんと震えた。
 多分その時の芹香さんのことを思い出しているのだろう。
「でも当然といえば当然ねえ。姉さん、今回の儀式のために、精進潔斎までしてた
からねえ」
「精進潔斎? なんすか、それ」
「姉さんね、今回のような大がかりな儀式を行なう時は、決まって数日前から精進
潔斎するのよ。少量の水と野菜だけしか食べないで、一日一時間は水風呂に入って、
己の中の雑念を捨てて邪気を払っていくらしいの。その間、傍で見ててもピリピリ
感じるくらいに精神を研ぎ澄まされて行くのよ」
「へええ〜〜〜」
 初めて聞く魔法儀式の前準備のものものしさに、俺はただ頷いていた。
 すぐ隣にいるスフィーたちにそっと声を掛ける。
「なあ、魔法ってそんなに使うの大変なのか? 俺はスフィーが精進潔斎なんてし
ているところ、見たことないぞ」
「う〜ん、地球じゃどうだか知らないけど、少なくとも私たちは魔法でそんなこと
しないよ」
「確かに絶食や行水は魔力を一時的に高めるのに効果はありますが、私たちは存在
自体が魔法に近いので、そこまでやる必要はありません。むしろ下手をすると身体
自身を消耗してしまう危険性があります」
 スフィーの返答にリアンが補足説明を加える。
「じゃあやっぱり黒魔術の手順みたいなものかな」
「そうだね。この世界の人間の身体はより物質に近いから、絶食で精神を研ぎ澄ま
すのも悪くないかも」
 魔方陣を書き終わった芹香さんが蝋燭を立てているところを身ながら、俺達はそ
んな事を囁き合っていた。


                                 <続く>



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