マルチの試験通学パート2 投稿者:JUN 投稿日:6月12日(月)02時35分
                           To Heart SS


                                                                     JUN

                          マルチの試験通学パート2



 始業時刻前──
 オレは居ても立ってもいられず、1年の廊下に来ていた。なんでも、またマルチ
が試験通学してくるというのだ。
 昨日の下校途中、志保から話を聞かされた時には耳を疑った。ついでに志保も疑
ってやった。案の定志保はぎゃあぎゃあと喚き立てたが、妙に自信満々なのでオレ
も半信半疑になってしまった(おかげてヤック一回分奢らされてしまったが)。
 しかもその晩、マルチ本人から電話がかかってきたからには信じざるを得なかっ
た。なんでも前回の通学で出来なかったことを試験するために、またうちの高校に
通える事になったらしい。再びみなさんと会えることを純粋に喜んでいるマルチの
言葉に、オレも一緒になって喜んでやった。
 そんなだから今朝は、目覚ましが鳴る前に起きちまった。あかりのやつ、迎えに
来た時に、オレが既に登校準備を終えてたためびっくりしたようだ。オレだって起
きる時には起きる。
 そんなわけで今朝は久しぶりにゆっくり登校できたはずだが、オレは駆け足で高
校への坂を登って行った。あかりのやつはついてくるのがやっとのようだったが、
マルチがまたやってくるというのはあかりも知っている。困ったような笑い顔をし
ているだけだ。
 そんなわけで教室についたらカバンを置いて、マルチの教室にやってきたのだ。
1年のクラスには既に何人かの生徒が投降している。マルチの背は小さいが、その
姿はすぐ見分けがつく。なぜならマルチの髪は──
「あ、浩之さんだ。浩之さーん」
 いきなり後ろから声がかかった。マルチはまだ教室にいなかったようだ。少し離
れたところからかけられた声に応えようと、オレは振り向いて──
「浩之さん。おはようございまーす」
 それは目の前から声がかかった。いつのまに背後にいたんだ。というより目の前
にいるこいつは誰だ。オレは混乱した頭をまとめるのに少し時間がかかった。
「浩之さん、どうしたんですか」
「──ま、マルチか」
「はい、そうですが」
 目の前にいる少女は屈託なく答えた。そいつは確かにマルチだった。あどけない
顔つきも背の低いボディもそのままだ。
 だがその髪は赤かった。
 一瞬、どこぞの気合いの入った不良少女と間違えちまったかと思ったぜ。
 メイドロボは髪の毛を、自然にはあり得ない色にする事が推奨されている。これ
も人間と区別するためだ。前回の試験通学のときにはマルチの髪は緑色だったし、
セリオはオレンジ色の髪をしていた。
 耳カバーとは違って必須ではないのは、S谷やH宿のねーちゃんたちと間違われ
ることがあるからだという。
 しかし今日のマルチは赤い。なんで赤いんだ? どうして真っ赤にしている。
Leafゲームのヒロインには赤い髪の少女が多いから、そろそろ本気でメインヒ
ロインの座を奪う気になったのだろうか。しかしマルチよ、沙織ちゃんとかエビル
とか、物事には何事も例外というものがあるんだぞ。
 などと混乱した頭で愚にもつかない事を考えていた。
「マルチ、その髪……」
「え、『かみ』がどうかしたんですか」
「なんで髪を真っ赤に染めているんだ?」
「あ、これですか。これは今回のアタッチメントの一つなんですよ」
 マルチによれば、今回のテストはアタッチメントの試験運用の一環なんだそうだ。
 HMXー12型は試験機ではあるが、学習型AI機能を除いては最低限の機能し
か搭載されていない。それは廉価版として開発された経緯があるからでもある。
 しかし世の中には、ある特定の用途に特化したメイドロボが欲しいという需要も
ある。一応高級機としてHMX−13型のセリオもあるが、サテライトサービスを
搭載して多機能多目的型を実現したセリオタイプはその分価格も高騰する。ろくに
使わない機能を詰め込んだメイドロボを購入しても、その分無駄になるだけだ。
 そこで、廉価版であるマルチタイプにアタッチメントをつけることが検討された。
本来学習型であるマルチは、価格の割りには汎用性が結構高い。アタッチメントを
取りつけ、マルチがその機能の使い方を学習すれば、特定用途に特化したメイドロ
ボを比較的安価に提供する事ができるのだという。
「ふーん、なるほど。そのための試験かあ」
「そうなんですよ。これから毎日、いろいろなアタッチメントを取りつける試験を
行なうんだそうです」
「で、それと赤い髪と何の関係があるんだ?」
 今回の試験目的は分かったが、それと髪の色と何か関係があるとは思えない。
「あ、これは目印です。今回のアタッチメントはボディに内蔵しているので、それ
を示すために髪の色を変えたのだそうです」
「ほほう。で、どこが変わったんだ?」
「はい。通常の3倍の速度で歩くことができるようになりました!」
 マルチは胸を張って言った。
 はっ!? 通常の3倍?
「これでもう、人間のみなさんに後れを取ることはありませんよ」
 確かにマルチはとろい。普通に歩いていても、いつの間にか遅れてしまうほどだ。
もう少し運動神経を改善してやれよと思った事も無いでは無かったが、だからとい
って何故に3倍?
「マルチ、さっきから気になっていたんだが、この先の尖った角のような耳カバー
は何なんだ」
「はい、なんでも中隊長機の証だそうです。深い意味は分かりませんが……」
 そーきたか。
 そう言えばおっさんとこの研究所、資料とか称して色々ビデオやLDが置いてあ
ったよなあ。結構長いシリーズで、初代はオレが生まれる前に放映していたらしい。
随分長い事LD化されなかったが、発売されたLDを即購入したものを、おっさん
に無理言って貸してもらったことがあったっけ。
 おっさん、それを参考にしたな。
 一瞬現実逃避しかけた思考を元に戻し、マルチに尋ねた。
「で、それでどんな役に立つんだ?」
「あ、結構役に立つんですよ。見てて下さい」
 そういうとマルチはカバンを置いて、いつも使っているモップを取り出し、廊下
の端に立った。
「掃除は気合いだと、浩之さんが教えてくれましたよね」
 そう言うと、マルチはモップを構えて、廊下を駆け出した。
 おお! 早い!
 いつものマルチなら、
「うおりゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 のところを、今日は、
「うおりゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 と駆け出している。
 このままだともう廊下の端まで辿り着きそうだ。
 って、おい、スピードが全然落ちないぞ。
「と、止まりませ〜〜〜〜〜ん!!」
 という声が聞こえて来ると同時に、マルチが廊下の向こう端の非常口用の分厚い
扉にぶつかるのが見えた。
 あ〜あ、やっぱりなあ。
 以前から不思議に思っていたんだが、件のアニメ、なんで普通のロボットはやら
れ役なのに、覆面少佐だけが3倍の機動力のロボットを与えられていたのだろうか。
主人公側のロボットと互角に戦えていたんだから、全部のロボットをそうすれば良
いじゃんて突っ込んだのはオレだけではあるまい。
 量産化の問題もさることながら、おそらく、あそこまで高性能にすると通常の運
動神経のパイロットでは使いこなせないという設定があったんだろう。ロボットが
高性能になればなるほど、それを操るパイロットの反射神経も要求されるのだ。
 だからマルチが通常の3倍の機動力を与えられても、マルチ自身の運動神経や反
射神経がそれを使いこなせなかったんだろう。
 ……意味ねーじゃん。


 次の日のマルチは本来の緑の髪をしていた。
「よっマルチ、おはよう!」
「おはようごさいま〜す、浩之さん」
 朝から爽やかな笑顔をふりまいて、マルチが挨拶を返して来た。
「マルチ、今日はおかしなオプションを付けていないみてーだな」
 見たところ、マルチは何も余計な装備を付けていない。耳カバーもHMX−12
本来の仕様のものだ。
「そうでもないんですよ。今回はハイパーモードを付けてもらいました」
「はいっ?」
 おい、今なんつった!?
「ハイパーモードです。機能の失敗を克服するために取りつけてくれたんだそうで
す。これが発動すると体中が金色に光って、運動神経と反射神経の機能が数倍に跳
ね上がって、ボロボロのモップでもピカピカに廊下を磨けるのだそうです」
「もしかして、右手が光ったり唸ったりしないか!?」
「ええっ!? 浩之さん、よく分かりましたね!?」
 分からいでかっ!?
 てゆーか、その機能、絶対マルチには使いこなせないぞ!
「お前、本当にその機能使えるのか」
「使えますよ、浩之さん。見てて下さい」
 そう言って、マルチは駆けていった。
 が、ぞうきんがけをしようとして、
「あうー、バケツの水がこぼれましたぁ!」
 荷物を運ぼうとして、
「はわわあぁ、階段で転んじゃいましたぁ!」
 パシリを頼まれて、
「うわあああ、用件を書いた紙を忘れちゃいましたぁ!」
 全然ハイパーモードにならないでやんの。
 原作アニメではハイパーモードを発動させるのには、鏡のように透き通る穏やか
な心、即ち“明鏡止水”の境地が必要とされていた。マルチのような何事にもそそ
っかしいやつが、そんな境地に達せられるはずもないだろうに。
 頼むからもう少し使える機能を用意してやってくれ。


 さらに次の日、マルチは背中に大きな鏡板を背負っていた。
「っておい、マルチ。その背中に背負っているものは何だ!」
「はい、これはサテライトシステムです」
「サテライトシステム〜〜〜?」
「はい、セリオさんと違って私は頭部パーツに受信したデータとメモリを繋ぐ接続
バスが用意されていないので、耳カバーにアンテナを仕込んでもデータを受信でき
ないんです。だからアンテナと接続バスの部分をこのアタッチメントに一体化して
背負う事で、セリオさんと同様のサテライトサービスを受信できるのです」
 マルチは胸を張って言った。
 なるほど、これならマルチにでも使えそうだ。
「マルチ、データを受信したらレーザーキャノンが発射されるってことは無いだろ
うな」
「まさかぁ、浩之さん。そんな装備あるわけないじゃないですか」
 うむ、そこまで原作通りというわけじゃなさそうだな。あのおっさん達ならやり
かねないと思ったんだが。
「よし、さっそく何かデータを受信してくれ。そうだな、ミートスパゲッティの作
り方なんてのはどうだ?」
「はい、浩之さん。やってみます」
 マルチは張り切ってU奈づいた。
 マルチの背中に取りつけられている鏡板が4枚に分かれ、X字型に開く。なかな
かにかっこいいがちょっと場所をとってしまうのが難点だな。
 そしてマルチは天上を見上げると……
「ああ〜〜〜、月が見えていません!」
「屋内でそんなものが見えるか!!」
 携帯電話も、室内での使用は困難だったと言ってたよなあ、普及当初は。


 二次試験通学最後の日、マルチはヒゲを生やしていた。
 それ、全然似合ってないからやめい。
「どうです浩之さん。試験の総仕上げとして、今までのアタッチメントを全て装備
してみたんですよ」
 えーかげんにせんかい!!



                       マルチの試験通学パート2  (終)




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