IF・東鳩 〜もしも生まれ変わりがあったなら〜 投稿者:Hi-wait
「あかり……結婚しよう」
 自分の目の前にいる人物からその言葉が発せられたとき、神岸あかりは自分の耳を疑っ
た。
「……え? あ、あの、浩之ちゃん、今なんて……」
 あわてて、目の前の人物……藤田浩之に尋ねる。
「結婚しようって言ったんだ」
 少し、ぶっきらぼうに答える浩之。
「え、で、でも私達まだ学生で……」
 おたおたするあかりをいつもの不機嫌そうな目で見つめていた浩之は、ふっと表情をゆ
るめた。
「ああ、確かにオレ達はまだ学生だ。でもな。オレ達ももうすぐ卒業だし、オレはもう就
職も決めた。そろそろこういう話してもいいんじゃないかと思うんだ」
「え、あ、あの……」
「別にいますぐってわけじゃねーよ。それともあかり……」
 と、そこで浩之は言葉を切り、じっとあかりの顔を正面から見つめる。
 何となく気圧されて、あかりも浩之の顔を見つめていた。
「オレと結婚するの……嫌なのか?」
「そ、そんなこと無いけど……!」
 あかりは、そこでいったん俯き、浩之を上目遣いで見る。
「本当に……私でいいの……?」
 そんなあかりに、浩之はぶっきらぼうに
「オレは、あかりだから言ってんだ。他の誰にこんな事言うってんだよ?」
(あ……浩之ちゃん、照れてるんだ……)
 長年浩之と一緒にいたあかりだからこそ、浩之のそんな表情が読める。
 それが、嬉しかった。
 浩之が本気だということが分かったから。
 そして、答えた。
 満面の笑みを浮かべて。
「うん……私も浩之ちゃんと一緒にいたいよ」

「聞いたよ、浩之。あかりちゃんにプロポーズしたんだって?」
 その夜、浩之の家にかかってきた雅史からの電話の第一声は、それだった。
「どこで聞いたんだ、雅史……」
「あかりちゃんが教えてくれた。なんだか嬉しそうだったよ」
「あの馬鹿……しばらく黙ってて、驚かせようと思ってたのに……」
「浩之らしいね」
 雅史の苦笑する顔が、目に見えるようだ。
 そうだ。
 雅史とのつきあいは、ずっとこの調子だった。
 そして、これからもずっとそうなのだろう。
 こうやって、他愛もない会話を交わして、笑いあうのだろう。
「雅史……」
「どうしたんだい、浩之?」
「オレ達、これからもずっと友達だよな?」
「高校の時に僕が聞いたことと同じ事聞くんだね」
「あ……そうだったな」
「じゃあ、僕の答えもあのときの浩之の答えを同じだよ。当たり前じゃないか」
「そうか……そうだよな」
「でさ、浩之。式のことなんだけど……」
「気が早すぎるぞ」
「あははっ、いいじゃない。でさ……」
 こうして、他愛もない会話は続く。
 このとき、浩之は考えもしなかった。
 まさか、雅史の身にあのようなことが起こるとは……

 一週間ほどたった朝、浩之は電話のベルで起こされた。
「……ったく、なんだよ朝っぱらから……」
 ぶつぶつ言いながらも、階段を下りていく。
「はい、藤田です」
 欠伸をかみ殺しながら電話に出た浩之が最初に聞いたものは、あかりの悲鳴に近いまく
したてる声だった。
「浩之ちゃんっ、浩之ちゃんっ!」
「どうした、あかり?」
「雅史ちゃんが、雅史ちゃんが……!」
「雅史がどうしたんだ? 落ち着いて話せよ」
「う、うん……」
 あかりはそこで一息ついて、ゆっくりと言った。
 まるで、激情を押さえるかのように。
「あのね……雅史ちゃんが事故にあって……」
 浩之の思考が止まる。
 事故? 雅史が? 何故?
 いくつもの『?』が頭の中を乱舞する。
「それでね、絶望的だって……で、雅史ちゃんがね、浩之ちゃんと私に会いたいって今電
話が……」
「……どこだっ!?」
「……え?」
「どこに雅史は運び込まれたんだっ!?」
「え、えっと……」
 そこであかりが言ったのは、近所にある総合病院だった。
「分かった! すぐに行くから支度して待ってろ、あかり!」
「う……うん!」
 浩之は、乱暴に受話器を置いた。
 そしてばたばたと着替え、財布をポケットにつっこんで家を飛び出したのだった。

 浩之とあかりがその病院に着いたのは、それから三十分ほどしてからだった。
 話は通じているらしく、名前を名乗っただけで病室に案内される。
 以外にも、そこは一般病棟の個室だった。
 もう打つ手がない、というのは本当だったのだろうか。
「佐藤さんのたっての希望でして。藤田さんと神岸さんに会いたい、と言うことでこ
の時間だけこちらに移っていただいています」
 案内してくれた看護婦の言葉を聞きながら、浩之は乱暴に病室のドアをノックした。
「どなたですか?」
 中年の男の声が返ってくる。
「……藤田です」
 感情を押し殺した声で、浩之は答えた。
 やがて、中からドアがそっと開く。
 中にいたのは、医師らしき中年の男と、そして……
「雅史ちゃん!」
 あかりが小さく叫ぶ。
 そこには、鼻にチューブを差し込まれ、心電図を枕元に置かれた雅史がベッドに力無く
横たわっていた。
 その雅史が、あかりの声に気付いてゆっくりとこちらを向く。
「ああ……来てくれたんだね、あかりちゃん……それに、浩之も……」
 そんな雅史に、浩之は詰め寄った。
「雅史! 喋るんじゃねぇ!」
「いいんだよ、浩之……」
 雅史は、力無く笑うと、
「僕はもう駄目みたいだから……先生に聞いたんだ。だから……浩之とあかりちゃんに会
いたかった……」
 両手で顔を覆うあかり。
 歯を食いしばったまま、両拳を固める浩之。
 そんな二人に、雅史はゆっくりと語り続けた。
「二人とも……やっぱりお似合いだね……僕も、二人の結婚式……見たかったな……」
「雅史!」
 浩之が叫んだ。
「お前は死なねぇ! 自分だけ勝手に死ぬなんて、オレが許さねぇぞ!」
「変わらないね……浩之は」
 そこで、雅史はいったん言葉を切り、苦しげに息をした。
 そして、息を整えてから、続きを語る。
「浩之……あかりちゃん……絶対、幸せになってよ……」


 そして


 雅史は


 ただ静かに


 目を閉じた……


「……九時二十八分。ご臨終です」
 医師が無表情に告げる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 あかりの涙声が、病室に響いた。
「………………」
 無言で俯く浩之。
 握りしめられて震える両手が、彼の心情を物語っていた……

「……もう、あれから二年になるのね」
 病室のベッドの上で、あかりが言った。
「……そうだな」
 浩之も相槌を打つ。
 そう。
 雅史が事故で死んでから、既に二年が立っていた。
 雅史が死んだ直後は、浩之もあかりも糸の切れた人形のようになっていたが、葬儀の席
に現れた志保がそんな二人を見て言ったのだ。

『あんた達ねぇ、そんな落ち込んでたって雅史が喜ぶわけ無いじゃない! 雅史は、あん
た達に幸せになれって言ったんでしょ? なら、幸せになってやりなさいよ! 雅史も、
それを望んでるんでしょうが! どうなの、ヒロ!? あかり!?』

 それを聞いて、二人は決意した。
 結婚しよう。
 それが雅史も望んでいたことなら、彼にとっても供養となるかもしれない。
 元々愛し合っていた二人がそうして結婚したのが一年前。
 そして、今。
 あかりは初出産を間近に控え、産婦人科に入院していた。
 雅史が息を引き取った、同じ総合病院の産婦人科に。
 あかりが、それを望んだのだ。
『雅史ちゃんに私達の子供を見せてあげたい』
 と。
「あのね、浩之ちゃん……」
 結婚してからも、あかりは浩之のことを『浩之ちゃん』と呼び続けた。
 彼女にとって、浩之はいつまでも『浩之ちゃん』なのだ。
「私ね、産まれてくる子が男の子だったら……『雅史』って名付けようと思うの」
「雅史か……」
 浩之は少し驚いた顔になって、
「オレと同じ事考えてたんだな」
 と言った。
「浩之ちゃんも?」
「ああ。やっぱり、雅史のことは忘れたくないからな」
「私も……」
 二人は、どちらからともなく笑いあった。

 あかりが無事に男の子を出産したのは、それからしばらくたった後だった。

「あかりっ!」
 浩之は、病室のドアを大きく開けた。
「浩之ちゃん……ここ、病院だよ……」
 そんな浩之に苦笑するあかり。
「ああ、悪い。でも、今日は……」
 そう。
 今日は、二人の子供が新生児室から出ることが出来る日なのだ。
 それまで、浩之もガラス越しにしか我が子を見たことがないため、ずっと待ち望んでい
た日であった。
「だからって、はしゃぎすぎだよ……」
 親になったにも関わらず、二人はどこか昔と同じところを残していた。
 そして、病室のドアが開く。
「元気な男の子ですよ」
 そう言いながら、幼児用のベッドを押してはいってくる看護婦。
 そして、その上に乗る二人の初めての子供。
 その幼い目が、浩之を見た。
 その次の瞬間。

「やぁ、浩之。久しぶり」

 ………………
 ……時間が、凍り付いた。
「……雅史?」
 おそるおそる、尋ねる浩之。
「そうだよ。忘れたのかい、浩之?」
 あくまでもにこやかな雅史(赤ん坊)。
「雅史ちゃん……どうして?」
 あかりもとまどいを隠せないようだ。
「君たちがちゃんと幸せに暮らしてるかどうか見たいと思ってたら、君たちの子供に生ま
れ変わっちゃったみたいだね」
 やっぱりにこやかな雅史(以下略)。
「じゃあ、雅史ちゃんこれから私達とずっと一緒に暮らせるの?」
 あかりの目が輝く。
「当然じゃないか、あかりちゃん。だって、僕は君たちの子供なんだよ?」
 なおかつ爽やかな(以下略)。
「じゃあ、名前も『雅史』で問題ないね、浩之ちゃん?」
 嬉しそうなあかり。
 そんなあかりを、看護婦さんは目を細めて見守っている。
(……オレだけかっ!? 違和感を感じているのはオレだけなのかっ!?)
 しかし、いくら見ていてもあかりが疑問に思っている様子はない。
「ねぇねぇ浩之ちゃん、早く出生届出さなくちゃね? いつ退院できるのかなぁ?」
「もうすぐ退院できますよ」
「いやぁ嬉しいなぁ、あかりちゃん。浩之も嬉しいよね?」

 ……藤田浩之、敗北。

                                <完>
          〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ……どうもお久しぶりです、Hi-waitです。
 最近全然投稿してないから、新人って言っても通るかも(笑)
 まず最初にお願い。
「石投げないで下さい(笑)」
 今回は、「シリアスからいかに落とすか」です。
 というより、「生まれ変わりはあるんだ!」なんて言ってる方々の話を聞いて、「それ
じゃ思考実験してみるべぇ」と書いたのがこのssです(爆)

 で、結論。

「こんな生まれ変わりやだ(核爆)」

 ……皆さんもそう思うでしょう?