楓の逆襲!?(逆襲の楓とするべからず) 投稿者:Hi-wait
 やあみんな久しぶり。柏木耕一だ。
 今、俺はテレビを見ている。
 最近、俺はテレビをよく見るようになった。
 その理由というのも……

「耕一さん」
 枕元で名前を呼ばれ、耕一は目を覚ました。
「千鶴さんか……どうしたの?」
 すると、千鶴は少し表情を暗くした。
「実は……困ったことになりました……」
「……困ったこと?」
 耕一の頭の中に、様々なことがよぎる。
 曰く。
 タマが家出した。
(深刻かもしれないが、俺が起こされる理由がない……)
 曰く。
 初音が駆け落ちした。
(……おいっ! 初音ちゃんはまだ高校一年だぞ! 駆け落ちしてどーする!?)
 曰く。
 楓が「私、お笑い芸人になる」と言い出した。
(それはそれで見てみたいような気もするが……楓ちゃんがそんなことを言うわけないし
なぁ……)
 曰く。
 梓が「このあたしがこんな家に住んでられるかっ!」とか言い出した。
(……今に始まった事じゃない。却下)
 曰く。
 千鶴が倒れた。
(目の前にいるじゃないか……)
 と言うわけで、耕一には全く思い当たる節がなかった。
「実は……楓が『お笑い芸人になる』と言いだして……」
 ………………
 さんさんと照りつける太陽。
 少し汗ばむような陽気。
 風に乗って梢の揺れる音。
 学生達の登校する時間のためか、明るい笑い声が聞こえてくる。
「……マジ?」
「……はい」


         『楓の逆襲!?(逆襲の楓とするべからず)』


「なあ、楓ちゃん?」
「はい」
「君の気持ちはよく分かるが……」
「嘘です」
(鋭い……)
 耕一は内心、舌を巻いた。
 取りあえず、耕一は千鶴の依頼で楓を説得中である。

 回想中……

耕一「本人がやりたいって言うなら……」
千鶴「でも、楓に芸人なんて無理だと思うんです」
耕一「そりゃそうだけど……」
千鶴「耕一さん。楓を説得してもらえませんか?」
耕一「……え? 俺が?」
千鶴「……はい。私が言うより、耕一さんに言ってもらった方が楓も聞き分けるかと思い
ますから……」
耕一「……でも、俺自信ないよ」
千鶴「………………」
耕一「……だ、だから、さ? やっぱりここは、千鶴さんが姉としての貫禄を……」
千鶴「……耕一さん」
耕一(……うっ!?)
千鶴「私は……あなたを殺したくはないんです……」
耕一「………………」
千鶴「でも、仕方ありませんね……あなたは、私を裏切った……」
耕一(冷や汗だらだら)
千鶴「耕一さん……あなたを、殺します……」
耕一「ま……待ってくれ、千鶴さん! 今なんか急にやる気になってきた! さあ、早く
楓ちゃんを説得に行こう!」
千鶴「……よろしくお願いします、耕一さん」

 ……以上、回想終わり。

 脅迫とも言う。
 耕一が必死になるのも無理のないことであろう。
「……な、楓ちゃん? そんなことより、楓ちゃんにもっとふさわしいことがあるかもし
れないじゃないか? 今ここで急いで決めなくても……」
「嫌です」
「いいじゃないか……って、はい?」
「嫌です」
 きっぱりと言い切る楓。
 どっかのゲームのどっかのキャラに似ているように感じるのは、気のせいである。
 そう言うことにしておいた方が、お互い幸せであろう。きっと。
「なになに、どうしたの耕一?」
 それはともかく、唖然としている耕一と千鶴の前に、助け船その一……もとい、梓が現
れた。
「梓、いいところに現れた!」
「……はぁ?」
「実は、こう言うわけでな……」
 かくかくしかじか。
「………………」
 梓は固まっている。
「……あれ? 梓お姉ちゃんどうしたの?」
「あ、初音。ちょうどいいところに。実はね……」
 かくかくしかじか。
「………………」
 初音は固まっている。
「どうします、耕一さん?」
「いや、どうしますって言われても……」
 その次の瞬間。
「ぶ……ぶわははははははははは!」
「梓お姉ちゃん……そんなに笑ったら、楓お姉ちゃんがかわいそうだよ……ぷぷっ」
 そういう初音もしっかり笑っている。
「ぷ、くくっ……や、やめときなって、楓。あんたには無理無理」
 梓のその言葉に、楓は少し俯く。
 心なしか、怒っているようにも見える。
「楓ちゃん……」
 耕一がおそるおそる声を掛けると、楓は
「自信……あるのに……」
 と呟いている。
「楓ちゃん……ひょっとして、持ちネタがあるの?」
「はい」
 こっくりと頷く楓。
「よーし! そこまで言うなら、楓! あたし達の前でそのネタ、やって見なさい! 面
白ければ、あたし達はもう反対しない! ……それでいい、千鶴姉?」
「まあ……仕方ないわね……」

 かくして。
 柏木楓、漫談独演会in柏木家が始まったのだった。

 応接間。
 上座に座布団が一枚置かれ、それに相対するように座布団が四枚並べられている。
「しかし、何で俺まで……」
 座布団の一枚に座り、耕一はぶつぶつと呟いていた。
「まあいいじゃないの。どうせ暇なんだしさ」
 気楽に梓が答えてくれる。
「済みません、耕一さん……」
 千鶴が頭を下げる。
「でも楓お姉ちゃんも、きっとお兄ちゃんに見ててもらった方が嬉しいと思うよ」
 初音が笑顔で言う。
「まあ、いいか……」
 そう呟いて耕一が頭をかいたとき。

 ……ちょん。

 拍子木が鳴った。
「な……なんだ? この家、拍子木なんかあったのか?」
「さあ……」
「てゆーか、漫談って拍子木使ったっけ……」
「……あ、楓お姉ちゃん入ってきた」
 初音の声で一同、正面を見る。
 そこに立っていた楓は、四人の顔を見ると、ぺこりと頭を下げた。
 そして自分の座布団に腰を下ろす。
 楓が口を開く。
 ごくり。
 誰かがつばを飲み込む音がした。
「……どーも。長瀬源一郎です」
 楓の第一声。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
 言葉を失う耕一達。
「祐クン祐クン、あっちに何があるのか見に行ってみない?」
 楓の独壇場はまだまだ続く。

「……くすくす。電波、届いた?」
「ルリコアイシテルルリコアイシテルルリコアイシテルルリコアイシテルルリコアイシテ
ルルリコアイシテル……」
「ミズホゴメンネミズホゴメンネミズホゴメンネミズホゴメンネ……」
「……駄目だよ、浩之ちゃん……」
「あぅぅ……すみませぇん……」
「久しぶりだな、勤労青年」

 以下、この調子で三十分続く。

 全てが終わって、楓はふぅっ、と息をついた。
 真っ白に燃え尽きている耕一。
 俯いている千鶴。
 肩を震わせる梓。
 楓を凝視する初音。
 ややあって、梓が口を開いた。
「お……」
「お……?」
 鸚鵡返しに、楓が問う。
「……面白いっ!」
「……は?」
 だが、そんな耕一を尻目に、千鶴、梓、初音の三人は楓にしきりに話しかけていた。
「ごめんなさい、楓……あなたのネタが、こんなに面白いなんて思わなかった……」
「本当だよ、楓! あんたなら、絶対成功するよ!」
「楓お姉ちゃん、わたし応援するから!」
「ありがとう……みんな……」
 なんだか盛り上がっている姉妹を前に、耕一はなんだか疎外感を感じていた。
(な、なんだ……俺の感性が狂っているのか? 本当は楓ちゃんのネタは最高で、笑わな
きゃならないのか?)

 ……とまあ、こんな事があったわけだ。
 あれから、俺はいったん自宅に戻った。
 そしてしばらくすると、テレビに楓ちゃんが映るようになっていた。
 今日も、司会者らしきおっさんと楓ちゃんが、なにやらトークをしている。
『……それで楓ちゃん、今日はどんなネタをやってくれるのかな?』
『ぺにょーん』
 ……会場、爆笑。
『いやぁ、相変わらずセンスがいいねぇ、楓ちゃん』
『ぷぎゃあ』
 ……再び爆笑。

 楓ちゃんは、以前にもまして、奇麗だった。
 とても洗練されて、華麗で、風格さえも感じられる。
 ブラウン管の向こうでしゃべる楓ちゃんを、ブラウン管のこちら側で俺が見つめる。
 楽園の、向こう側と、こちら側と。
 この構図は、未だに、代わらない。
 多分、これからも。
 会いになんて、とても行けない……

                            <完>

 ………………
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 おや、耕一。どうかしたのか?
「どうかしたのか? じゃないっ! 何なんだこれはっ!?」
 ssだが。
「そりゃ分かってる! 俺が言いたいのは! 何で最後が、あんな『WHITE ALB
UM』のコピー文章になるんだ、って事だよ!」
 楽しいじゃないか。
「それだけで済ますなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ……ちゃん、ちゃん♪

                             <真・完>