芹香ちゃんのお受験奮闘記 投稿者:Hi-wait
「……姉さん、いよいよ受験ね。……大丈夫なの?」
 綾香は、目の前でぼけーっと突っ立っている芹香に声を掛けた。
 ……こくん。
「……え? 大丈夫ですって? ならいいけど……私もついていこうか?」
 ……ふるふる。
「……え? 一人で大丈夫ですって? ……そう?」
 そう。
 今回の私大入試、芹香は自分で歩いていくと言っているのだ。
 まあ、近いから大丈夫だろうという思いもあるのだろう。
 ………………
「あ、いってらっしゃい」
 綾香は、手を振って姉を送り出した。
 そして、その五分後。
「綾香お嬢様、芹香お嬢様からお電話です」
「あ、今行きます!」
 ………………
「……え? 迷ったって?」
 先行き、不安。


  『芹香ちゃんのお受験奮闘記』


「全く、大丈夫かしらね……」
 付添人控え室で、綾香は一人溜息を付いた。
 最初は小論文。
 これはまあいい。
 しかし、問題は……
「そのあとの『面接』がねぇ……」
 綾香の手許にある入試要綱。
 その中にはっきりと書いてある。
『13:00〜 面接試験』と。
「姉さんが面接なんて、上手く行くはずがないのに……」
 また溜息。
 まあ、確かに芹香のあの話し方では、面接などするだけ無駄だろう。
 んで。
 その頃、当の芹香は……

「えーと、来栖川芹香さん……ですね?」
 ……こくん。
 面接官、ちょっと引く。
「……まず、我が校を志望なさった動機から聞きましょうか」
 ………………
「……はい? もう少しはっきり話してもらえますか?」
 ………………
「………………」
 ………………
 面接官の戦いは続く。
「え、えーと……来栖川さんは来栖川重工の社長令嬢だと言うことですが……」
 ……こくん。

 ……がんばれ、面接官!

「……あ、姉さん。どうだった、面接?」
 ………………
「……え? 途中で面接官の方が怒りだしてしまいました、って? そ、そう……」
 ………………
「あ、早く帰りましょうって? そ、そうね……」
 姉と共に歩きながら、綾香はもう一つ大きな溜息を付いた。
(……ま、聞くだけ無駄だったかしらね……)

 私大、不合格。

「次は前期試験……か……」
 姉の試験日程を見ながら、綾香は独り言を呟く。
「今度は学科試験だから、前みたいな事にはならないと思うけど……」
 その芹香は、現在自室にこもっている。
「……ちょっと陣中見舞いにでも行ってくるか」
 そう言って立ち上がる。
 その途中厨房によっていく。
「姉さんに何か簡単な物作ってあげて」
 と言うわけで、お茶菓子と紅茶を持って芹香の部屋へ。
 こんこん。
「姉さん、入るわよー?」
 部屋の中は、妙に暗い。
 当然だろう。照明が消され、蝋燭の明かりだけになっているのだから。
「la……xi……yu……do……」
 魔法陣のシートが広げられ、その前に立って呪文を呟いている芹香。
 しばし、呆然とする綾香。
 その間に、芹香の呪文は終わっていた。
「……ちょっとちょっと姉さん! 何やってるの!?」
 ………………
「『試験に合格するためのおまじないです』って……そんな暇あったら、少しは勉
強しなさいよ……」
 ……こくん。
「……お茶菓子、ここに置くわよ?」
 ……こくん。
「じゃ、がんばってね」
 そう言って部屋を出ていく綾香。
 ……物事に動じない姉妹であった。

 前期試験。
 前回と同じように、綾香は付添人控え室で溜息を付いていた。
「全く……姉さんも妙なところで意地っ張りなんだから……セバスに送ってもらえ
ばいいのに、また一人で行こうとして迷うんだから……」
 そこに、芹香が入ってくる。
「……あれ、姉さん……まだ試験中じゃないの?」
 ………………
「『試験中に呪文を唱えてたら、追い出されました』? 何でそんなもん試験中に
唱えるのよ……」
 ………………
「合格するためのおまじないったってねぇ……試験中にしなくてもいいでしょう
に……」
 ………………
「え? そうしないと効果がないんです、って?」
 ……こくん。
 綾香は、また一つ大きな溜息を付いた。
「……まあいいわ。姉さん、帰りましょう……」

 前期試験、不合格。

 そして、家に帰った二人を待っていたのは……
「……え? 私大が追加合格?」
 ……こくん。
「そう。よかったわね、姉さん」
 ……こくん。
 そんな姉の心なしか嬉しそうな顔を見ながら、綾香の思ったことはただ一つ。
(まさか、父さんが……)

 その頃。
 来栖川重工社長執務室。
 その部屋の主の前に、一人の初老の男が立っていた。
「……しかし、これでよろしいのですかな、旦那様? 金を使って大学に入学を認
めさせたことなど、お嬢様がたが知られれば……」
「お前が黙っていればいいことだ、長瀬。……いいか、このことは一切他言無用だ
ぞ」
「……かしこまりました」

 ……大人って、ずるいよね……

                              <完>