望月の夜 投稿者:Hi-wait
 ある夜の話。
 俺は、何となく眠れなくなって、縁側に出た。
 空を見上げる。
 奇麗な満月が、空高く昇っていた。
 俺は縁側に座り、じっと満月を見つめていた。
 ドクン。
 いきなり、心臓が高鳴る。
 ドクン、ドクン。
 これは……間違いない。
 覚醒の時と同じ高鳴りだ。
「耕一さん」
 不意に名前を呼ばれ、俺は振り返る。
「千鶴さん……」
 後ろから現れた千鶴さんは、俺の横に腰掛けて、同じように満月を見上げた。
「どうしたの、千鶴さん?」
「覚えていますか? 満月の夜は、私たちの『ちから』が覚醒しやすいんです」
 そう言えば、そんなことを言っていた。
「だから、耕一さん。あなたを……殺します」
 ……へ?
「ちょ、ちょっと待ってよ千鶴さん。何でまたいきなりそんな……」
「あなたの中の鬼を、そのままにして置くわけには行かない……」
 そう言いながらかざされた千鶴さんの右手は、もう爪が伸びていたりする。
 間一髪、俺は振り下ろされた右手をかわした。
「だから、俺はもう『ちから』を制御できるように……」
「耕一さん……言い逃れはやめてください……」
 問答無用かいっ!
 千鶴さんが跳躍する。
 目指す先は……俺の頭。
「そんな理不尽な理由で、殺されてたまるかっ!」
 俺は鬼の『ちから』を使い、千鶴さんから逃れた……

「今度は梓か……」
 そう。
 千鶴さんから逃れた俺の目の前に、今度は梓が立ちふさがった。
「あたしは……かおりを傷つけた奴を許さない……!」
 すでに、『ちから』を全開にしている。
 梓の周りを取り巻く熱気が、目に見えるほどに強かった。
「おい、梓。一ついっとくが、俺はかおりちゃんを傷つけたりなんかしてないから
な」
「かおり……あんたを傷つけた奴には、あたしがきっちりお返ししてやるからね……!」
 ……聞いちゃいねえ。
「梓……一つ聞きたかったんだが……」
 俺は、そこで咳払いを一つする。
「お前、体重いくら?」
「……コロスッ!」
 炎をまとった梓の拳が迫る。
 俺は身を沈めて拳をかわすと、足を引っかけた。
 梓が転んでいる隙に、俺はとっとと退散することにした……

「楓ちゃんに、初音ちゃんまで……」
 予想しておくべきだった。
 この二人まで、『ちから』を全開にして……口喧嘩をしている。
「だから、楓お姉ちゃんがあのときちゃんと見ておいてくれなかったから……!」
「タマは初音が面倒見てたんじゃない……!」
 ひょっとして……セイカクハンテンダケの騒ぎの時のことか?
 何で今さら……しかも、『ちから』を解放して言い争うようなことか……?
「あ、あのー……」
「耕一さんは、黙っててください!」
「お兄ちゃんには、関係ないんだから!」
「はい……」
 じーーーーー。
 ………………
 しかしまあ、よく続くこと。
 まぁ、見てる分には面白いが。
「逃げないでください、耕一さん……」
「こういちぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 ……げげっ!
 もう見つかったか?
 おそるおそる振り向いてみれば、冷気をまとった千鶴さんと、烈気をまとった梓
が……
「は、ははははは……」
 取りあえず、笑ってみる。
 何も変わらなかった。
 腕を組んで考えてみる。
「助けて、ヤキソバン」
 ぼそっと呟いてみる。
 ………………
 まあ、誰も来るわけが……
 ずだんっ!
「……って、マジで来た!?」
 俺はあわてて、音のした方を振り向く。
 そこには……
「柏木千鶴、お前を……狩る!」
 だああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 もっとややこしい奴が出てきやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 それだけ言って、柳川は変形を始める。
「さようなら、耕一さん……」
「こういちぃぃぃぃぃぃっ!」
「だから、あのときのエサが……!」
「大体、初音がいつもいつも……!」
「グルオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
 もう……勘弁してくれ……
 俺は、こっそりと部屋に帰って布団をかぶった。
 早く、朝になりますように……

「……さん、耕一さん。朝ですよ、耕一さん」
 聞き慣れた千鶴さんの声だ。
「あ、千鶴さん、おはよう……」
 すると、千鶴さんは俺の顔をのぞき込んで、
「どうしたんですか耕一さん? なんだか、とてもうなされてましたよ?」
 と聞いた。
 俺は、夢の内容をかいつまんで説明する。
 というより、俺自身が夢と信じたかった。
 だが、それを聞いた千鶴さんは、真剣な顔で考え込んでしまう。
「あ、あのー……千鶴さん?」
「耕一さん? その夢……とても怖かったんですね?」
 にっこり。
 め……眼が笑ってないよ、千鶴さん……
「ゆ・め・が・こ・わ・か・っ・た・ん・で・す・ね?」
 ずずい。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
 あわてて布団を飛び出して、部屋の隅に逃げる。
「こ・う・い・ち・さ・ん? ゆ・め・で・す・よ・ね?」
「は……はい……」
 かっくんかっくん。
 俺は、あわてて頷いた。
「そうですよね。あ、そうそう、朝御飯が出来てますよ」
 千鶴さんはそう言って、俺の部屋から出ていった。

 だれか……おれのへいわをかえしてくれ……

                          <完>