−涙− 投稿者: Hi-wait
 瑠璃子は目を覚ました。
 何かが違う。
 まず場所。
 ここは、体育倉庫。
 そして……
 先程まであれほど荒れ狂っていた電波が、すっかりなくなっている。
 電波の発生源が瑠璃子から離れていたため、またその電波が瑠璃子を狙ったものではなかったため、とっさに防御壁を作ることが出来た。
 電波を使って、呼びかけてみる。
 ……兄さん?
 返事はなかった。
 瑠璃子は、ゆっくりと立ち上がった。
 確かめなければならない。
 兄と、そして彼に何があったのかを。

 そこには、何もなかった。
 全てが、虚ろになっていた。
 正面にただ、呆然と座っている兄だったもの。
 そして、倒れている五人の女子生徒だったもの。
 それだけだった。
 瑠璃子は、兄だったものの前に立つ。

 兄さん……どうしたの?
 だれが?
 ……そうだよね。
 長瀬ちゃん……君しかいないよね。
 どうして?
 どうしてこんなことするの?
 長瀬ちゃん……私たちも、一緒に兄さんの所に行かなきゃ……
 兄さん……すぐ、行くからね。

 祐介の居場所を見つけるのは、簡単だった。
 彼は、何も分からないまま、日常生活を送っていた。
 だが、どこかが違っている。
 その後ろ姿を見て、瑠璃子は少し、逡巡した。
 ゆっくりと、電波を、集める。
 祐介が、振り返る。
「……瑠璃子さん?」
 祐介の顔に、驚きが、ついで喜びが現れる。
「瑠璃子さん……どうしたの? 電波なんか……」
 瑠璃子は、答えない。
 答えたら、兄さんの所に、行けなくなるから。
「長瀬ちゃん……ごめんね」
 一気に電波を解き放つ。
「瑠璃子さん……?」
 しかし、瑠璃子の電波は、祐介に届くことはなかった。
 祐介の電波に、呑まれてしまう。
 元々、瑠璃子の操る電波は、兄や祐介に比べれば、微弱なものでしかない。
 祐介がガードにまわったら、攻撃が出来ないのは当然だった。
 祐介の電波が、波打ち始める。
 瑠璃子に向かって。
 体が動かない。
 電波を集めることもできない。
 祐介が、ゆっくりと近づいてくる。

 それは、彼女にとって、三度目の陵辱だった。

 全てが終わり、祐介は去っていった。
「僕は、瑠璃子さんがいないと……」という言葉を残して。
 同じだ。
 瑠璃子は思った。
 兄さんと同じ。
 長瀬ちゃんは、苦しんでいる。
 一人はいやだって、泣いてる。
 どうすればいいの?
 教えて、兄さん。
 私は、どうすればいいの?
 どうすれば……

 まわりに、人影はない。
 当然だ。
 この町に、祐介と瑠璃子以外の『人』など、いないのだから。
 祐介の家の前。
 瑠璃子は、何をするでもなく、佇んでいた。
 やがて、中から祐介が出てくる。
「瑠璃子さん……来てくれたんだね」
 瑠璃子に近づいてくる。
 瑠璃子は、一歩下がって、祐介をじっと見つめた。
「長瀬ちゃん……これでいいの?」
 祐介の動きが、止まった。
「……どういうこと?」
「長瀬ちゃん……泣いてる。一人はいやだって、泣いてる。そんな長瀬ちゃんが、どうしてみんなを消しちゃったの? どうして兄さんを、消しちゃったの?」
「そ、それは、瑠璃子さんが……」
「私だって、一人は嫌だよ。だから、兄さんを助けて欲しかった。でも、駄目。長瀬ちゃんが、みんな壊しちゃったから」
「瑠璃子さん……」
「長瀬ちゃん……どうして?」
 瑠璃子が、ここまで言ったときだった。
「う……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 祐介のまわりに、膨大な電波が集まっていく。
 全てを否定する、破壊の電波が。
 それは、瑠璃子だけでなく、祐介自身をも呑み込んでいった。
 電波の奔流の中で、祐介の表情が消えていく。
 壊れていく。
 何もかも。
 電波に頭の中をかき回され、意識が薄れていく中、瑠璃子は兄の顔を見た。
 拓也は、静かに笑っていた。
 兄さん……今行くよ。

 次の日。
 もはや、誰もいなくなった長瀬家のテレビが、ニュースを流していた。
 祐介がつけっぱなしにしていたらしい。
「それでは、集団精神障害に関するニュースです。
 新しく、二人の高校生の患者が発見されました。このうち、女子生徒の方は、妊娠している疑いがあり、胎児への影響が懸念されます……」

                                     <完?>